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『ウマ娘』人間の体型で時速70km。どんな走り方をすれば、そんなスピードが出せるのか?

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今日の研究レポートは……。

『ウマ娘 プリティダービー』が盛り上がっておりますね! ウマ娘たちのひたむきな走りっぷりが魅力的で、つい身を乗り出して応援してしまう。どの娘もモーレツにかわいいし!

この『ウマ娘』、はじめ筆者は誤解していた。実在の名馬と同じ名前で、現実と同じレースを戦っているから、ウマ娘たちは「競走馬の擬人化」だと思っていたのだ。

ところが公式ホームページを見ると、キャラごとに「体格」や「勝負服」までが設定されていて、たとえばスペシャルウィークは身長158cmで、スリーサイズはB81・W56・H81。まるっきり人間体型ではないですか。

戦歴なども、同名の競走馬とまったく同じというわけではない。

たとえば、現実のサイレンススズカは6連勝したあと天皇賞で骨折し、レースから去ったけど、『ウマ娘』のサイレンススズカは、天皇賞で骨折したものの、1年を超えるリハビリを経て、見事に復帰した。なんと嬉しい展開か。

つまり、ウマ娘はウマ娘。それゆえの魅力があるわけだが、すると気になるのは、人間体型のウマ娘たちが、サラブレッドと変わらない速度で走っていることだ。

あの体型で、それは可能なのだろうか? ここではアニメを例に考えてみよう。

◆1秒間にドドドドドドドドド!

サラブレッドの最高スピードは、時速70kmを超える。

G1レースは距離1200~3200mで、人間の中距離走に相当するが、ウマ娘たちは短距離走のような走り方をしている。そこでウサイン・ボルトと比較すると、彼のトップスピードは秒速12.35m=時速44km。人類最速の短距離走者と比べても、馬のほうがはるかに速いのだ。

それも当然で、馬は体の構造が走りに特化しているうえに、体重の50%以上が骨格を動かす筋肉なのだ。一方、人間は直立二足歩行で、走るのに向いていないし、骨格筋は体重の40%に留まっている。そんな人間と同じような体型のウマ娘たちが、競走馬ほどのスピードで走れるとは、恐るべきことだ。

実際、ウマ娘たちはどれほどの速度で走るのか?

アニメの劇中で、スペシャルウィークの走りを計測したトレーナーが「上がり3ハロン33秒8は立派だ」と言っていた。「上がり3ハロン」とは「最後の600m」のことで、これを33秒台で走れば「速い馬」とされる。

600mを33.8秒で走るなら、平均速度は秒速17.75m=時速64kmだ。単純計算すれば、100m走のタイムは5秒63。ボルトの100mは9秒58だから、その1.7倍も速い。

どんな走り方をすれば、人間と同じ体型で、こんなスピードが出せるのだろう?

アニメの走りを見ると、スペちゃん(みんなそう呼ぶ)はとくに大きな歩幅ではないから、足を動かすペースがめちゃくちゃ速いと思われる。実際アニメでは、足の動きは視認できないほど速い。

ボルトは世界記録を出したとき、100mを41歩で走った。平均の歩幅は2.44m、1秒間に4.3歩も走ったことになる。

その歩幅は彼の身長(196cm)の1.244倍だから、比率が同じなら、身長158cmのスペちゃんの歩幅は1.97mだ。これで秒速17.75mを出すには、毎秒9回も足を動かさなければならない! 文字で表現すると、1秒で「ドドドドドドドドド」という、けたたましい走りである。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

◆驚くほど食べている!

これだけの走りを実現するために、ウマ娘たちは連日キビシイ練習をこなしている。

通常のランニングはもちろん、追い越し走(数人が一列になって走り、最後尾がトップに立つことを繰り返す)、階段駆け上がり……。

スペちゃんは初めてのGⅠレース「皐月賞」で3位に終わった後、体重を減らす必要を感じて、腹筋100回、背筋100回、腕立て伏せ100回、腿上げ100回をやっていた。健気な…。

日々のトレーニングを乗り越え、レースで結果を出すためには、食事も重要だ。実際、彼女たちはすごくよく食べる。

スペちゃんが、トレセン学園の学食で食べていたのは、高さ30cmはあろうかという山盛りのご飯! 茶碗の大きさと比べると、8杯分はありそうだった。

調べてみると、ご飯一杯は「160gで269kcal」だから、8杯分なら1.28kgで2152kcal。

人間が1km走ると、体重1kgあたり1kcalを消費するから、スぺちゃんの体重が50kgなら、これ一杯で43km走れるエネルギーが得られるわけだ。彼女の練習を見ていると、実際にそのくらい走っているのではないだろうか。

すごかったのはオグリキャップで、彼女はスぺちゃんと同じぐらいのご飯に加えて、高さ30cmほどのショウガ焼きを食べていた。その横幅はご飯の2倍ほどで、おそらく3kgはあるのではないか。

ショウガ焼き3kgとは7380kcalで、ご飯と合わせると、9532kcal。体重50kgなら、これで191km走れることになる。さすがトレセン学園いちばんの健啖家!

と思ったら、スぺちゃんのもっとすごいシーンを発見した。

三角おにぎりを握っているのだが、周囲の物と比べると、一辺が31cm、幅が17cmもある。すると重さは8.84kgと思われ、普通のおにぎり(120g)の実に74個分! なんと1万5843kcalだ。

うむむ。ここまですごいと、モノスゴク練習しないと太ってしまうかもしれない。1万5843kcalを消費するためにスぺちゃんが走るべき距離は317km。東京から名古屋くらいまで……!

走りもすごいが、食事もすごいウマ娘たち。さあ、どんどん走って、どんどん食べるのだー。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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