4月6日午前、『葛飾父娘死傷事件』の被害者・波多野暁生さん(44)から、下記のメールが寄せられました。

「我々の裁判の件ですが、被告は控訴してきませんでした。本日付で、懲役6年半の実刑判決が確定します」

 波多野さんは2020年3月14日、娘の耀子さん(当時11)と青信号の横断歩道を横断中、信号無視の車によって愛娘の命を奪われ、自らも重傷を負いました。

 あの日から約2年という長い時間を経て、ようやく刑事裁判が終結した、という報告でした。

 3月22日の判決で「赤信号を殊更に無視した」と認定され、危険運転致死傷罪に問われた高久浩二被告(69)は、2週間以内に刑務所に収監されるとのことです。

11歳で亡くなった波多野耀子さん。刑事裁判を傍聴した祖母は、この写真を大切に抱いていた(遺族提供)
11歳で亡くなった波多野耀子さん。刑事裁判を傍聴した祖母は、この写真を大切に抱いていた(遺族提供)

■被告の供述変遷によって大幅に延期された初公判

 本件については、事件発生の約1年後からレポートを続けてきました。

 最初に公開した記事は以下です。

亡くなった娘と撮った家族写真 赤信号無視の車に断ち切られた未来(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース(2021.3.22)

 発生から1年以上経っても加害者は起訴されず、本人からは謝罪の電話もなし……。   

 そうした状況に納得できなかった波多野さん夫妻が、実名を公表し、最後の家族写真を公開してでも今の思いを訴えたいと連絡をくださったのがきっかけでした。

 その後、高久被告は危険運転致死傷罪で起訴されましたが、公判前整理手続きの途中で突然供述内容を変えてきたため、初公判は予定より4カ月遅れて、2022年3月8日に延期されました。

 それによって、両親による意見陳述が、奇しくも耀子さんの2回目の命日と重なるという出来事もありました(以下の記事参照)。

信号無視の車に奪われた愛娘の命 事故から2年、法廷で被告に質問ぶつけた父の悲憤(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース(2022.3.14)

 検察の求刑は懲役7年6カ月、判決は1年減の6年6カ月。この裁判に「被害者参加制度」を利用してかかわってきた波多野さん夫妻は、判決確定をどう受け止めているのでしょうか。

 6日、父親の暁生さんにお話を伺いました。

刑事裁判に被害者参加制度を使ってかかわった父の波多野暁生さん(筆者撮影)
刑事裁判に被害者参加制度を使ってかかわった父の波多野暁生さん(筆者撮影)

■判決後も被告から直接の謝罪はないまま

――減刑理由になった「被告の反省」ですが、その後、本人からの謝罪はあったのでしょうか。

「事件発生から裁判確定の今日まで、被告本人からも、家族からも一度も自発的な謝罪は受けていません。刑事裁判の法廷で初めて顔を合わせたわけですが、その際も、我々の目を見てしっかりと頭を下げることは一度もなく、証言台で『すみませんでした……』とボソッと言うだけでした」

――判決の後も、謝罪の電話やお参りなど、一度もなかったのですね。

「はい。裁判では、『謝り方が分からなかった』『対応は保険屋に任せる』『弁護士に我々と接触しない方がよいと言われた』などと述べており、心からの謝罪や反省とは、到底結びつかないものだったと思います。しかし、これほど非常識な対応をされても、判決文には『被告人なりに反省の意図を示している』と記され、求刑より1年減刑した理由のひとつにされたのです(*本記事の末尾に判決文の抜粋を掲載)」

――裁判官から「反省の態度を示すためにしていること」について問われた際、被告は「自身の親族の墓にお参りしている」と述べていましたね。

「あの言葉には、遺族として大きなショックを受けました。『自分の親族の墓と繋がっているから、そこにお参りすれば(亡くなった耀子にも)祈ったことになる』などと、意味不明、かつ我々の感情を逆撫ですることを言ったのです。また、愕然としたのは、高久被告が事の重大さを全く認識していなかったことでした。検察から示された証拠に記載されていた耀子の死因について、平然と、『聞いてませんでした』と答えたのです。私たちは事件以来ずっと続いている、被告のこうした非常識な対応を到底許すことはできません」

