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ライダー13人が戦う『仮面ライダー龍騎』に「体内にブラックホールを作る」という、ビックリ怪人がいた!

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。

マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。

さて、今回の研究レポートは……。

『シン・仮面ライダー』のリアルな描写が話題になっているが、半世紀を振り返れば『仮面ライダー』シリーズには、いろいろな魅力を持つ作品があった。

たとえば、平成ライダーシリーズの第3作『仮面ライダー龍騎』。

この作品はとっても異色だった。

ライダーたちの戦場は、鏡の向こうのミラーワールド。

登場する仮面ライダーは13人!

仮面ライダーなのに正義の味方ではなく、なかには犯罪者も!

敵はミラーモンスターと呼ばれる怪物だが、ライダー同士も戦う!

ライダーに変身するには、まずミラーモンスターと契約しなければならない!

ライダー同士が戦う理由は「最後に残った一人の望みがかなう」から!

こういったビックリ世界観も魅力的だったが、空想科学的にとんでもないモンスターも出てきて、筆者はそれにも惹かれた。

その名は、獣帝ジェノサイダー。

仮面ライダー王蛇(おうじゃ)が契約したこのモンスターは、腹部にブラックホールを発生させ、王蛇が蹴った相手をそこで吸い込んでしまう、というワザを持っていた!

ブラックホールは、大きな星がその寿命を終えるとき、自らの重力で潰れた天体だ。

きわめて重力が強く、近くにあるものを何もかも引き寄せる。

光でさえも抜け出せない。

そんなモノをお腹に作る! ものすごくないですか、これ!?

本稿では、ジェノサイダーのブラックホールについて考えてみたい。

◆劇中の意外な展開

ジェノサイダーと契約したのは仮面ライダー王蛇で、王蛇に変身するのは浅倉威(たけし)。

さまざまな罪を犯したうえに、拘置所を脱走してきた男だ。

彼がかなえたい望みは「戦い続けること」。

昔の『仮面ライダー』なら、ショッカーにつかまって真っ先に怪人に改造されそうな人である。

そんな王蛇とジェノサイダーが、他の仮面ライダーを倒すためにブラックホールを使うのだ。

ところが『龍騎』において、ジェノサイダーは何度かこの攻撃を試みたけど、なかなか成功しなかった。

無事に吸い込めたのは最終回だけで、それも仮面ライダーではなくモンスター一匹だけ。

秘めた実力を活かせないまま終わってしまった感じなのだ。

ここでは『劇場版 仮面ライダー龍騎 EPISODE FINAL』でのエピソードを見てみよう。

同作でブラックホール攻撃を受けたのは、唯一の女性ライダー・仮面ライダーファム。

ファムに変身する霧島美穂は女詐欺師(このヒトも怪人のほうが向いていそうだ)。

仮面ライダー王蛇が「ファイナルベント!」と唱えると、ジェノサイダーの腹部に、オレンジ色の菱形が現れ、周囲の空気を吸い込み始めた。

光っているのは、すごい速度で吸い込まれた空気がぶつかり合っているからだろう。

まさにブラックホールだ。

王蛇は、そのブラックホールに向かってファムを蹴り飛ばす!

ファムは、頭から吸い込まれる……!

と思った瞬間、王蛇に敵対するモンスターがジェノサイダーに体当たり!

獣帝はあえなく転んでしまい、その結果、ファムはブラックホールに吸い込まれることなく、一直線に飛んでいって、コンクリートの床に投げ出されたのだった。

――ブラックホールを使った戦いはそこまで。ええ~っ、それだけ⁉

◆誰が勝っても、願いはひとつ!

宇宙のブラックホールは、太陽の30倍以上の重さで、直径も180km以上。

ジェノサイダーのブラックホールは直径40cmほどしかないが、それでもブラックホールなら、重さは1400垓t=地球の23倍あるはずだ。

これほどの重さがあったら、100km離れた物体にさえ、地球の重力の9万倍の力が働く。人も車もビルも山も吸い寄せられ、ちぎれ砕けながら、次々に呑みこまれていく。

やがては地球自体もバラバラになって吸い込まれる!

この状況下、参戦している仮面ライダーの誰が勝ち残っても、願いは「そのブラックホールを消してくれ!」になるだろう。

いや、願いをかけて戦っているヒマはなく、全員があっという間に吸い込まれてしまう。

仮面ライダー王蛇に蹴られたとき、ファムは目測10mほど離れたジェノサイダーに向かって一直線に飛んでいった。

王蛇のキック力は20tという設定だが、それでも体重60kgのファムを蹴り飛ばせる距離を計算すると、2.6mでしかない。

それが10mも飛んでいったということは、ファムの体には、ブラックホールの重力が強く働いていたのだろう。

そこで、10m離れたファムに、地表の重力の10倍の重力が働いていたと仮定しよう。

その場合、ジェノサイダーのブラックホールの重さは1500億t。先ほど求めた「地球の23倍」よりはずっと軽いが、それでも1千m級の山1個分の重さだ。

ジェノサイダーが転ぶ直前、ファムとブラックホールの距離が1mまで近づいていたとすると、受ける重力は地球重力の1千倍に、吸い寄せられるスピードは時速480kmにもなっている。

ジェノサイダーが転んでも転ばなくても、ファムはそのまま吸い込まれてしまうはずである。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

◆もし吸い込まれてしまったら?

劇中ではそうならなかったが、もし、そのまま吸い込まれたら、彼女はどうなっただろうか?

直径40cm・質量1500億tのブラックホールに吸い込まれた場合、まず彼女を襲うのは、「ブラックホールに近い側と遠い側で、受ける重力の強さに違いがある」という事実だ。

身長1.75mのファムが頭から吸い寄せられるとき、頭とブラックホールの距離が5mの時点で、足とブラックホールの距離は6.75m。

この距離の違いから、働く重力の強さにも差が生じる。

頭が40G、足が22G。

この結果、ファムの体には前後に40-22=18Gの引き伸ばす力が働く。

体重60kgの彼女の場合、頭を鉄棒などに固定されて、足に1tのオモリをぶら下げられるのと同じである。

その力は、距離が近づくほど大きくなる。

計算すると、頭とブラックホールの距離3mで4t、2mで11t、1mで52t……!

ムニョ~ンと引き伸ばされていく仮面ライダーファム……。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

さらに恐ろしいのは「時間」だ。

ブラックホールに近づいた物体は、周囲の世界から観測すると、時間の経過が遅くなる。

ファムにとっては、吸い込まれるのは一瞬だが、周囲から見ていると、ある地点を過ぎてからは、ファムはだんだんゆっくり吸い込まれるように見え、吸い込まれる瞬間にはもう止まって見えるだろう。

うむむむ。想像すると、モーレツにコワイ。

仮面ライダーファムがなぜ吸い込まれなかったか、理由はナゾだが、ブラックホールというのは怪人が用いる武器としては威力がありすぎるのだ。

『シン・仮面ライダー』のようにリアルに描写すると、大変なことになるところだった。

空想科学的に興味深いワザだが、不発に終わってよかったです。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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