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【インタビュー前編】新世代ギター女王サラ・ロングフィールド、アルバム『ディスパリティ』で日本初見参

山崎智之音楽ライター
Sarah Longfield /courtesy P-Vine Records

サラ・ロングフィールドは2019年のギター・ミュージックを牽引していく新世代ギター・クイーンだ。1992年、米国ウィスコンシン州マディソンに生まれた彼女は変幻自在の音楽性と高度なテクニック、そしてストリーミングやyoutube(2019年3月現在で20万人を超えるフォロワーがいる)を駆使した発表スタイルなど、旧態依然としたシステムに一石を投じる活動を行ってきた。

そんなサラが日本初登場を果たす作品が2019年3月に発表される『ディスパリティ』だ。ポスト・ロックからアンビエント、エクストリーム・メタルまでを呑み込んだスタイルと縦横無尽のタッピングで魅了するこのアルバムを引っ提げて、彼女はギターの新時代への扉を開け放つことになる。

全2回のインタビューで、サラの音楽観について訊いた。まずは前編。

<『ディスパリティ』は世界各地での経験を描いたアルバム>

●あなたは『ディスパリティ』について“過去1年で行った場所や経てきた経験を描いた作品。そのせいで多彩なものになった”と表現していますが、具体的にアルバムの曲はいつ、どのような経験から生まれたのですか?

アルバムの曲を書いたのは2018年の夏だった。約1ヶ月ヨーロッパをツアーして、数日ごとに別の国にいたのよ。それからテキサスでショーをやって、すぐイギリスに行って、またアメリカをツアーして、それからボストンに引っ越して、カナダとドイツをツアーして...世界のあちこちで少しずつ曲を書いて、2018年の夏にまとめ上げたのが『ディスパリティ』だった。

●『ディスパリティ』や前作『Collapse // Expand』(2017)は “フルレンス・アルバム”と呼ぶことが出来る長さですが、それらの作品ではアルバムとしてのトータル性を意識していますか?それとも楽曲のコレクションと見做すべきでしょうか?

『Disparity』ジャケット (P-VINE RECORDS / 2019年3月6日発売)
『Disparity』ジャケット (P-VINE RECORDS / 2019年3月6日発売)

『ディスパリティ』は30分だから、アルバムとEPの中間ね。レコード会社の『シーズン・オブ・ミスト』はフルレンス・アルバムを求めてきたけど、自分ではひとつのまとまりのある作品を作れるか、不安な部分もあった。私は注意力が散漫だし、あまり長い作品よりも、1曲単位あるいはEPの方が向いていると思う。これまで発表してきたシリアスなアルバムというと、『Myriad』(2012)、『Woven In Light』(2015)、『Collapse // Expand』(2017)、そして新作の『ディスパリティ』(2018)ね。どれも起承転結は意識しているけど、コンセプト作品ではないわ。

●日本のギター・キッズはタッピング全開の「カタクリズム」に恋に落ちると思います。この曲について“アニマルズ・アズ・リーダーズのライヴを見に行った翌日に書いた”と発表していますが、どんなところからインスピレーションを受けましたか?

そう、最近ボストンに住むようになって、ロードアイランド州プロヴィデンスにアニマルズ・アズ・リーダーズのライヴを見に行ったのよ。トーシン・アバシは大好きなギタリストだし、彼のスタイルを意識して曲を書いてみた。ライヴに行くときは、あまり影響を受けすぎないように気を付けているのよ。無意識にパクリになってしまうリスクがあるからね(笑)。

●最近、影響を受けたアーティストは?

ザ・フラッシュバルブ、それからボノボから影響を受けたと思う。エレクトロニック・ミュージックはいつも聴いているし、それにアコースティックの要素を加えるアーティストも好きなのよ。

●「ザ・フォール」にもアニマルズ・アズ・リーダーズ的な要素があるでしょうか?

うーん、ヘヴィな曲という共通点はあるけど、影響はないわね。去年の冬はSF映画をよく見ていたし、ダークでシネマチックな世界を描きたかった。家に引きこもって、とにかくNetflixでいろんな映画を見ていたわ。

●「ザ・フォール」にはオリエンタルなフレーズがありますが、どんなところから触発されたのでしょうか?

