時速146キロ/4人死亡事故の判決に寄せる 『超悪質事故』で息子を失った母の怒りと闘いの軌跡

危険運転とは何を指すのか…。裁判官や検察官によって異なる判断に遺族は苦しんでいる(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 6月16日、津地裁で下された死傷事故の判決。一般国道を時速146キロの猛スピードで走り抜ける白い乗用車の映像を見ながら、憤りや無力感を感じた方も多かったのではないでしょうか。

『津の4人死亡事故、危険運転致死傷罪適用せず 懲役7年』(朝日新聞/2020.6.16)

 事故現場の法定速度は時速60キロ。にもかかわらず被告は80キロ以上のスピード超過を犯して、路外からUターンしようとしていたタクシーに衝突。車は大破し、4人が死亡、1人が重傷を負いました。

 ところが、6月16日の判決公判で柴田誠裁判長は、146キロという速度について「制御困難な高速度」と表現したものの、「事故の危険性の認識があったとまでは言えない」として危険運転致死傷罪の適用を見送り、上記記事の通り求刑を大幅に下回る懲役7年の判決を言い渡したのです。

 被告側は執行猶予を求めて即日控訴。検察側も遺族の強い訴えを受け「実態からかけ離れた、常識に欠ける不適切な判断である」として26 日に控訴しました。

 この事故が「危険運転致死傷罪」に当たるかどうかは、今後、高裁の判断に委ねられることになったのです。

 

『「息子たちの死無駄に…」146キロで車走らせ衝突し5人死傷 検察側も「不適切な判断」と控訴』(東海テレビ/2020.6.26)

■「危険運転」の解釈をめぐり、揺らぐ検察、裁判官の判断

 悪質な運転によって家族の命を奪われた遺族らの声の高まりを受け、「危険運転致死傷罪」が新設されたのは、今から19年前、2001年12月のことです。

 以来、この「罪」のとらえ方をめぐっては、個々の検察官、裁判官によって大きなばらつきを見せ、被害者、遺族を長年苦しめてきました。

 今回の判決が報道された後も、私のもとには同様の経験をされた多くのご遺族から、怒りや疑問の声が寄せられています。

 その一人、東京の岩崎悦子さん(69)からは、こんな意見が届きました。

「一般道で時速146キロ、これが危険運転に当たらないなら、いったいどのような運転が『危険運転』になるというのでしょう。ルールを無視してハンドルを握ることはそれ自体が『故意』です。裁判官には一般常識に照らした、正しい判断を下してもらいたいと思います」

 実は、岩崎さん自身も「危険運転致死傷罪」の解釈に翻弄された遺族の一人です。

 2002年1月、当時19歳だった三男の元紀さんは、きわめて悪質な事故で命を奪われました。

 しかし、検察は当初、この事故を「業務上過失致死傷罪」(当時)で起訴しました。

 岩崎さんの家族はその判断にどうしても納得できず、「危険運転致死傷罪」での起訴と適正な裁判を求めて懸命に訴え続けたのです。

悪質運転によって19歳で命を奪われた岩崎さんの三男・元紀さん(岩崎さん提供)
悪質運転によって19歳で命を奪われた岩崎さんの三男・元紀さん(岩崎さん提供)

■泥酔運転でひき逃げ、信号無視、重ね飲み…。加害者の逃走中に起こった悲惨な事故

 では、岩崎元紀さんが一方的に巻き込まれたこの事故が、いかに悪質なものだったか、検察の冒頭陳述をもとに、加害者・A(当時37)の事故当日の足取りを追ってみます。

<19:45>

Aは夕食後、同僚Bと酒を飲むために多摩市内へ車で出かけ、2軒のパブをはしごし、水割り数杯を飲む。

<23:00>

パブを出てコインパーキングまで歩くが、泥酔のためにふらついて転倒。Bが2度にわたり「俺が運転する」と申し出たが、「大丈夫だ」と答えて運転席へ。しかし、キーを鍵穴に入れられず、パーキングの精算機に紙幣を挿入することもできなかった。

<23:10>

一時停止の標識を無視して車道に出た直後、信号待ちのバイクに追突(第1事故)。飲酒が発覚すれば免許取り消しになると考え、「止まれ!」というBの制止も聞き入れず、信号無視をし、急加速で現場から逃走。

<23:13>

時速約80キロで逃走中、前方の原付バイクに追突(第2事故)。バイクに乗っていた岩崎元紀さんが自車のフロントガラスに当たって落下したのを見たにもかかわらず、身体を引きずったまま約90メートル走行。

<23:21>

元紀さんの身体を車から振り落とした後、600メートル先のトンネル内まで逃走して一旦停止。近くのコンビニでカップ酒を購入し、飲酒運転の発覚がばれるのを防ぐため直ちに酒を飲み、空瓶を車の中に置いてその場を立ち去った。

<23:30>

近くのガソリンスタンドに身を隠していたところ、警察官に見つかって緊急逮捕。呼気検査では、1リットルあたり0.75ミリグラムの基準値をはるかに超えるアルコールが検出された。

 この事故で頭蓋骨骨折、腹部大動脈挫傷などの重傷を負った元紀さんは、すぐに病院へ搬送されましたが、約3時間後に死亡が確認されました。

 

元紀さんが泥酔運転の車に90メートル引きずられ死亡した多摩市の現場(筆者撮影)
元紀さんが泥酔運転の車に90メートル引きずられ死亡した多摩市の現場(筆者撮影)

