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【検証コロナ禍】特措法改正 メディアが報じた密室修正協議 「与党の譲歩」で決着は本当か

楊井人文弁護士
2021年1月28日NHKニュースウオッチ9の画面(筆者撮影)

 新型コロナウイルス対策のため罰則導入などの法改正を目指す政府与党と立憲民主党が修正協議で合意したと報じられた。国民生活、社会経済活動を直接的に制約する重大な法案にもかかわらず、公開の国会審議を通じた修正ではなく、野党の一部が与党と密室で取引をして決着させた形だ。メディアは「与党側が譲歩する形で決着」(NHK)などと報じているが、実態は必ずしもそうではない。

 「密室合意」の内実は、現在の緊急事態よりも国民生活を強く制約できる措置を、緊急事態宣言解除後も長期にわたって続けることが可能となる内容だ。緊急事態宣言の発令の最中に、ごく短時間の審議で改正が行われようとしている。これまでの特措法は、根本的に変容することになる。

自粛要請に従うか従わないか判断する余地もなくなる

 今回の特措法改正は「罰則の導入」に焦点が集まっている。

 これまでの特措法では、緊急事態宣言下において、営業時間の短縮などの「要請」や「指示」はできても、それに従わずに営業を行った事業者に罰則はなかった。

 つまり、要請に従うかどうかは最終的に事業者側が判断することとされ、従わずに営業を適法に行う自由が残されていた。

 政府の改正案では、緊急事態宣言下において、営業時間の短縮などの「命令」が可能となり、それに応じない事業者に「過料」を科すことがことができるようになる

 さらに、緊急事態宣言を解除しても、「まん延等防止重点措置」という新たなカテゴリーが実施され、その間も、営業時間の短縮などの「命令」が可能となり、それに応じない事業者に「過料」を科すことができるようになる

 その結果、法改正前では適法にできた行為も、法改正後は違法になる。

 いずれも、事業活動の自由・権利を罰則つきで制限できる強い権限が、都道府県知事に付与されることになる。

密室の「修正合意」 政府案の本質的修正はほとんどない

 では、立憲民主党の修正協議でどうなったか。

 結論から言えば、この本質的な改正部分は全く修正されていない。

 修正されたのは、過料の金額の減額だけだ(緊急事態措置での過料は、政府案50万円以下→30万円以下に修正。まん延等防止措置での過料は30万円以下→20万円以下に修正)。

 時短営業要請に罰則が設けられるため、従わずに営業を適法に行う自由がなくなる(これまで適法であったものが、違法化される)。

 修正合意で、この法改正の本質は全く変わらない。

現在の緊急事態より強い制約を伴う「ミニ緊急事態宣言」導入へ

 しかも、罰則のない現在の緊急事態措置より強化した措置を、緊急事態宣言が行われている間だけでなく、解除された後でも、取ることが可能となる。

 従来の緊急事態措置が、単に「強化」されるだけでなく「長期化」されることになる。

 本質は「まん延等防止重点措置」という名のミニ緊急事態宣言の導入である(以下、わかりやすく「ミニ緊急事態宣言」と呼称する)。

 この「ミニ緊急事態宣言」は、どういう要件で発動され、解除されるのか。法律上は、ほとんどブラックボックスである。

 詳しい要件は、国会が定める法律ではなく、政府が一方的に定めたり、書き換えたりすることができる「政令」に委ねることになっているからだ。

政府提出の特措法改正案

(新型インフルエンザ等まん延防止等重点措置の公示等)

第三十一条の四

 政府対策本部長は、新型インフルエンザ等(国民(新設)の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあるものとして政令で定める要件に該当するものに限る。以下この章及び次章において同じ。)が国内で発生し、特定の区域において、国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある当該区域における新型インフルエンザ等のまん延を防止するため、新型インフルエンザ等まん延防止等重点措置を集中的に実施する必要があるものとして政令で定める要件に該当する事態が発生したと認めるときは、当該事態が発生した旨及び次に掲げる事項を公示するものとする。(以下、略)

