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「4月6日、息子が天国へ行きました…」台湾バイク事故、脳死大学生と母の45日

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
留学先の台湾で発生した事故で脳死状態となった息子に寄り添い続けた母(林さん提供)

 台湾に滞在中の林里美さん(51)から、今週、残念な知らせが届きました。

「4月6日の昼すぎに、俊徳は天国に行きました。とても頼もしく、頼り甲斐のある、優しい息子でした。親孝行でもありました。でも、最後にとんでもない悲しさを家族に与えて、逝ってしまいました」

 メールは、さらに続きます。

事故直後から脳死と診断され、いつ亡くなってもおかしくない状況の中、ここまで生きていられたのは、本人に一番未練があり、無念だったからだと思います。毎日、泣きながら一人で病院に行きましたが、見ているのが辛く、事故後の日々は本当に地獄でした。でも、ヤフーの記事がきっかけで現状を伝えることができ、俊徳の友人をはじめ、本当に多くの方から励ましのメールや情報をお寄せいただきました。また、台湾では何人かの日本人の方と直接会うことができ、すごく助けられています。本当にありがとうございました

■コロナ禍の中、海外の留学先で交通事故に遭った我が子

 この事故の経緯は、3月15日に以下の記事でお伝えしました。

「息子が、今、脳死状態です…」台湾でのバイク事故。母が求める情報提供(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース

台湾で起こったバイク同士の交通事故で脳死状態となった大学生の俊徳さんを取り上げた、3月15日付のYahoo!ニュース(筆者撮影)
台湾で起こったバイク同士の交通事故で脳死状態となった大学生の俊徳さんを取り上げた、3月15日付のYahoo!ニュース(筆者撮影)

 新北市の峠道でバイク同士が衝突。相手のライダーは即死、俊徳さんは脳死状態で病院のICUに運ばれるという事故でした。

 ニュース映像には、直後の凄惨な現場が映し出されています。事故原因は捜査中ですが、バラバラに破損した双方のバイクからは、その衝撃の大きさが見て取れます。

事故直後の事故現場。左のスクーターが俊徳さんのバイク。衝突は俊徳さんの走行車線上で発生したとみられている(林さん提供)
事故直後の事故現場。左のスクーターが俊徳さんのバイク。衝突は俊徳さんの走行車線上で発生したとみられている(林さん提供)

<事故を伝える台湾のテレビニュース>

 事故の知らせを受けた両親は、すぐに台湾へ駆け付けたい気持ちでした。しかし、新型コロナウイルスの影響で、外国人の受け入れは厳しく制限されています。

 そんな中、事情を汲んだ台湾政府の計らいで、事故から4日後、母親の里美さんだけが、自宅のある横浜から台湾に入国できることになりました。そして、台北のホテルで2週間の隔離措置を受け、俊徳さんを見舞っていたのです。

脳死状態となった俊徳さんの病室で手を握りしめる母の里美さん(林さん提供)
脳死状態となった俊徳さんの病室で手を握りしめる母の里美さん(林さん提供)

■脳死の過酷な現実と向きい合いながら

 コロナ禍、しかも言葉の通じない異国でたった一人、脳死を宣告された我が子に向き合う時間はどれほど辛いものだったでしょうか。

 里美さんから初めてのメールを受け取ったのは3月8日のことでしたが、それから約1か月間、LINEで続けたやり取りは、まさに緊張の連続でした。

 里美さんは電話の向こうで、ときおり嗚咽を漏らしながら、

俊徳の顔は段々黒くなって、肌はカサカサで、肌がぼろぼろはだけてきています。怖いです……

 そう訴えました。

 病院から「生命維持装置を外すこともできる」と告げられた日には、こんなメールが届きました。

現状維持が子どもへの優しさなのだろうか。消極的治療をして、弱っていく姿を見ているのがいいのだろうか。ここは日本ではない、台湾だからこそ提案された、生命維持措置を外すという選択に同意すべきか否か……、正解がわからないのです

俊徳さんの走行方向から見た事故現場(林さん提供)
俊徳さんの走行方向から見た事故現場(林さん提供)