■無罪を恐れ、「危険運転致死傷罪」での起訴を見送った検察

 刑法の一部が改正され「危険運転致死傷罪」が施行されたのは、この事故が発生する半月前でした。

 それまでは、どんなに悪質な事故でも、「業務上過失致死傷罪」(最高懲役5年)が適用されていたのですが、飲酒や信号無視、制御できないスピード超過などの悪質運転を「過失」という枠からはずし、死亡事故の場合は、最高15年の有期懲役にまで引き上げられたのです。

 

 ところが、東京地検八王子支部は、この悪質な事故の加害者を「過失」ととらえ、新設された「危険運転致死傷罪」については不問に付したのです。

 岩崎さんはそのときの驚きを振り返ります。

「事態がのみ込めず、すぐに担当検事に直接事情を聞きに行きました。すると検事は、『事故の直接の原因は、あくまでも前方不注意。飲酒運転については、被告が事故後に酒を重ね飲みしているため、事故時のアルコール濃度の立証が難しく、仮に危険運転致死傷罪で起訴しても無罪になる可能性があるので断念しました』と説明したのです」

加害者の悪質な「重ね飲み」を報じる新聞記事(『読売新聞』2002年6月11日/岩崎さん提供)
加害者の悪質な「重ね飲み」を報じる新聞記事(『読売新聞』2002年6月11日/岩崎さん提供)

 

 ちなみに、「危険運転致死傷罪」は当時、次のような運転行為を故意に行い、それによって人を死傷させた運転者に適用されると明記されていました。

(1)アルコールまたは薬物の影響により、正常な運転が困難な状態で、自動車を走行させる行為

(2)進行を制御することが困難な高速度で、または進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為

(3)人または車の進行を妨害する目的で、通行中の人または車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で、自動車を運転する行為

(4)赤色信号またはこれに相当する信号(警察官の手信号など)を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為

 そもそも、「ふらついて転倒するほど泥酔し、エンジンキーすら差し込むことができない……」このような状態は、(1)の「アルコールまたは薬物の影響により、正常な運転が困難な状態」にはあたらないのでしょうか。

■法務大臣に現状の理不尽さを直訴した遺族

『このような甘い判断を許せば、重ね飲みやひき逃げをする悪質な運転者がますます増えてしまう……。私たちは、亡くなった元紀のためにも正しい判例を残さなければならない』

 そう決心した岩崎さんら家族は、まず、訴因を「危険運転致死傷罪」に変更するよう検察庁に上申書を提出。

 そして、5月14日には当時の法務大臣である森山真弓氏と直接面談し、「危険運転致死傷罪」の起訴基準が明確でない現実を訴えて、上申書を手渡しました。

 また、同罪での適用を求める署名運動も展開し、短期間で7万5000筆を集めたのです。

 その成果は間もなく現れました。

 5月22日、検察は道路交通法違反(酒気帯び運転)で被告を追起訴。

 さらに6月6日には「訴因追加」というかたちで、罪名に「危険運転致死傷罪」を加えたのです。

異例の訴因追加を報じる新聞記事(『毎日新聞』2002年7月17日/遺族提供)
異例の訴因追加を報じる新聞記事(『毎日新聞』2002年7月17日/遺族提供)

■『殺人に匹敵すると言っても過言ではない』そう断じた東京高裁判決

 その結果、2003年3月、被告に対して懲役8年の実刑が確定しました。

 被告の控訴を棄却した東京高裁の原田国男裁判長は、判決文の中で、『他の事例と比較しても、際立って犯行が悪質。殺人に匹敵すると言っても過言ではない』と厳しく指摘したのです。

 もし、岩崎さんがあのとき、法務大臣に直訴しなければ、刑事裁判は「業務上過失致死」という罪名のまま終わっていた可能性が大だったでしょう。

 

 私自身もこれまで「事故」とは呼びたくないような悪質事故を多数取材し、「危険運転」に対する司法の判断のばらつきを目の当たりにしてきました。

 岩崎さんのように「過失」で起訴されながらも、刑事裁判の途中から「危険運転致死傷罪」が訴因に追加されたケース、逆に、「危険運転致死傷罪」で起訴されながら途中で「過失」に訴因変更されたケース、また、津市の事故のように、判決で「過失」と判断されたりするケースもありました。

 ただ、ひとつ言えるのは、検察官や裁判官が下した判断は絶対ではないということです。

 もし、その内容に承服できない場合は、上申書を作成して具体的に上部に訴えるなど何らかのアクションを起こすべきです。

 また、『「ひき逃げ死亡事件」が、なぜ不起訴に…。 妻を失った夫が法廷で加害者に放った一言』でレポートした事件のように、刑事裁判だけに固執せず、民事裁判で事実関係を立証する方法もあるでしょう。

 元紀さんが亡くなってから、間もなく20年が経とうとしています。

 すでに加害者は刑期を終えて出所。日常を取り戻しているはずです。

 しかし、岩崎さんは、どれだけ時間が経とうとも、事故のことを忘れる日はなく、苦しみが癒えることはないと言います。

 今回、津市の事故の判決を知り、こうして私に思いを語ってくださることも、その思いの現れだといえるでしょう。

 岩崎さんはこう呼びかけます。

「名前だけの厳罰化なら意味がありません。私たちは息子の死を無駄にしないために、法律の正しい運用を求めて訴え続けてきました。きっと、悪質運転の被害に遭い、同じ苦しみを抱えている方が大勢いらっしゃると思います。どうかあきらめずに声を上げていただきたいと思います」