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『ドラゴンクエスト』の呪文「ラナルータ」は、どんな仕組みで昼と夜が入れ替わるのだろう?

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。

『ドラゴンクエスト』には便利な呪文がいろいろ登場するけれど、なかでもインパクト大なのが「ラナルータ」だ。この言葉を唱えると、一瞬で昼と夜が入れ替わる!

夜中に強いモンスターが出てきそうなときなど、「ラナルータ!」と叫んで、安全な昼に! 反対に、昼を夜に替えて、夜しか現れないモンスターを捕まえることもできる。なんて便利なんでしょー。

……とも思うけど、ちょっと待て。昼夜を逆転させるのって、そんなに簡単なことなのか?

この世に昼と夜があるのは、①地球が丸く、②自転していて、③太陽を向いた側にだけ光が当たるから。この雄大な科学現象を、モンスター1匹のために入れ替える!? いや、もちろんモンスター対策も大事だけど、「その目的に、その手段!?」という気がするなあ。

筆者はこの、スケールが大きいのか小さいのかよくわからない「ラナルータ」がヒジョ~に気にかかる。いったいどうやって昼夜を入れ替えるのか、そんなことをしたらどうなるか、空想科学的に考えてみたい(『ドラクエ』の舞台は不詳だけど、ここでは地球と同じ環境として考えます)。

◆昼夜が逆転して困ること

言うまでもなく、昼夜が逆転すると大変である。

人間は「太陽光の当たり方が24時間サイクルで変化する」という環境下で暮らしてきた。朝日を浴びるとセロトニンが分泌され、脳が覚醒する。夜になるとセロトニンはメラトニンに変化して、眠りを促す。

いきなり昼夜が入れ替わると、このリズムが狂ってしまうのだ。もちろん、お肌にもよくありません。

それでも、呪文を唱えた本人はまだいい。この呪文が厄介なのは、本人以外の全人類、全動植物にも影響が及ぶであろうことだ。

誰かが「ラナルータ」と唱えて昼を夜にすると、周囲の人々も一瞬で夜に放り込まれる。地球の裏側では、夜がいきなり昼になる。もうびっくり仰天。困る人が続出するだろう。

たとえば昼が突然、夜になったらどうなるか?

道を歩いていた人たちは、何かにぶつかったり、転んだり、川に落ちたりする。車や自転車はライトをつけるヒマもなく、あちこちで交通事故も起きるだろう。洗濯物は乾かず、本は読めなくなり、日光浴は中断され、お化粧には失敗し、お昼ごはんが夜食になり、せっかく咲いたアサガオも、もうどうしたらいいんだか。

夜がいきなり昼になっても、大変だ。

睡眠が中断されて寝不足になり、ロマンあふれる夜行列車は普通の電車になり、ラジオの深夜放送も昼間の番組になる。花火大会では花火が見えず、流れ星に願いをかけていた人は途中で希望を絶たれ、暗い公園でいいムードになっていたカップルは人々の視線にさらされる。夜行性の動物たちは驚き、人の家に忍び込もうとしていた泥棒はたちまち捕まるだろう(あ、これはいいことか)。

昼夜が逆転するというのは、これほど大変なことなのだ。喜ぶのは、時差ボケに苦しんでいる海外からの旅行者くらいではなかろうか。

◆それは禁断の呪文だった!

それにしても「昼夜を逆転させる」とは、いったいどんな仕組みなのだろう?

昼と夜では、明るさが大きく違い、昼間の太陽光が照度10万ルクス、夜の月明かりは1ルクス。10万倍もの差がある。これほどの明るさの違いを、瞬時に切り替えるのは難しい。

巨大な閃光弾でも上空で爆発させれば、夜でも昼間のような明るさになるだろうが、それも短時間にすぎない。昼間を暗闇にするのは、皆既日食でも起こらない限り無理だろう。これ、本当に難題なのだ。

それでも強引に方法を考えるなら? 前述のように、昼と夜を生むのは、太陽と地球各地の位置関係だから、それを変えるしかないだろう。シンプルなのは、地球をグルッと半回転させることだ。

が、それをやっちゃうと大変である。

地球の自転によって、赤道付近は時速1670kmで西から東へ動いている。新幹線の5倍以上という猛スピードだが、一瞬で地球を半回転させるとしたら、そんなレベルでは済まない。

地球一周は4万kmだから、半回転に要する時間が1秒だとしても、赤道付近が動く速さは秒速2万km=時速7200万km。ここ「万」がついているので、ご注意ください。つまり新幹線の20万倍を超えて、マッハ5万9千だ!

「わー速い」などと喜んでいる場合ではない。

大地も海も山も川も人も犬も建物も車も、ありとあらゆるものが直径1万2800kmの半円に沿ってマッハ5万9千で動くことになり、モーレツな遠心力が発生する。その強さは、重力の640万倍、すなわち640万G!

あなたもワタシも、何もかもが宇宙にぶっ飛ばされて、二度と地球に戻れません。いや、地球そのものも640万Gという遠心力には耐えられず、砕けて宇宙に飛び散ってしまうだろう。地球の裏側で、夜のモンスターを避けようとした勇者が「ラナルータ!」と唱えたばっかりに、まったく事情のわからないうちに、すべての生命と母なる地球は終焉を迎えるのである。

なんてオソロシイ呪文なんだ、ラナルータ! 「バルス!」よりずっと危ない。

それにしても、放っておいても夜は朝になり、昼は夜になる。そんな自然の営みを、スピードを速めて一瞬で行おうとするだけで、人類も地球も滅び去ってしまうとは……。呪文「ラナルータ」を考えると、自然の雄大さにしみじみ気づかされる。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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