道路中央に転倒しているのは、即死した相手のライダーのバイク(林さん提供)
道路中央に転倒しているのは、即死した相手のライダーのバイク(林さん提供)

■リモートでつないだ家族や友人との最期の時間

 新型コロナウイルスの影響で、面会時間はもちろん、里美さんの行動も制限されていました。しかし、4月1日に俊徳さんの心拍数が下がり、危険な状態になってからの最期の数日間は、病院ももう面会時間を制限せず、家族や友人とリモートでつながる時間が持てたと言います。

 里美さんは語ります。

高校時代の友人や先生が、リモートの動画で、毎日病室にいる俊徳に語りかけてくれました。受験を目指し一緒に勉強してきた友人、俊徳の中国語力を劇的にアップさせてくれた中国からの転校生。亡くなる前日には、親戚、家庭教師、少年野球時代の監督や野球の仲間も電話でつながってくれました

 最後に語り掛けてくれたのは、小学校からの幼馴染みでした。

インターネットを利用して、台湾の病院に入院中の俊徳さんに語り掛ける幼馴染みの友人。この翌日、俊徳さんは帰らぬ人となった(林さん提供)
インターネットを利用して、台湾の病院に入院中の俊徳さんに語り掛ける幼馴染みの友人。この翌日、俊徳さんは帰らぬ人となった(林さん提供)

私と彼が話しているとき、俊徳の目に涙がたまっていました。『ね、俊徳泣いてない?』って話をして、涙をふいて、最後の会話の写真を撮り、『俊徳、またな』って、いつもと同じ笑顔で、手を振って電話を切りました。きっと、まだまだ会いたい人がいたことでしょう……

 しかし、2月21日に発生した事故から45日目、とうとうその日はやってきました。

 台湾大学法学部に入学してわずか7か月、林俊徳さんは18歳という若さで息を引き取ったのです。

死後、俊徳は角膜を提供するために臓器移植の手術を受けました。俊徳なら、きっと喜んで提供をする子だと思ったからです。願わくは、俊徳の角膜を提供された方が、素敵な景色をたくさん見たり、楽しい体験をしたりしていただきたい……、その手助けになってくれればと思います」(里美さん)

生前の俊徳さん(林さん提供)
生前の俊徳さん(林さん提供)

■留学生に知ってほしい、海外での交通事故のリスク

 3月15日に発信した上記ヤフーの記事には大きな反響があり、フェイスブックでのシェア数は8000件近くにのぼるなど、SNSで広く拡散されました。

 また、同記事は台湾の新聞でも取り上げられ、それを見た地元のテレビ局や新聞社も里美さんに取材をし、報道されました。そのため国内外から、さらにさまざまな情報が寄せられたのです。

 里美さんや私のメールにメッセージをくださった方々には、この場を借りて感謝の気持ちを伝えたいと思います。

 現在、俊徳さんは台湾の葬儀社の冷蔵庫の中に安置されています。「火葬をしてから帰国をすれば」という意見もありましたが、里美さんはきっぱり断り、遺体にエンバーミング(防腐)の処置を施して、父親や弟が待つ日本へ連れて帰ることを決めています。

 それでも、コロナ禍の今、問題は山積です。里美さんが台湾の検察とのやり取りをある程度終えてから帰国しても、今度は日本で2週間の隔離期間を経なければならないため、通夜や葬儀はゴールデンウィーク明けになりそうです。

 里美さんは語ります。

事故の本格的な処理はこれからです。今は警察、検察に、この事故の真実を見極め、きちんとした司法判断をしてもらいたいと願うばかりです。ただ、親としては、異国の地でいろいろなことを経験してほしいと我が子を送り出したのに、このようなかたちで突然失う悲しさは受け入れ難いものがあります。送り出したことは間違っていなかったと信じながらも、後悔し、心の安定が保てないでいます。日本の学生も、海外に飛び立つ子が多くなっている中、交通事故にも注目していただき、どうぞ学生さんたちに警鐘を鳴らしていただければと思います

