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「米艦防護」報道への疑問 なぜ連日一面トップ? 正確には「警護」では?

楊井人文弁護士
米補給艦の「警護」任務に就いたとみられる護衛艦「いずも」(写真:ロイター/アフロ)

【コラム=楊井人文】ここ数日、各メディアは「米艦防護」について大きく報じている。朝日新聞が4月30日付朝刊で「海自艦、初の米艦防護へ」スクープし、ほぼ全ての報道各社が後追い報道した。各社横並び、連日一面トップ扱いだ。政府側からはまだ何も発表されていないが、NHKなどが海上自衛隊の護衛艦「いずも」とアメリカ海軍の補給艦が千葉県の房総半島の沖合で合流したのを確認したという。だが、一連の報道には疑問がある。各メディアはやや大げさに報じ、無用に緊張状態を作り出しているのではないか。

(右上から時計回りに)4月30日付朝日、5月1日付東京、毎日、読売の各紙一面。出港前と出港後で連日一面トッップ扱いをした新聞が多かった。
(右上から時計回りに)4月30日付朝日、5月1日付東京、毎日、読売の各紙一面。出港前と出港後で連日一面トッップ扱いをした新聞が多かった。

自衛隊法上「防護」と「警護」は区別 現在は「警護」の段階

各社報道によれば、海上自衛隊の護衛艦「いずも」等が米海軍補給艦の「防護」を実施するため、稲田朋美防衛相が任務の命令を出したという。2015年成立した安全保障関連法で新設された「武器等防護」(自衛隊法95条の2)の規定が適用されたとみられる。

だが、自衛隊法上、厳密にいうと「防護」と「警護」は区別されている。今回は、「防護」ではなく「警護」の段階ではないだろうか。

条文は次のとおりである(太字は引用者)。

(合衆国軍隊等の部隊の武器等の防護のための武器の使用)

第九十五条の二  自衛官は、アメリカ合衆国の軍隊その他の外国の軍隊その他これに類する組織(次項において「合衆国軍隊等」という。)の部隊であつて自衛隊と連携して我が国の防衛に資する活動(共同訓練を含み、現に戦闘行為が行われている現場で行われるものを除く。)に現に従事しているものの武器等を職務上警護するに当たり、人又は武器等を防護するため必要であると認める相当の理由がある場合には、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができる。ただし、刑法第三十六 又は第三十七条 に該当する場合のほか、人に危害を与えてはならない。

2 前項の警護は、合衆国軍隊等から要請があつた場合であつて、防衛大臣が必要と認めるときに限り、自衛官が行うものとする。

米軍等の要請を受けて防衛相が必要と認めるときは「警護」(95条の2第2項)を行う。この「警護」中に、外部からの攻撃など「防護」の必要がある場合に武器使用ができる(同第1項)。

現時点では外部からの攻撃が発生、または切迫している状況ではない。今後「防護」すべき事態が起きる可能性がゼロとは言えないが、現段階はそうした事態に至っていない。したがって、正確には「防護」ではなく、「警護」の実施という段階にある。

法律概念の違いだけでなく、「防護」と「警護」では一般に与える印象も違うと思われる。「防護」は「警護」よりも一段と差し迫った状況を想起するのではないだろうか。なぜ、メディアはわざわざ「警護」を飛び越えて「防護」の表現を使いたがるのだろうか。

ところで、一部メディアでは、「防護」の際には「正当防衛や緊急避難のための必要最小限の範囲で武器の使用が認められる」(毎日新聞)といった解説もみられるが、これも正確でないとの指摘がある。武器使用要件は「事態に応じ合理的に必要と判断される限度」、正当防衛等は危害許容要件(同但書)であるが、両者を混同している。

事実上の警護実施例はあった

各社は、「米艦防護」は「初めての実施」だと報道した。

だが、新設された自衛隊法95条の2に基づく「警護」の実施は初めてだとしても(ただ、今回に先立って未公表の「警護」事案があるかもしれない)、事実上の米艦「警護」の例が過去に全くなかったわけではない。

9・11同時多発テロ直後の2001年9月21日、米空母キティホークなど4隻の米艦艇が横須賀から出航した際に、海自の護衛艦2隻が事実上の護衛に当たったとされる例だ(東京新聞2007年5月28日付記事参照)。当時は、自衛隊法に基づく米艦の警護が行えず、政府は防衛庁設置法の「調査・研究」名目という苦し紛れの説明を行っていた。だが、中谷元防衛庁長官(当時)が記者会見で警戒監視であったことを認めるなど、実態的には「警護」同然だったと言われている。

政府発表はないのに「日米連携」アピール?

メディアは、今回の米艦”防護”について「弾道ミサイルの発射を繰り返し、核実験に向けた準備を進める北朝鮮に対し、日米の強い連携を示して牽制する狙いがあるとみられる」(朝日新聞5月1日)、「核・ミサイル開発を進める北朝鮮の挑発行動に対し、日米が連携して圧力を加える狙いがある」(産経新聞5月1日)などと、決まり文句の解説つきで報道している。

だが、今回、日米両政府は何も発表していない。もし、本当に「日米連携」の対外的アピール、パフォーマンスが目的なのであれば、最初から公表したのではないか。今回のケースは、報道されていなかったら当面、内外に知られなかった可能性が高い。

もともと昨年12月に定められた運用指針で、「警護」は原則として公表せず、具体的な侵害など特異な事案のみ公表するとされている。では、今回、政府側が意図的に(スクープを出した朝日新聞記者に)リークしたのだろうか。あるいは、記者側がリークの意図のない情報源への取材を通じて事実を捕捉したのだろうか。朝日新聞のスクープ記事によれば「複数の政府関係者が明らかにした」というが、肝心のところがわからない。

もちろん、今回のような事実をつかんだメディアとしては、報道しないという選択肢はない。だが、朝日をはじめ大手メディアが率先して一面トップで「米艦防護」と連日報道したのは異様な光景であった。情報源の思惑どおりに報道させられた可能性はないだろうか。

先日も、トランプ米大統領が「我々は大艦隊を送った」と発言したのを、多くの日本のメディアが「無敵艦隊」と大げさな表現で報道した事案があった。

【関連記事=「無敵艦隊」は誤訳では? トランプ氏発言報道で各社に見解問う NHKのみ修正(2017/4/20)】

北朝鮮情勢が緊迫しているとはいえ、日本における報道は過剰だという指摘が内外から出ている。メディアは冷静な報道をしているかどうか、いまいちど自省すべきである。

(*1) 各紙一面見出しの情報を画像に差し替えました。(2017/5/2 18:55)

(*2) 当初、9・11テロの発生を「2011年」と誤記していましたので「2001年」に訂正しました。(2017/5/2 19:45)

弁護士

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHooを運営(〜2019年)。2017年、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年、共著『ファクトチェックとは何か』出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー)。2023年、Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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