 このまま改正法が成立・施行された場合、現在の緊急事態宣言が解除されても、罰則付き「ミニ緊急事態宣言」に移行する可能性が高く、現在の緊急事態宣言より強い権利制限状態が、長期化することになるだろう

 しかも、自粛要請に従わない行為は違法化される代わりに、要請に従った事業者らへの経済的な補償を政府に義務付ける規定はない。

 政府は「財政上の措置を講ずる」という文言が今回新たに入ることになった。

 だが、これは「施し」としての経済的支援をするかどうかを政府に委ねたものにすぎず、国民・事業者が十分な損失補償を受ける権利を保障するような規定になっていない。

ミニ緊急事態宣言の「国会の報告」は明文化せず、附帯決議?

 報道では、「ミニ緊急事態宣言」は国会の関与なく発動できる措置だった政府案を、修正協議で「国会の報告」を認めることで合意したと伝えられていた(「まん延防止等重点措置」 国会報告で与野党が合意 コロナ関連法修正協議、東京新聞)。

 ところが、実際はそうではなかったようだ。

 「国会の報告」は法律の明文で規定しない。附帯決議で盛り込むだけとする。そのような内容に「立憲民主主義」を掲げる立憲民主党が合意したという(NHK)。

 このことは、仮に、政府が国会の報告を怠っても違法ではない、なるべく国会の報告はするが、約束はしない(法的拘束力はない)、ということを意味する。国会を開いていなくても、政府は「ミニ緊急事態宣言」を発動しようと思えばできる。

 現行の罰則なき緊急事態宣言では国会の報告が要件となっているが、新たに導入される罰則付き「ミニ緊急事態宣言」は国会の報告が法律上、不要となる

 つまり、国会は、政府による権利制限措置の発動に対して、不当な場合に覆す権限(国会の承認権)がないだけでなく、政府に説明を求める機会の制度的保障すら放棄したのが、報道されている法改正の「修正合意」の内実だ。

 「修正合意」内容については、立憲民主党は幹事長ぶら下がり会見で口頭説明をした(公式Twitterの投稿)。

 同党ホームページには「与党から大幅な譲歩を勝ち取った」と書かれている

週明けの国会 筋書き通りに修正案で採決か

 他にも、「修正合意」によって、入院を拒否した感染者に対する刑事罰(懲役刑または罰金刑)が行政罰(罰金)に、保健所の調査への協力拒否・虚偽申告に対する刑事罰(罰金刑)が行政罰(罰金)に改められたという。

 だが、いずれも、刑事罰であろうが行政罰であろうが、国民にとって「罰則」である点に変わりなく、これらも本質的な修正ではないだろう。

 他方で、入院を拒否した感染者に対する罰則は、全面的に削除されることになったという。ただ、ホテル・自宅療養を拒否した感染者に対する「入院勧告」は、修正合意で変更になったという報道は確認できない。

 この「入院勧告」は、本来、入院加療が不要な感染者を強制的に入院させようとするもので、医療機関の逼迫に拍車をかける恐れがある。

 国民民主の山尾志桜里議員も、取材に対し、「立憲民主党から修正内容に関する文書は開示されていない。来週月曜の国会の質疑が終わった瞬間に自民・立憲の修正案ができあがる、というドラマの筋書きがあるのだろう」と困惑気味に話している。

 報道によれば、2月3日にも修正協議に沿って改正案の採決を行い、成立させる方針だという。

<関係性明示のための情報>

 筆者は、個人の立場で、1月22日、法律家有志メンバーとともに「緊急提言:緊急事態でなくても権利制限を認める法改正案は抜本的に修正すべきである」に名を連ねました。

 この法改正の問題点については、有志メンバーによる解説記事もご参考にしてください。

【通常国会の法改正 ココが問題】メンバーが徹底解説しました(随時更新)

弁護士

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHooを運営(〜2019年)。2017年、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年、共著『ファクトチェックとは何か』出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー)。2023年、Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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