2021年の年賀状。家族4人そろっての最後のハガキとなった。右が俊徳さん(林さん提供)
2021年の年賀状。家族4人そろっての最後のハガキとなった。右が俊徳さん(林さん提供)

<両親より、俊徳の友達のみなさんへ>

 あの事故で俊徳の持参していたカメラが破損し、画像が全てなくなってしまいました。現在も、俊徳がなぜ、何を目的にあの場所に行ったのかわかりません。俊徳は台湾で何に興味を持ち、バイクでどこに行っていたのか。2月21日の行動を知っていたら教えて下さい。

 また、最近やり取りをしていた友達がいれば、俊徳がどんなことを話していたのか、何でもいいので教えて下さい。中学校時代の日本のお友達、先輩、後輩、俊徳と繋がって最近もやり取りをしていた人がいたらぜひ連絡をください。よろしくお願いします。

我正在尋找信息/如果有人知道林俊德在台灣的日常生活,興趣愛好與他的個性或者任何關於他的瑣碎的信息都可以。如果有人可以把他在SNS上留下的足跡,訊息,照片等分享給家屬,我會很感激。

●事故発生  

2021年2月21日(台湾 中華民国110年2月21日)  午後2時半頃  

●事故現場  

新北市新店区北宜路三段210巷

●情報提供先 

BYZ07014@nifty.com (林俊徳の母/林里美のメールアドレス)

【以下は、台湾大学の学生さんが訳してくださった、上記記事の中国語訳です】

"4月6日,兒子去了天堂…"臺灣摩托車事故,腦死大學生和母親的45天。

本週,從滯留在臺灣的林里美女士(51歲)那裏聽到了一個令人遺憾的消息。

"4月6日中午過後,俊德去了天堂。他是一個非常可靠,值得信賴,心地善良,又孝敬父母的兒子。但是最後卻給家人帶來了巨大的悲傷,離開了人世。"

郵件這樣繼續。

"事故發生後,被診斷爲腦死亡,在什麼時候去世都不奇怪的情況下,能活到現在,我想是因爲他對自己最有留戀和委屈。我每天都哭着一個人去醫院,看着他也很痛苦,事故發生後我就過著地獄般的日子。但雅虎的報道幫我傳達了這些信息,所以我從很多人包括俊德的朋友在內收到了許多安慰鼓勵的訊息。另外,在臺灣也認識了幾位日本人,他們幫了我許多忙。真的非常感謝。"

■在疫情中,我的孩子在國外留學途中遭遇了交通事故

兩輛摩托車在新北市山路上相撞,對方騎士當場死亡,而俊德在腦死亡狀態下被送往醫院的加護病房。

 新聞上緊接着播放了悽慘的事故現場。雖然事故原因正在調查中,但從兩輛嚴重破損的摩托車上可以看出其衝擊的大小。

聽到事故消息的父母想第一時間就飛到臺灣。但由於新冠病毒的影響,外國人的入境受到了嚴格限制。在這種情況下,在臺灣政府的安排下,在事發4天后,只有母親里美從她家人居住的橫濱來到了臺灣。然後,在臺北的一家酒店被隔離了兩周之後,她才去醫院看俊德。

■面對腦死亡的殘酷現實

 在疫情當下,而且在語言不通的異國他鄉,面對被宣告腦死的兒子的時間難以想象是多麼的痛苦。

 從里美那裏收到第一封郵件是在3月8日,之後在LINE上持續的約一個月的交流都是在緊張的氣氛中進行的。

 里美在電話的另一端,不時地嗚咽着,

"俊德的臉漸漸變黑,皮膚變得越來越粗糙。我很害怕……"

 這樣跟我告白。

 在被醫院告知"可以拆除生命維持裝置"的那天,收到了這樣的郵件。

"維持現狀是對孩子的善良嗎?消極治療後,我應該看著他漸漸虛弱的樣子嗎?這裏不是日本,我是否應該同意正因爲這裡是臺灣才被提議的停止生命維持措施的選擇……,我不知道哪個才是正確答案。"