耀子さんの勉強部屋はいまもそのままだ(筆者撮影)
耀子さんの勉強部屋はいまもそのままだ(筆者撮影)

■過去の判例に流されない判断を

――波多野さんは、被害者、遺族の思いとして、危険運転致死傷罪の最高懲役20年を求められましたが、検察の求刑は懲役7年半、判決は6年半というものでした。これについてはどのように思われますか。

「赤信号無視の量刑は、初めから5~8年の範囲内と決まっていて、裁判自体はセレモニーなのだと感じました。検察の求刑の仕方にも問題があると思います。今回は裁判員裁判だったのですが、検察は論告で、わざわざ過去の量刑相場をグラフ化し、裁判員に対して判断の幅を狭めるようなことをしました。一体何のための裁判員裁判なのでしょうか。一般市民の感覚は、いったいどこに取り入れられているのか、疑問でした」

――論告のとき、被害者側の代理人弁護士が、「危険運転致死傷罪はまだ新しい法律なので、過去の判例に縛られるべきではない」と、強い口調で述べておられました。

「はい。危険運転致死傷罪自体の歴史が浅く、事例の蓄積も十分ではありません。にもかかわらず、過去の量刑相場ばかり斟酌していたら、いつまでたっても、実際の交通犯罪に見合った判決は下されません。何より、法律が果たすべき、『犯罪を予防する』という効果を十分に期待する事が出来なくなってしまいます。私は、今回の懲役6年6カ月という判決は、『殊更赤信号無視』という一方的なルール違反によって11歳の娘の命を奪った結果に対しては、軽いと思っています。検察がもっと重い求刑をしてくれていたら、判決も変わっていたのではないかと思っています」

刑事裁判に証拠提出が認められた耀子さんの生前写真はこの1枚だけだった。しかし、当初は「不同意」にされていたという(遺族提供)
刑事裁判に証拠提出が認められた耀子さんの生前写真はこの1枚だけだった。しかし、当初は「不同意」にされていたという(遺族提供)

■赤信号無視は「危険運転致死傷罪」で起訴されるべき

――事件発生から起訴までに1年以上もかかった理由についてはどう思われますか。

「事件発生当初、捜査担当になったのは副検事でした。我々は当時、副検事と正検事の違いもわかりませんでした。この人は過去の判例を検討しておらず、赤信号で停車中の車が第2車線に何台いたかについても捜査を尽くしていませんでした。我々は被害者参加代理人として、交通事件に詳しい高橋正人弁護士、上谷さくら弁護士に協力を依頼することが出来たからよかったのですが、もし、両弁護士にお願いしていなかったら、そのまま過失運転致死傷罪で起訴され、執行猶予が付いたかもしれないのです」

事故現場の交差点(筆者撮影)
事故現場の交差点(筆者撮影)

――実際に、私が取材したケースでも、多くの信号無視による事故が「過失」で処理されています。

「そうですね。赤信号無視による死亡事件の多くが、過失運転致死傷罪で起訴され、最終的には執行猶予付きの判決になっているようですが、それは、遺族としては到底納得できない結果です。そもそも起訴すらされないといった、信じられない扱いを受けるケースもかなりあると聞いています。おそらく、事故後の混乱の中で、検察に体よく『過失』で処理されてしまうことの方が多いのだと思います。個々の担当検事の力量によって、結果が不安定になってしまう……、これは非常に大きな問題だと思います」

