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カネイト再興。伝説のスロー&ヘヴィ・バンドが14年ぶりに発表する闇の聖典

山崎智之音楽ライター
Khanate / photo by Ebru Yildiz

21世紀初頭のヘヴィ・ロックに深い傷跡を刻み込んだ伝説のバンド、カネイトのニュー・アルバム『トゥ・ビー・クルーエル』は、荘厳なまでにスローでヘヴィな聖典だ。

スティーヴン・オマリー(ギター/バーニング・ウィッチ、サンO)))他)、ジェイムズ・プロトキン(ベース/OLD、アトムスマッシャー、ファントムスマッシャー他)、アラン・ドゥービン(ヴォーカル/OLD)、ティム・ウィスキーダ(ドラムス/ブラインド・イディオット・ゴッド)という布陣で2000年に始動。『カネイト』(2001)『シングス・ヴァイラル』(2003)『キャプチャー&リリース』(2006)『クリーン・ハンズ・ゴー・ファウル』(2009)という4枚のフルレンス・アルバムは、その名を挙げるだけで慄(おのの)く者も多い、光の入り込む隙のない闇のクラシックスである。それから14年を隔てて、遂に届けられた『トゥ・ビー・クルーエル』。このアルバムを聴くことは、神なき宗教の典礼に等しいセレモニーだ。

カネイトkhanateはモンゴルの“汗国”を意味する。暗黒の王朝の再興をスティーヴンが語った。

Khanate『To Be Cruel』ジャケット(デイメア・レコーディングス/2023年7月5日発売)
Khanate『To Be Cruel』ジャケット(デイメア・レコーディングス/2023年7月5日発売)

<“再結成”ではない。ただ長いあいだ活動してこなかっただけ>

●カネイト再結成の話は2017年ぐらいからあったそうですが、どのようにして実現したのですか?

“再結成”という表現は使わないようにしているんだ。バンドは一度も解散していないからね。ただ長いあいだ活動してこなかっただけだよ。みんな別のことをしてきて、再び接点を持ったということだ。発端となったのはティムと俺、そしてマーク・アーセリでやった“ドラッグ・シティ”のコンピレーション『Hexadic III』(2018)に提供した「Solastalgia」だった。ティムと一緒にやるのは久しぶりだったけど、彼とプレイすることの楽しさをすぐに思い出した。それ以前から友人のハイメ・ゴメス・アレラーノがイギリスの田舎で“オルゴン・スタジオ”をやっていて、誘ってくれていたんだ。何度も声をかけてくれたんで、行ってみることにした。何もない野原の真ん中にあって、集中することが出来た。元ラジオ局だった建物をスタジオにしていたんだ。ハイメはドラマーで、セプティック・タンクなどでプレイしていたから、いろんなドラムスのパーツがあったよ。ティムと2人でセッションを始めた頃は、どういう形になるか自分たちでも判らなかった。「さあ、カネイトみたいな音楽をやるぞ!」と話し合ったわけではなかった。でも徐々にカネイトと共通する要素のあるサウンドになってきたんだ。それでどちらともなく「ジェイムズとアランに聴かせてみようか?」ということになった。

●2人の反応はどんなものでしたか?

ジェイムズはすごく前向きだった。新しい音楽をやることに熱意を持っていたよ。アランはやや慎重だったかな。彼はノウ(Gnaw)でアルバムを出したりライヴもやってきたけど、カネイトほどの大きな規模ではなかったからね。アルバムの3曲の曲作りやアレンジには時間をかけて、全員が納得いくものにした。

●2006年9月にジェイムズが脱退したとき、あなたがサンO)))のツアーで忙しくカネイトに時間を割けないことが理由に挙げられていましたが、和解には時間がかかりましたか?

当時、カネイトの4人はそれぞれが異なった方向を向いていたんだ。音楽性もそうだし、異なった目標と優先順位、異なった人生を持っていた。難しいけど、仕方ないことだよ。でも音楽への情熱、そして人間としての接点が断ち切れたことは一度もなかったんだ。バンドをやっていると意見の食い違いは必ず起こるものだ。特にみんな若い頃にはね。サンO)))とケルティック・フロストの北米ツアーの件は、ひとつのきっかけに過ぎなかったんだ。それから顔を合わせることもあったし、コラボレーションをすることもあった。みんな別のことをしていたら年月が経ってしまったんだ。でも、それは後悔していない。全員がさまざまな経験を積んで、お互いをミュージシャンとして、そして人間として受け入れられるようになったからね。『トゥ・ビー・クルーエル』はそんな年月があったから作り得たアルバムだよ。この4人で音楽を作ることにエキサイト出来たアルバムだった。

●前回カネイトとして曲作りを行ったのは2005年2月、『キャプチャー&リリース』(2006)と『クリーン・ハンズ・ゴー・ファウル』(2009)として発表されたセッションでしたが、『トゥ・ビー・クルーエル』の作業とはどのように異なりましたか?