■ 由遠程連接與家人或朋友的最後一刻

 受新冠病毒的影響,陪病時間和里美的活動都受到限制。但是,4月1日俊德先生的心率下降,陷入危險狀態後的最後幾天,醫院不再限制陪病時間,所以才有時間與家人和朋友遠程聯繫。

 里美也這樣說。

"高中時代的朋友和老師每天用遠程視頻跟躺在病房裏的俊德講話。跟他一起準備考大學的朋友們,還有大大地提高了俊德的中文能力的中國的轉校生。在去世的前一天,我也用電話聯繫了到了我親戚、家教、少年棒球時期的教練和棒球隊友。"

 最後跟我搭话的是他小學時的青梅竹馬

"我和他說話的時候俊德的眼睛裏充滿了淚水。我們談到 '誒,俊德哭了嗎?',擦着眼淚,拍下了最後的通話照片,'俊德,再見',像往常一樣微笑着揮手,掛了電話。一定還有想見的人吧……"

 可是,2月21日發生的事故後的第45天,還是迎來了這一天。

 進入臺灣大學法學院只有7個月後,18歲的年輕的林俊德同學去世了。

"死後俊德爲了提供眼角膜接受了器官移植手術。因爲我覺得如果是俊德的話,他一定會很樂意提供這些。希望被捐贈俊德角膜的人能多多欣賞美景,體驗很多美好的事情……希望能幫助他們做到這些。"

■留學生需要知道的在國外遇到交通事故的風險

 3月15日發佈的上述雅虎報道引起了強烈的反響,在Facebook上的分享次數達到了近8000等,在SNS上廣泛擴散。

 另外,臺灣的報紙也刊登了這篇報道,當地的電視臺和報社也採訪了里美。因此,從國內外收到了各種各樣的信息。

 我想借此機會向給我和里美小姐發短信的人們表示感謝。

 現在俊德同學被安放在臺灣殯儀館的冰箱裏。雖然也有意見稱"等火化之後再回國",但是里美斷然拒絕,決定對屍體實施防腐處理,並帶回父親和弟弟等待的日本。

 但是,疫情肆虐的現在,問題還是堆積如山。就算里美和臺灣檢察機關的對話結束後回國,還要在日本進行兩周的隔離,所以通宵或葬禮應該是在黃金週結束後進行。

 里美說。

"事故的正式處理才剛剛開始。現在只是希望警方和檢察機關能夠看清該事故的真相,並做出正確的司法判斷。但作爲父母,雖然送走自己的兒子到異國他鄉體驗各種事情,但在這種形式下突然失去的悲傷令人難以接受。我雖然相信送他出國的事情沒有錯,但還是很後悔,無法保持內心的穩定。希望日本學生也能在越來越多的學生出國的情況下,關注交通事故,並給學生們敲響警鐘。"

<給比父母更聰明的朋友們>

 那次事故導致俊德攜帶的相機損壞,照片全部丟失。現在也不清楚俊德爲什麼,以什麼目的去了那個地方。俊德在臺灣對什麼感興趣,騎摩托車去了哪裏?如果知道2他的月21日的行動的話請告訴我。

 另外,如果有最近跟他交流的朋友的話,俊德說了什麼,什麼都行,請告訴我。如果有中學時期的日本朋友、學長,學弟妹、或最近跟俊德有聯繫過的人,請一定要聯繫我。拜託你們了。

我正在尋找信息/如果有人知道林俊德在台灣的日常生活,興趣愛好與他的個性或者任何關於他的瑣碎的信息都可以。如果有人可以把他在SNS上留下的足跡,訊息,照片等分享給家屬,我會很感激。

● 事故發生時間  

2021年2月21日(臺灣中華民國110年2月21日)  下午兩點半左右  

●事發地點  

新北市新店區北宜路三段210街

●信息提供 

BYZ07014@nifty.com (林俊德的母親/林里美的電子郵箱地址)

ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「開成をつくった男、佐野鼎」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。剣道二段。趣味は料理、バイク、ガーデニング、古道具集め。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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