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『ONE PIECE』サンジの悪魔風脚(ディアブルジャンブ)は、どれほど威力のある蹴り技か?

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。

『ONE PIECE』のサンジは、とっても魅力的なキャラである。

かつて海上レストラン「バラティエ」で副料理長を務めた一流の料理人。戦いではすさまじい足技を繰り出すが、本人は足で戦う理由を「料理人は手が命 戦闘で傷つけるわけにゃいかねェんだ」と言っている。

一方で、底抜けの女好きで、女性と見ればすぐ口説きにかかる。筆者がカウントしたところ、1年間で32人の女性に言い寄っていた!

「女のウソは許すのが男だ」「おれは女の涙を疑わねェっ!!!!」などの名言も多数残している。

今回は、サンジの代表的なワザともいえる“悪魔風脚(ディアブルジャンブ)”について考察したい。

激しくスピンして、右足を床にこすりつけ、摩擦熱で足をオレンジ色に赤熱させて蹴る、という恐るべきワザだ。このヒト、お色気と関係なくても、充分強いのだ。

いったいどうすれば、こんなワザを繰り出せるのだろう?

◆料理名ではなく、ワザの名!

サンジがこのワザを初披露したのは、CP9(正式名称は「世界政府直下暗躍諜報機関サイファーポール9」)の諜報員・ジャブラと対戦したとき。この戦いの背景には、ニコ・ロビンの存在があった。

――と書くと「やっぱり色恋がらみ!?」と思うかもしれないが、これに関してはそうではないのです。

ロビンは8歳のときに博士号試験に合格して、考古学者となり、“空白の100年”について記した石碑“歴史の本文(ポーネグリフ)”を読み解き続けてきた。

世界政府にとって、空白の100年は闇のまま葬りたい歴史であり、彼女は8歳から指名手配されて、「生きていてはいけない悪魔の子」として20年を生きてきた。

ところが、自分の存在がルフィたちを危険にさらすと考えたロビンは、サンジたちに「こんな私に今まで良くしてくれてありがとう」と告げて、世界政府に身をゆだねてしまう。

これにサンジが黙っているはずがない。ルフィたちも黙っていない。

こうして、ロビンを取り戻すため、世界政府が支配する司法の島「エニエス・ロビー」に乗り込んで、麦わらの一味はCP9との各個戦闘に突入するのだ。

サンジが戦ったジャブラは、イヌイヌの実の能力者。体長3mを超えるオオカミに変身して、激しく攻撃してくる。

これに対してサンジは

“肩ロース(バース・コート)”

“腰肉(ロンジュ)”

“後バラ肉(タンドロン)”

“腹肉(フランシェ)”

“上部モモ肉(カジ)”

“尾肉(クー)”

“もも肉(キュイソー)”

“すね肉(ジャレ)”

“仔牛(ヴォー)ショット”

と、文字だけ見たら食材としか思えないだろうけど、これはいちいち彼のワザの名前であって、要するにそういうネーミングの蹴り9連発で対抗した。

ジャブラはこれを“鉄塊(テッカイ)”で防御し、さらなる攻防の後、「あの幸薄いバカ女を憐れむヒマがあったら ここで命拾いする方法を考えるんだな!!!」と、ロビンを侮辱する。

これにサンジは超激怒。女好きであるがゆえに、女を見下すヤツを許さないのだ。

猛烈な勢いで回転を始めるサンジ。やがてその足は赤熱し、「“悪魔風脚” 高熱を帯びた足は攻撃の速度でさらに……その破壊力は悪魔の如し」と言いつつ、ジャブラに蹴りを放った。

◆足の温度は1200度!

足を軸に回転すると、足が赤熱!

恐るべき現象だが、そんなことがあるのだろうか?

摩擦が起こると、運動エネルギーが熱に変わる。サンジのように、足を床にこすりつければ、足の運動エネルギーが「摩擦」で熱に変わるのは間違いない。

とはいえ、赤熱するまで摩擦させたとは、驚くべきことだ。

高温の物体の色は、温度によって変わる。色のわかるアニメ版で確認すると、サンジの膝から下は、赤熱どころか、眩しいオレンジ色に輝き、一部が白熱していた。

『理科年表』によれば、「鮮明なる橙黄熱」が1200度、「白熱」が1300度だから、なんとサンジの足は、少なくとも1200度もの高温になっていたということだ。

人間の体を作るタンパク質は、60~70度を超えると熱変性して元に戻らなくなるが、サンジは大丈夫だったのだろうか!?

大丈夫だったとしても、足を1200度にも加熱するのは、大変なことだ。

成人男性の片足の膝から下は、体重の7.25%を占める。身長177cmでスリムなサンジの体重を60kgとすると、膝から下は4.35kg。

そして人間の体の温度を1度上げるには、1kgあたり0.85kcalが必要だ。サンジの足の体温を36度とすると、4.35kgの人体組織の温度を1164度も上昇させたことになり、これに必要な熱は4300kcal。

同じだけの熱が床にも逃げたと考えられるので、サンジが摩擦で発生させた熱は、8600kcalということになる。なんとTNT爆薬9.1kg分。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

◆どれだけ滑ったのか?

これほどの熱を、摩擦で発生させるのは容易なことではない。

サンジが、滑らせるほうの足に、体重の3分の1をかけたとしよう(2分の1以上をかけると、軸足のほうが滑る)。また、靴と床のあいだに働く摩擦力は、かけた体重の半分ほどになる。

その場合、足を1m滑らせたときに発生する摩擦熱は、0.0234kcal。

1mでこれだから、計8600kcalを出すには、足を370km滑らせなければならない。これは「東京から京都まで」という長大な距離だ。

しかも、回っていた時間をアニメで計ると17.6秒。

この短時間で足を370kmも滑らせたとはタダゴトではない。そのスピードは秒速20.9km=マッハ61!

足をマッハ61で滑らせられる人は、キックもマッハ61で蹴れるだろう。この超高速キックなら、ジャブラの体重が500kgあったとしても、時速360kmで壁に叩きつけられるし、あるいは1km彼方までぶっ飛ばせる。メチャクチャ強い!

ここまでのワザを繰り出せるのは、やはりロビンちゃんへの愛の賜物か。

ということは、うーん、やっぱり色恋がらみってことですかね。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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