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飲酒・ひき逃げで逮捕の吉澤容疑者、基準値4倍のアルコールの怖さ

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
自動車運転処罰法違反、道交法違反などの容疑で逮捕された吉澤ひとみ容疑者(写真:アフロ)

 元「モーニング娘。」のメンバーで、タレントの吉澤ひとみ容疑者(33)が、酒気帯び運転でひき逃げ事件を起こし、自動車運転処罰法違反(過失傷害)、道交法違反(ひき逃げ、酒気帯び運転)などの容疑で逮捕されました。

 このニュースに衝撃を受けた人も多いことでしょう。

 テレビ朝日のニュース(9月7日)では、事件の状況がこう報じられていました。

<吉澤容疑者は6日午前7時ごろ、東京・中野区の交差点で酒を飲んだ状態で車を運転し、自転車に乗っていた20代の女性をはねてそのまま逃げた疑いで7日朝に送検されました。捜査関係者によりますと、吉澤容疑者は現場を離れた15分後に自ら110番通報した際、「駐車している車が多くて停車できなかったので、今、電話しました」と話していました。しかし、現場周辺には車を止めることができる場所があり、当時、混雑もしていなかったということです。警視庁は、吉澤容疑者が事件の発覚を恐れて現場を立ち去った可能性もあるとみて捜査しています。>

 たとえ15分であっても、人をはねていながら、すぐに被害者を救護しなかったことは「ひき逃げ」にあたり、もはや弁解の余地はないでしょう。クルマで"立ち去る”ことができたということは、言い換えれば、そこですぐに"止まれる"ということです。

 これまでに取材してきた『飲酒ひき逃げ事件』の加害者の多くが、逃げた理由について、

「酒を飲んでいたことがバレるのが怖かった」

「気が動転してしまった」

 と供述しています。逃げるという行為は、ケガをした被害者を見殺しにする、非常に卑劣で悪質な行為です。

■基準値の4倍のアルコール検出

 また、日テレNEWS(9月7日21時49分配信)によれば、次のように報じられていました。

<捜査関係者への取材で、吉澤容疑者の呼気からは、酒気帯び運転の基準値の約4倍となる1リットルあたり0.58ミリグラムのアルコールが検出されていたことが新たに分かった。>

<関係者によると吉澤容疑者は6日午前1時ごろまで自宅で家族と缶ビールや焼酎を飲んでいたということだが、約6時間後に呼気から検出されたアルコールが基準値を大幅に上回っていることから、警視庁は飲酒の実態について慎重に調べている。>

 朝の時間帯に、一児の母である元アイドルが酒気帯び運転をしていたことに驚きの声が上がっているようですが、それ以前に、彼女の呼気から検出されたアルコールの量に目を疑いました。

「1リットルあたり0.58ミリグラム」という数字が事実なら、これこそ驚くべきことです。

 一般に、呼気中のアルコールが0.50ミリグラムを超えると、普通ならふらふらになり、足元もおぼつかなくなるものです。

 1999年、東名高速で2人の幼い我が子の命を飲酒トラックによる追突炎上事故で失った母親の井上郁美さんは、7日夜、自身のフェイスブックにこう記していました。

『基準値の4倍(つまり呼吸1リットルあたり0.15mgの4倍、0.60mg)のアルコールが検出されたということは、我が家が1999年に遭遇した東名高速での事故の加害者(0.63mg)とほぼ同じ。ベロンベロンに酔っ払っていて、およそ正常な運転ができるような状態ではなかったトラック運転手と同じぐらいの濃度が検出されたわけです』

 警察庁の調べでは、飲酒運転による死亡事故率は、飲酒なしの事故の8.4倍にのぼるそうです。飲酒がいかに正常な運転を妨げるかがよくわかります。

警察庁WEBサイトより抜粋
警察庁WEBサイトより抜粋

■アルコールが分解される時間

 警察が吉澤容疑者の供述に疑いを持ち、慎重に調べざるをえないのも、無理のないことかもしれません。

 アルコールが体内で分解される時間は、当然個人差がありますが、以下のような算出式があります。

(1) 体重(キログラム)× 0.1 =1時間に分解できる純アルコール量(グラム)

(2) 実際に飲んだ純アルコール量(グラム)÷(上記の計算で出た数値) = アルコールの分解に必要な時間

 今回の事件ではこの式に当てはめる具体的な数字がわからないので、『交通事故捜査の基礎と要点』という警察官や検察官向けの本の中に掲載されている「飲酒量などを基礎とした呼気中アルコール保有量の算定表」から、報道で出ている情報にもっとも近い数字を推定してみました。

 たとえば、体重55キロの人の呼気から「0.58ミリグラム」のアルコールが検出された場合、その人は1時間前に日本酒を3合(540cc)、焼酎なら300ccを飲んでいた計算になります。これは、ビールなら大ビン4本(2532cc)に当たる量です。

 体内に残るアルコール量は、その人の体重が重くなればなるほど早く下がっていきますが、いずれにせよ、6時間前に缶ビールや焼酎を飲むのを止めていたのなら、これだけ高い数字が検出されることはないと考えられます。

 ちなみに、お酒の種類とアルコール度数、そしてその量については、下記のイラストを参照してください。

『飲酒運転の根絶!』政府インターネットテレビより抜粋
『飲酒運転の根絶!』政府インターネットテレビより抜粋

 深夜まで深酒をしても、数時間眠ればOKだなんて思っていたら大間違いです。

 2時間休憩しても、酒気帯び運転とみなされる基準値(0.15ミリグラム)の4倍もの数値が出てしまうことを、この機会に肝に銘じておかなければなりません。

 車の運転をする方は前日の飲酒量に気を配り、くれぐれも無意識の飲酒運転をしないよう、気をつけてください。

■交通事故の遺族でありながら……

 今回の事件の報道を目にして複雑だったのは、「吉澤容疑者自身が交通事故の遺族であった」という事実です。

 2007年、彼女は当時16歳だった弟さんを失っています。自転車に乗車中、軽乗用車と衝突。事故の翌日に亡くなったそうです。

 交通事故の恐ろしさ、悲しみを誰よりも感じていたはずの彼女が、なぜ、お酒を飲んでハンドルを握り、その上、ひき逃げ行為を行ったのか……。

 本来なら、その体験を交通事故の撲滅のために生かし、声を上げてほしかったのに、残念でなりません。

 今後の警察の捜査で事件の詳細が明らかになっていくでしょう。しばらく注視していきたいと思います。

ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「開成をつくった男、佐野鼎」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。剣道二段。趣味は料理、バイク、ガーデニング、古道具集め。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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