――被害者・遺族として積極的に検察に思いを伝え、疑問を感じたら何度でも質問することが大切ですね。

「今回の事件で我々が感じたのは、検察に過失で起訴されてしまったら、もうお終いということです。起訴される前に、検察に立件の根拠を丁寧に説明してもらえる権利が、我々被害者にはあります。決して検察に気を使う必要はありません」

――そうしたやり取りの中で、波多野さんの事件は「危険運転致死傷罪」で起訴されたわけですが、裁判では予備的訴因として「過失」の罪名も加えられていました。そのため、一抹の不安もありましたが、結果的に危険運転致死傷罪で判決が下されたのは、なぜだったと思われますか。

「今回、我々の事件では『殊更赤信号無視』による危険運転致死傷罪の成立が、裁判所からもしっかり認められました。そのポイントは『事故直後、警察によって行われた実況見分の信用性が高い』と裁判所に認定されたことでした。懲役6年半という判決は、大切な娘の命を奪われた遺族としては不本意ではありますが、それでも『赤信号無視=危険運転』が認められた本件の判決が、この先、少しでも同種の事故の抑止力となることを願うばかりです」

――おっしゃる通りですね。以下に、今回確定した判決文から、裁判所の判断を一部抜粋して掲載しました。赤信号無視が、被害者にとっていかに不可避で危険な行為であるかを、多くの方に知っていただきたいと思います。ありがとうございました。

現場となった横断歩道の前で佇む波多野さん夫妻(筆者撮影)
現場となった横断歩道の前で佇む波多野さん夫妻(筆者撮影)

●<判決文より抜粋/危険運転致死傷罪の成否について>

 被告人は、赤色信号を殊更に無視し、時速約57キロメートルという、重大な交通の危険を生じさせる速度で被告人車両を進行させたと認められるから、被告人には、判示のとおりの危険運転致死傷罪が成立する。

●<判決文より抜粋/量刑の理由について>

 本件は、被告人が、赤信号を殊更に無視して交差点内を進行し、横断歩道上を青信号に従って進行していた11歳の子とその父親に自車を衝突させ、子に多発外傷の傷害を負わせて、死亡させ、父親には加療約222日間を要する左脛腓骨開放骨折等の傷害を負わせたというものである。

 被害者両名には全く落ち度はなく、結果は極めて重大で、非常に理不尽な事件というほかない。亡くなった被害者は、両親にとってはたった一人の子、祖父母にとってもたった一人の孫であったというのであり、かけがえのない命を奪われた親族らの悲痛は計り知れない。父親は自らも重傷を負った上に子を守れなかったという自責の思いに苦しみ、通院や退職を余儀なくされ、母親はたった一人で子の臨終に立ち会うという耐え難い経験をし、退職も余儀なくされたというのであって、その人生に与えた影響は深刻なものであるところ、被告人側からは十分な慰謝の措置が講じられておらず、被害者らが厳重処罰を求めるのも当然である。

 一方で、本件の経緯等を見ると、もとより本件犯行は自動車運転者として到底容認できないものであるが、前記の通りの急制動した場合の停止可能位置に照らすと、信号の変わり目における咄嗟の判断によるもので、余裕を持って停止線手前に停止可能であるのに殊更赤信号を無視して進行したという事実や、制限速度の大幅超過や飲酒、ひき逃げを伴う事案ではないことに照らすと、本件が犯情面で同種事案(危険運転致死、単独犯、信号殊更無視、歩行者が被害者)の中で重いものというには躊躇を覚えざるを得ない。

 さらに、被告人なりに反省の態度を示していること、対人無制限の保険により被害者に対し相当額による損害の填補がされることが見込まれること、被告人の息子が今後の監督等を誓ったこと、被告人に交通違反前歴以外の前科前歴がないことといった事情もある。そこで、それらの事情を考慮し、同種事案における量刑も踏まえて、主文の刑が相当であると判断した。

東京地方裁判所刑事第16部  

 裁判長裁判官 西野吾一 

 裁判官 向井志穂

 裁判官 足立洋平