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『ONE PIECE』の黄猿に「光の速さ」で蹴られたら、どんな目に遭うのだろうか!?

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今日の研究レポートは……。

『ONE PIECE』のコミックスが、いよいよ100巻に到達する! すごいキャラが続々登場してきた作品だが、なかでも筆者がびっくりしたのは、海軍本部大将ボルサリーノ、通称「黄猿」だ。このヒトは本当にすごい。

ピカピカの実を食べた「光人間」で、光になって移動できる。指や足からレーザーを放って、相手の体を貫いたり、爆発を起こしたりもできる。体をバラバラにされても光の粒となって即復活! どれも目を剥くほどの能力だ。

「光」には、驚くべき性質がいろいろある。スピードは常に秒速30万km(正確には秒速29万9792.458km)と、宇宙でこれより速いものはない。

質量はゼロで、「波動と粒子の性格を両方持つ」という常識の通じない存在。真空中では直進するが、大気や水など物質のある環境では、反射したり、屈折したり、散乱したり……とさまざまな振る舞いを見せる。

波の山と谷をそろえて発射すれば、強烈な破壊力を持つレーザーにもなる。

こうした光の特性を、黄猿は持っているのだ。人間なのに!

あまりにすごい。ここでは「光人間」の恐るべき能力について考えよう。

◆月まで1秒半!

黄猿を見て、『北の国から』に思いを馳せている場合ではありませんぞ。光になって移動できる。これだけでもう、言葉もないほどの強敵だ。

光のスピード秒速30万kmがどれほど速いかというと、たとえば1km離れたところにいても、たった0.0000033秒でやってくる!

黄猿が地球の丸みに沿って進めるなら、東京から那覇までの1730kmを0.0058秒。地球の裏側までの2万kmを0.067秒。月まで1.26秒。太陽まで8分17秒。あまりにも速い。こんなスピードで移動できたら、もうそれだけで無敵だろう。懐中電灯の光を向けられて、とっさに避けられる人はいないのだから。

そのうえ黄猿は、光速の蹴りも放てる。「光に重さはないし、懐中電灯の光でキックされても痛くないのでは?」と思うかもしれないが、蹴りを放つ黄猿の体には重さがあるはずだ。

それが光の速さでキックしてきたら、どうなるか?

◆光速キックの威力は?

相対性理論によれば、質量のあるものが光速に近づくと、どんどん質量が増大する。黄猿自身も「速度は…“重さ”」と、重大な発言をしていた。

ただし、黄猿のキックが本当に光速に達したら、足の質量は無限大に。宇宙最大のブラックホールと化して、地球はもちろん、火星も太陽も飲み込んでしまい、太陽系などあっさり滅亡……などというメチャクチャな展開になる。

そこで、黄猿のキックもさすがに光速ではなく、光速にきわめて近い「亜光速」と考えよう。その場合、どんな威力になるのか?

黄猿は身長302cmなので、ここでは体重を305kgと仮定する(初登場時、黄猿は56歳。同年齢の標準体型「170cm・68kg」を302cmに相似拡大すると、体重は381kgとなるが、彼はスリムなので、その8割と考える)。人間が蹴りを放つと、体重の4%の重さのものが足と同じ速度でぶつかったのと同じ衝撃を与える。黄猿の場合は12.2kgだ。

そして、亜光速というのが「光速の99%」だとしたら、このキックが炸裂したときの破壊力は、ビキニ環礁の実験で使われた水爆の112発分。人だろうが、建物だろうが、山だろうが、跡形もなく吹き飛ぶ。

ところが、黄猿に「“光”の速度で蹴られた事はあるかい」と言われた魔術師ホーキンスの仲間たちは、その直後に放たれたキックをまともに食らって飛ばされ、建物を破壊したり、建物を貫通したりしていた。

黄猿の亜光速キックを食らって、人間のカタチを保ったまま飛ばされるとは驚異的に頑強なヒトたちだが、体重が300kgあったとしても、マッハ23万で飛んでいった計算になります。気の毒に……。

◆光の性質を利用する!

しかもこのヒト、光の性質をヒジョ~によく理解して、戦いに活用している。

たとえば、八咫鏡(やたのかがみ)という技。手から放った光の軌道をたどり、自らも光となって移動する技だが、シャボンディ島の戦いでは、左右の建物の窓ガラスでジグザクに3回反射させたあと、自らも光になって、その軌道に沿って飛んでいった。

光は直進するだけで、カーブはできない。だが、鏡やガラスや水面などでは「反射」によって向きを変えられるから、黄猿はそれを使って、自在に移動したわけである。

また、無数の光の弾丸を放つ八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)という技もあり、ルフィの乗った海中の潜水艦に向けて、これを放った。ここ、科学的にも興味深いシーンだ。

空気と海水のあいだでは、光の屈折が起こるので、実際は図「A」にいる潜水艦が、海上から見ると「B」の位置に見える。したがって「B」を狙って撃っても当たらないのでは?と思ってしまうが、黄猿の武器に関してはそうではないのである。

八尺瓊勾玉も光だから、海面に突入するときに屈折する。その結果、素直に「B」を狙って撃てば、自動的に命中!

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

これは反射でも同じだ。鏡や窓ガラスに映った相手に向かって撃てば、そのまま反射して命中する。ピストルの弾丸などでは考えられないことで、なんて便利なんだ、光!

――などと空想科学的にはしみじみ感心してしまうのだが、それだけ黄猿が強敵ということに他ならない。麦わらの一味は、この光人間に勝てるのだろうか。筆者、ヒジョ~に心配しております。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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