実は曲作りのプロセスはかなり似通った部分もあったんだ。最初の2枚では3人で曲を書いて、アレンジまで固めてからアランに送って、彼が歌詞を書いていた。『キャプチャー&リリース』と『トゥ・ビー・クルーエル』では俺とティムが曲のベーシックな部分を書いて、それをジェイムズに聴かせて、彼がアレンジを加えて送り返してくるという作業だった。2014年に俺が単独でスイスの修道院でオーケストラとレジデンシー・ライヴをやったとき書いたスコアの一部もアイディアとして使って、ティムと作業している。そんなやり取りを経て、アレンジがある程度固まったところでアランに渡した。元のアイディアを俺が書いても完成させるのは全員だから、全員が作曲クレジットされている。この4人でなければ作り得ない音楽だよ。全員がさまざまな活動を経て、他のミュージシャンと共演してきたことで音楽面はもちろん、 アート、ディレクション、プロダクションの経験が蓄積されたんだ。俺自身はチューニングの微妙なニュアンスやイントネーションの違いを修得したことで、表現力を増したと思うね。さまざまなミュージシャンとコラボレーションを行って、音楽的・人間的なコミュニケーションのスキルが向上したよ。4人が積んできた経験がアルバムに反映されている。

●これまでの作品ではジェイムズがミックスを手がけていましたが、今回ランドール・ダンを起用したのは何故ですか?

第三者の視点から客観的に見てもらいたかったんだ。ジェイムズは他のメンバーにも関わって欲しかったし、俺自身もミックス作業の一部になりたかった。それでランドールとバンド全員の共同ミックスという形を取ることにしたんだ。ランドールはサンO)))やアースなどの作品を手がけてきて、ファミリーの一員だけど、最初から彼に決めていたわけではなかった。他にも何人か候補がいて、その中から彼が最適任だと確信したんだ。

●ブルックリンの“ストレンジ・ウェザー・スタジオ”でミックスを行うために4人のメンバー全員が久々に集まったそうですが、特別なフィーリングはありましたか?

うん、それぞれ個人的には会っていたけど、4人が揃うのは久しぶりだったから、エモーショナルなものがこみ上げてきたね。その日はみんなで話し込んで、作業が進まなかったよ(笑)。

Khanate / photo by Ebru Yildiz
Khanate / photo by Ebru Yildiz

<俺自身は“残酷な音楽”をやっている意識はない>

●『トゥ・ビー・クルーエル』(=“残酷であること”)というアルバム・タイトルにはどんな意味があるのでしょうか?

カネイトの歌詞はすべてアランが書いていて、アルバム・タイトルはその中から我々が選んでいるんだ。民主的なプロセスなんだよ。カネイトの音楽がハーシュで残酷だからこのタイトルにしたと思う人もいるかも知れないけど、それほど単純でもないんだ。俺自身は必ずしも“残酷な音楽”をやっている意識はないからね。解釈の仕方は何種類かあるし、ひとつの正解があるわけではない。アルバムを聴いた人が自分なりの解釈をして欲しい。アランにとって歌詞を書くことはあらゆる可能性を探求する、自由に解き放たれる経験なんだ。それを掘り下げることは、興味深いエクスペリエンスであると信じている。

●『トゥ・ビー・クルーエル』は全61分・3曲という構成ですが、各曲について解説することは可能ですか?

ハハハ、それは君のような音楽ライターの仕事だと思うよ(笑)。自分では音楽について必要以上の説明はしたくないんだ。アルバム・タイトルと同様に、聴く人がそれぞれ感じてもらいたい。そうしてもらえることがアーティストとしての喜びだよ。

●カネイト再始動のきっかけとなったコンピレーション『Hexadic III』はシックス・オーガンズ・オブ・アドミッタンスで知られるベン・チャズニーの著書『The Hexadic System』(2015)を題材としたアルバムだそうですが、同書は『トゥ・ビー・クルーエル』にも影響をもたらしているでしょうか?

『The Hexadic System』では作曲法について書かれているけど、楽典的な理論よりもタロットみたいなカードのデッキを使ったり、従来のスタイルから脱却したメソッドが記されているんだ。『トゥ・ビー・クルーエル』ではカードを使ったりはしていないけど、曲作りの既成概念から解き放たれて、自由な発想に基づいて曲を書くことが出来たという面では影響があったよ。

●『トゥ・ビー・クルーエル』は海外ではゾラ・ジーザス、ザウ、ユニフォームからデヴィッド・リンチ、ジョン・カーペンターまでひと癖あるレーベルの“セイクレッド・ボーンズ・レコーズ”から発売となり(日本では“デイメア・レコーディングス”)、過去作品も同レーベルから配信されますが、彼らとはどのように交流が生まれたのですか?

