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『犬夜叉』の珊瑚が投げる「飛来骨」。自分より大きなブーメランの威力は、いったいどれほど!?

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。

高橋留美子先生のマンガは、読み始めたら止まらなくなる!

『犬夜叉』にハマったのは何年も前なのだが、ちょうどその頃、筆者は各地で講演する日々が続いていた。

そこで、講演先の本屋さんで『犬夜叉』を何冊か買っては、移動の電車のなかで黙々と読み続けて、また次の講演先で数冊買って、車中で黙々と……を繰り返した。最後のほうでは何十冊も『犬夜叉』を抱えて移動することになってしまい、講演会場の人に「そんなに『犬夜叉』がお好きなんですか!?」とビックリされたのだった。

でも、それほど面白かった。

物語の主人公は、中学生の日暮かごめと「半妖」の犬夜叉だが、2人と同じくらい存在感を放っていたキャラが珊瑚だ。

珊瑚は、先祖代々の妖怪退治屋に生まれた16歳の少女で、父親によれば「里一番の手練れ」。刀、鎖分銅、隠し武器(前腕に小刀を仕込んでいる)、毒粉なども使うが、最強の武器で、インパクト抜群なのは「飛来骨」だった。

これは、里の職人が「妖怪の骨」で作ったブーメラン。サイズは珊瑚自身の身長を超えている! そんな巨大なモノを持ち歩いている!

珊瑚は、これを投げて一撃で何匹もの妖怪を倒したり、刀として使ったり、盾にして敵の攻撃を防いだり、崖から崖へ飛び移るための足場にしたり、恋人の弥勒が浮気をすると殴ったり……とさまざまな使い方をしていた。

きわめてユーティリティーの高い武器だが、あまりにデカいし、当然かなり重いのではないだろうか。

いったいどれほどの重量で、それを自在に操る珊瑚の腕力はどれほどなのか?

◆自分より重いブーメラン

ヒジョ~に大きな飛来骨だが、具体的なサイズはどれくらいだろう?

珊瑚の身長を16歳女子の平均に近い157cmと仮定して、マンガのコマで大きさを計測すると、飛来骨の差し渡し(両端間の直線距離)は、1m98cmもある!

筆者がオーストラリアのお土産にもらったブーメランは、差し渡しが34cmで、これが平均的なブーメランの大きさだとしたら、飛来骨は通常の6倍も大きい。

また、マンガの描写から面積を計算すると、0.463m²。厚さも筆者のブーメランの6倍だとすれば3.6cm。この場合、体積は16.7Lという計算結果になる。すると、飛来骨の重量はどれほどだろうか?

これを求めるためには「妖怪の骨」でできているという、飛来骨の密度が知りたい。

骨というものは、軽量化のために網目構造になっている。これを削り、磨いて、ブーメランのような薄い板を作ると、表面に細かく穴があくだろう。

だが飛来骨の表面は滑らかで、内部も詰まっている印象だ。そこで、骨の主成分であるリン酸カルシウム100%と考えると、密度は1Lあたり3.2kg。

飛来骨のサイズだったら、重さは53.3kgということになる。

これは16歳女子の平均体重(51.8kg)より重く、つまり珊瑚は、おそらく自分の体重を上回る武器を持ち歩いていることになる。大変だろう。

しかしもっと大変だったのは、珊瑚の恋人の弥勒。失神した珊瑚を担いで逃げたとき、いっしょに飛来骨も運んでいたけど、普通の人を担ぐときの2倍も重かったことになる。

恋人が重い武器を持っていると苦労しますな~。

◆時速142kmで投げる!

この重い飛来骨をブン投げて、大ムカデや大グモを真っ二つにしていた珊瑚。ザコ妖怪はメッタ切りにし、ラスボスの奈落にも、大きなダメージを与えた。

さすが妖怪退治屋だが、これを投げるには相当の力が必要だと思われる。

注目は、珊瑚が犬夜叉と戦ったときの様子。1回の投擲で大木を3本もスパッと切った!

画面の描写から、大木の直径は30cmほどで、飛来骨は大木を切ったあともギュルルと勢いよく飛んでいたから、切断してなお90%のエネルギーが残っていたと考えよう。

筆者が実験を行って、その数値から計算してみると、「珊瑚は時速142kmで投げたはず」という結果になった。53.3kgものブーメランを、プロ野球のピッチャーみたいなスピードで投げたわけだ。

しかも珊瑚は、飛来骨をいつも片手で投げる。

投擲の動作の際に飛来骨を50cm動かし、時速142kmで投げるとすると、彼女が発揮する力は、なんと8.5t。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

彼女の恋人の弥勒はイケメンだが浮気者で、しばしば珊瑚にシバカレていたが、これほど怪力の女子を怒らせるようなことはしないほうがいいと思う。

本気で怒られたら、命が終わるであろう。

◆水のなかでも投げられる!

飛来骨がすごいのは、標的に当たっても戻ってくることだ。

ブーメランは本来、鳥などを狩る道具で、その利点は「当たらなかったときに」戻ってくること。獲物に当たると、その場に落ちるから、持ち主は獲物とブーメランを取りに行かねばならない。ところが飛来骨は、敵にガンガン当たっても、必ずや戻ってくる!

これ、非科学的な描写というわけではない。

普通のブーメランが獲物に当たると落ちるのは、軽いからだ。53.3kgもの重さがあれば、他の物体に当たったり、破壊したりしても、自分のスピードは大きく落ちずに済むのだと思われる。科学的にもナットクの武器だ。

などと感心しながら『犬夜叉』を読み進めていたら、ぎょぎょっ。

なんと珊瑚は、水中でも飛来骨を投げている! 飛来骨も、空気中の800倍も強い水の抵抗などお構いなしにギュルルッと突き進む!

これは本当にモノスゴイ。水中でこんなモノを投げるには、時速142kmのスピードを与えるための8.5t+水の抵抗に打ち勝つための3.6t=12.1tの力が必要になる。そのうえ珊瑚の手を離れると、水の抵抗でたちまち速度が落ちるはず……。

そんな筆者の心配をよそに、飛来骨はそのままギュルギュル進み続けていた。これはもう、その素材となった妖怪たちの力であろう。オドロキの飛来骨である。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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