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『古見さんは、コミュ症です。』の古見さんは、黒板で筆談する。書くスピードはどれほど速いのか?

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今日の研究レポートは……。

『古見さんは、コミュ症です。』は、週刊少年サンデーで2016年から連載しているマンガで、「地味に面白いなあ」と思っていたんだけど、今年の秋になってNHKで実写ドラマ化されたと思ったら、続けざまに民放でアニメ化された! いかにも実直な『古見さん』という感じだ。

主人公の古見硝子(こみ・しょうこ)さんは、高校1年生の登校初日にして、学校のマドンナの地位を築くほどの美人。隣の席になった只野仁人(ただの・ひとひと)くんは、こう独白する。

「古見さんは、…美しい。僕が見たことのある人間のなかで、まず間違いなく一番の美人だ。肌は真っ白だし、髪つるっつるだし、目は切れ長で大きいし、…いい匂いするし、なんかもう、眩しい」。

これは只野くんの個人的感想ではなく、男子も女子も古見さんにモーレツに憧れている。

しかも体力テストでは、50m走のタイムが6秒89。これを統計で考えると、高1女子では「223人に1人」という俊足である。たぶん学年でトップを争う!

この完璧な古見さんと、みんな仲よくしたいのだが、当の古見さんが「コミュ症」なため、友達ができない……というのが、このマンガの基本構造だ。

◆680字を一気に書く!

古見さんは人と話すのが極端に苦手で、無理に話そうとすると「な。なななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななな」という状態に陥る(マンガで数えたら「な」が173文字)。

そこで、黒板やノートに文字を書いて会話するのだが、驚くべきことに、それによって会話のテンポが遅れている様子はない。たぶん古見さんは、文字を書くスピードがモノスゴク速い! しかもその文字が、とってもきれい!

筆者は子どもの頃から作文や読書感想文を書くのが遅くて、早く書こうとがんばると字がモーレツに汚くなった。だから、この古見さんの能力はたいへんうらやましい。いったいどれほどの筆記能力なのか。

古見さんのコミュ症に気づいた只野くんは「もしかして、人と話すのが苦手なんですか?」と聞く。次が体育という休み時間で、友人たちはすでに体育館に移動して、教室には2人きりだった。この問いかけに、古見さんが前述の「なななななな(中略)ななななななな」状態に陥ったため、只野くんは「黒板に書いて筆談とかなら…」と提案。すると、古見さんはチョークを手に取った。

「なんでわかったんですか? 私が人と話すのが苦手な事。」

これを皮切りに、古見さんは真情を黒板に吐露していく。

「本当は喋りたいんです」

「でも、声が出ないんです」

「拒否されたらどうしよう。次の会話はどうしよう」

「他の人はみんなできるのに、私には出来ません」

「今日の天気の話ですら、私には出来ません」

などなど、おそらくそれまで人には明かしてこなかった気持ちを一気に書き綴る。

そして「余計な話をたくさんしてしまってすみません。今日ここで見たことは忘れてくださって構いません。それじゃあ」と締めくくった。

ここまでの板書の文字を数えると、句読点を含めて680字だ。

◆休み時間に1278字!

だが、これで終わりではなかった。古見さんの気持ちを知った只野くんは、黒板に「今日はいい天気でよかったですね」と書く。

古見さんがしたかった天気の話を、古見さんと同じ板書でしてあげたのだ。只野くんはいいヤツだ!

頬を赤らめた古見さんは「はい。桜が綺麗でした」と書き、ここから2人は黒板でおしゃべりしていく。しゃっくりの止め方や、犬や猫に似た人の話などとりとめのないことを書き連ねて、最後に古見さんの夢が「友達100人作ること」なのを知る。

このとき書いた文字数は、古見さん282字、只野くん316字。古見さんはさっき680字書いているから、計962字。2人合わせると1278字である。

黒板に1278文字書くには、普通どのくらいかかるのだろう?

そこで筆者は、兼任講師を務める大学の黒板に、古見さんが最初に書いた「なんでわかったんですか? 私が人と話すのが苦手な事。」の25字(句読点を含む)をできるだけきれいに書いてみた。それを見た学生がギョッとしておりました。

25文字を書くのに要した時間は36.02秒。これと同じペースで、古見さんの962字を書いたとしたら、23分6秒かかることになる。2人合計の1278字を書くには、30分41秒だ。

もちろん古見さんたちが、こんなにノンビリ書いていたはずはない。前述のとおり、この黒板での会話が行われたのは「次が体育の休み時間」だったのだ。

学校の休み時間が10分だとすると、2人の板書は、1文字あたり0.47秒!

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

黒板に書く文字でこれは速い!

ノートや原稿用紙に書く速度はもっと速いだろうから、授業中のノートの取り方もスピーディーだろうし、日記や読書感想文もどんどん書けるんでしょうなあ。

ちなみに、この原稿の文字数をカウントしてみると、2231字だった。筆者はこれを書くのに4時間くらいかかったが、古見さんだったら、1文字0.47秒だとしても、わずか17分ほどで書いてしまえる計算になる。すごい。筆者なんて、まるで太刀打ちできません。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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