レーベル・オーナーのケイラブ・ブラーテンは何年も前から知っていたし、何度か会って、何かやろうと話していた。でもずっと具体化してこなかったんだ。今回実現したのは、ランドールとジム・ジャームッシュの勧めがあった。彼らがケイラブとの作業がポジティヴなものだと言って、「ぜひやるべきだよ!」と勧めてきたんだ。俺たち4人に共通していたのは、これまで一緒にやってきたレーベルと異なる、新鮮な関係を求めていたことだ。俺たちの音楽を新しいオーディエンスに届けたかった。ケイラブには「聴いて欲しいアルバムがあるんだ」ってスタジオに呼んで、大音量で聴かせてみた。カネイトの新作と言わずにね。彼は一瞬で恋に落ちたよ。それで新作を出すのに加えて、過去作のデジタル版もリイシューしてくれることになったんだ。

●2000年にカネイトを結成したとき、どんな音楽をやろうとしましたか?それは『トゥ・ビー・クルーエル』でも受け継がれているでしょうか?

大幅に変化したと思うね。カネイトを始めたのは23歳ぐらい、ブルックリンのアパートに住んでいた頃だった。バーニング・ウィッチをやった後で、スワンズや不失者から影響を受けたヘヴィなギター・リフを書いていた。そうしてカネイトを組むことになって、4人が顔を合わせてすぐにアルバム制作に向けたリハーサルを始めたんだ。「こんな音楽をやろう」とか話しあうことはなかった。リハーサルを続けるうちに、AC/DCやロウからの影響も感じられるようになった。レーナード・スキナードやブラック・オーク・アーカンソーとか...音楽的な影響はなくても、彼らのダイナミクスから触発を得たんだ。ジェイムズは俺たちの音を「ロウやコデインのヘヴィなヴァージョン」と表現していた。当時は理解出来なかったけど今なら出来るよ。

●“サザン・ロード・レコーディングス”系のヘヴィ・ロック・バンドから影響を受けたり、“同じシーンの一部”という連帯感はありましたか?

アイヘイトゴッドやグリーフ、ウォーホースなどのヘヴィなバンドは好きで、一緒にライヴをやることもあったけど、音楽的な影響は受けなかったな。やっていることは別物だ。カネイトは怒りや憎しみよりもパワーとエネルギーと緊張感を表現しているんだ。俺は怒りや憎しみから可能な限り距離を置こうとしてきたし、そんな姿勢は自分の音楽に反映されているよ。

●怒りや憎しみでなくとも、“親をムッとさせる”ことはエディ・コクランの「カモン・エヴリバディ」の頃からロックンロールの重要な要素でしたね。

うん、そういう意味ではカネイトはロックンロールだな(苦笑)。俺たちは結成当初からロック・バンドであることを意識してきたよ。『トゥ・ビー・クルーエル』でもその姿勢は変わっていない。少しばかりスローなロック・バンドだけどね。

●新時代におけるカネイトの活動について教えて下さい。

昔からのファンに加えて、新しいファン層も迎え入れていきたい。“セイクレッド・ボーンズ”からアルバムを出すことにしたのは、それも理由のひとつだった。初期の俺たちを知らない、若いリスナーにも届けていくつもりだ。ただもちろん、彼らに合わせて自分たちの音楽を曲げるつもりはない。俺たちに他のことは出来ない。彼らが気に入ってくれればラッキーだよ。大勢の人にカネイトの音楽を聴いてもらうには、ライヴをやることが重要だと考えているんだ。でも突然大規模のツアーをやるのではなく、少しずつ盛り上げていきたいんだ。以前カネイトがライヴをやるときは、200〜300人のお客さんが集まってきた。活動を休止しているあいだ噂が拡がって、今やるとしたらもっと大きな会場やフェスティバルでやれるだろう。ただ、プレッシャーに潰されたくないし、徐々に攻めていくよ。俺はもう何度も日本でプレイしてきたけど、まだカネイトとして日本でライヴをやったことがないんだ。2024年には、ぜひそれを実現させたい。

【最新アルバム】

カネイト

『トゥ・ビー・クルーエル』

デイメア・レコーディングス

2023年7月5日発売

【日本レーベル公式サイト】

デイメア・レコーディングス

http://www.daymarerecordings.com/

【Bandcampサイト】

https://khanate.bandcamp.com/

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音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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