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医師の過労自殺で病院長ら書類送検 過酷な長時間勤務の実態、密着取材で痛感したこと

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
12月15日、日本外国特派員協会で会見を行う母の高島淳子さん(筆者撮影)

 神戸市の「甲南医療センター」に消化器内科の専攻医として勤務していた高島晨伍さん(当時26)が、2022年5月、極度の長時間労働を苦に自ら命を絶ちました。西宮労働基準監督署は2023年12月19日、労働基準法違反の疑いで運営法人「甲南会」と具英成院長、上司だった医師を書類送検したことが、今、各メディアで大きく報じられています。

●医師過労自殺で病院長ら書類送検 神戸「甲南医療センター」(共同通信/2023.12.19)

 12月15日、私は日本外国特派員協会で行われた記者会見に出席し、亡くなられた高島医師の遺族(母と兄)のお話を直接伺いました。

 医師である父、そして兄の背を追い、自らも医師を志した晨伍さん。2023年6月、労基署は晨伍さんの死について、「長時間労働などが原因だった」として労災と認定しました。

 正式に認められた時間外労働時間は、亡くなる3か月前/178時間29分、2か月前/169時間55分、1か月前/207時間50分となっており、約100日間の連続勤務があったことも発表されています。これらはいずれも病院側の発表を大きく上回っており、「自己研鑽」などという言葉では済まされない異常な長さとなっています。

■命より大切な仕事はありません…

 記者会見で母の高島淳子さん(60)は、休みなく働き続ける中で疲弊し、日々憔悴していく晨伍さんとのやり取りを振り返りながら、当時の状況を語りました。

「『働きすぎはよくないよ』私はそう言いましたが、息子は、『そんなことわかってる。休みたいけど、休めないんや……。もう、明日起きたら、全てがなくなっていたらいいのに』と言っていました」

 しかし、2022年5月17日、最悪の事態が起こります。『今朝、変な気を起こしかけたけど、もう起こさんようにするから安心して』というメールの後、返信がなくなったことに不安を覚え、下宿に駆け付けた淳子さんは、晨伍さんの変わり果てた姿を発見したのです。

 遺書にはこんな言葉が残されていました。

『お母さんに辛い思いをさせるのが苦しいです。もっといい選択肢があると思うけど、選ぶことができなかった』

 また、病院のスタッフに宛てた手紙には、

『さらに仕事を増やし、ご迷惑をおかけしてすみません』

 という、謝罪の言葉も記されていました。

 淳子さんは晨伍さんが遺した最後の直筆メッセージをスクリーンに映し、

「命より大切な仕事はありません。彼の死をきっかけに少しでも医療現場の過酷な労働環境の問題が改善されるように努力します」

 涙を流しながら訴えられました。

 この日、記者会見場には外国メディアの記者たちが多数集まっていました。そして積極的な質問が飛び交いました。

 今の日本は医師の数が大幅に不足しており、過重労働が常態化しています。繰り返される医師の過労死の根底にある構造的な問題を知った彼らは、この日、遺族の訴えをどう受け止めたでしょうか。

日本外国特派員協会での記者会見の模様(筆者撮影)
日本外国特派員協会での記者会見の模様(筆者撮影)

■救急外来・当直医の密着取材で痛感したこと

 勤務医の過重労働については、医師を雇用している病院側の問題はもちろん、この深刻な問題の根底にある、国としての医療政策のあり方(医師養成の抑制や医療費の抑制など)を抜本的に見直すことが必須です。

 一方、私たち一般市民も「患者の立場」から、日本の医療現場の窮状を直視し、医師をはじめとする医療従事者に過剰な負担を強いていないかをあらためて自問する必要があるのではないでしょうか。

 実は、私は過去に、実父を薬の過剰投与という医療過誤で亡くし(大阪高裁で原告勝訴)、私自身も手術時のガーゼ遺残という被害に遭った経験があります(千葉地裁で和解成立)。

 一時は医療不信に苦しみましたが、その後、医療者の過酷な労働実態を知ることになり、医療過誤をなくすためにも彼らの労働環境をよくすることが大切だという思いから、「地域医療を育てる会」というNPO法人で活動するようになりました。

 その一環として、ある県立病院の夜間救急外来に密着取材をしたことがあります。

 この日、当直の医師は、午前8時から外来をこなし、20時から翌日の朝8時まで夜間救急を担当。その後、8時半から17時過ぎまで外来診療を続けていました。医師も看護師も仮眠する暇はほとんどなく、緊張の連続の中、一晩中仕事を続けていたのです。

 来院する患者は、救急車での搬送だけでなく「直来」、つまり自分で直接病院に来る人も多数いました。また、同じ直来でも、電話で問い合わせてから来る人、何もないまま直接来る人、いろいろです。

 ちなみに、当直の医師から事前に「患者さんのピークは11時前後ですよ」と聞いていたのですが、本当にそのとおりでした。医師の説明によると、深夜になる直前、不安になる人が多いというのです。中には、「日中、病院で待たされるのが億劫だから、この時間帯に来た」という軽症者も少なからずいました。

 翌日の夕方、当直医の約40時間にわたる長い勤務がようやく終了します。ただし、その後もカンファレンス等があるため、すぐに帰宅することはできないのです。これが日本の病院で働く、多くの勤務医の実態です。

 私はたったひと晩密着しただけでふらふらになりましたが、彼らはこのような勤務を、月に4回くらいこなしていると聞き、その健康が心底心配になりました。

 そして、医療者の側から夜間救急外来の過酷な現状を目の当たりにし、あらためて身勝手なコンビニ受診は何としても控えるべきだと痛感しました。

診療にあたる生前の高島医師(遺族提供)
診療にあたる生前の高島医師(遺族提供)

■「医師の過労死家族の会」発足

 本日、2023年12月20日、「医師の過労死家族会」が発足し、小児科医であった夫を過労死で亡くした中原のり子さん、前出の高島淳子さんらが、厚生労働省で記者会見を行いました。

 同会のHPには「はじめに」として、この会の目的が以下のように記されています。

 私たちは過労死被災者の家族です。私たちのかけがえのない家族は医師として過重労働を担う中で命を落としました。
 医師の過重労働は、多くの医師の精神的・肉体的な健康を阻害し、時には命までも奪ってしまいます。そして親や配偶者や子供たちを不幸のどん底に落としてしまいます。
 医師は聖職と言われますが誰かの犠牲によって成り立つ社会は幸福な社会とは言えません。
 また、過重労働は医療過誤の一因となっていると多くの医師は考えています。
 医師が健康で生き生きと働くことは患者や国民の幸せにとっても不可欠であると考えます。
 私たち医師の過労死遺族の会は、私たちが被った悲劇が繰り返されないために、医師の健康と命、そして生活と家族を守るために、私たちができることを精一杯に行っていきます。

 日本医師会が行った2022年の調査では、『自殺や死を、毎週、毎日、具体的に考える』と回答した勤務医は、4%にのぼっているそうです。

 勤務医の時間外労働で成り立つ救急医療や地域医療を当たり前だと考えるのは、もう終わりにすべきです。そのためにも、私たち市民、患者として、できることから実践し、考えていくべきだと思います。

★本日(2023.12.20)の『news zero』(日本テレビ/23:00~)で特集が予定されています。

幼き日の高島晨伍さんと母・淳子さん(遺族提供)
幼き日の高島晨伍さんと母・淳子さん(遺族提供)

ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「開成をつくった男、佐野鼎」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。剣道二段。趣味は料理、バイク、ガーデニング、古道具集め。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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