それは以前にも訊かれたことがあるけど、自分でも判らないのよね。しばらく前、いろんな変わったスケールの練習をしていたとき、オリエンタルなスケールで弾いたことがあったから、それが頭にあったのかも知れない。ハーモナイザーをかけた音がピッタリで、そのまま使ってみたわ。

<常に新曲を書いている>

●『ディスパリティ』ではすべての楽器を自分でプレイしていますか?

ギターとベースは自分で弾いている。シンセやドラムスも、私がプログラムした。本当は生ドラムスを叩きたいけど、アパート住まいだから無理なのよ(苦笑)。

●「サン」「マイロ」で聴かれるケニーGばりの煽情的なサックスは、本物のサックスでしょうか?

いや、エンバートーン(Embertone)のSensual Saxというプラグインよ。ヴィブラートやリヴァーブを自由に調整してセクシーなサウンドを出すことが出来るプラグインで、あまりに大好きなんで、アルバムに絶対入れたかった。

●日本盤にはボーナス・トラック「リポーズ」が収録されていますが、この曲はアルバムと同時にレコーディングしたのでしょうか?

日本盤用のボーナス・トラックが欲しいと言われて、大量にあるアイディアのストックから選んでレコーディングしたのが「リポーズ」だった。だからアルバム本編よりは新しい音源ね。メロウでレイドバックした曲だけど、アルバムと全体のムードが共通していると思った。

●2018年11月に海外で『ディスパリティ』を発表したのとほぼ同時期にシングル「Conquer Inertia」を発表しましたが、アルバムに収録しなかったのは何故ですか?

アルバムとは別の時期に書いた曲だからよ。私は曲を書いてはiTunesやyoutubeで次々と発表している。常に曲を書いているし、発表しないと自分でも忘れてしまうから、次のアルバムまで取っておくことはしないのよ。ただ、アルバムに入らなかった曲でもクオリティは劣っていないと信じているわ。

●「Conquer Inertia」にはペイガニズム的なムードがありますが、それはどんなところからインスピレーションを得たのですか?

故郷ウィスコンシンに帰省したときに書いたのよ。とても奇妙な雰囲気のある、隔離された土地柄で、自然がたくさんあって...それがサウンドに反映されたのだと思う。

●マイケル・リージーの『Wisconsin Death Trip』という本がありますね。ウィスコンシンの某地方小都市で犯罪や病気、発狂などが多いという内容で...。

そう、州全体がそんな感じなのよ。連続殺人鬼がいたりしてね(注:ジェフリー・ダーマーやエド・ゲインなど)。まあ、1年中ダークだから、クリエイティヴな刺激にはなるわ。

●『ディスパリティ』でのあなたのウィスパー・ヴォイスに近い歌い方がケイト・ブッシュなどを連想させますが、ヴォーカル面ではどんなシンガーから影響を受けてきましたか?

確かにケイト・ブッシュから影響を受けたわね。彼女のヴォーカルは誰とも似ていなくて、独自のアイデンティティを持っているから、彼女を引き合いに出されるのは光栄だわ。あと影響を受けたとすれば、マイ・ブライテスト・ダイアモンドのシャラ・ノヴァかな。彼女は素晴らしいわ。

●『ディスパリティ』のジャケット・アートにはどんな意味が込められているのですか?

極彩色のカラフルなアートが好きなのよ。ギターも派手なカラーにしているし、アルバムのジャケットもカラフルにしたかった。それで顔面ペインティングをジャケットにしたのよ。どんな音楽か、アートワークだけでは判らないようにしたかった。速弾きギター・アルバムみたいなジャケットにはしたくなかったわ。私がギターを構えて弾く真似をしているようなのは勘弁して欲しかった(苦笑)。

Sarah Longfield / courtesy of P-Vine Records
Sarah Longfield / courtesy of P-Vine Records

<メタルでギターを弾く歓びを知った>

●アルバムを発表する『シーズン・オブ・ミスト』はメタル系レーベルとして知られていますが、あなたとメタルの関わりについて教えて下さい。

メタルは私とギターを結びつけてくれた重要な存在だった。ギターを始めた頃、迷いがあったのよ。「この楽器は本当に私に向いているのか?」ってね。でもメタルを聴くようになって、ギターを弾くことの歓びを知った。すごく速くて、怒りに満ちていて、ヘヴィだからね。メタルの様式をそのまま踏襲したいとは思わないし、自分独自の表現をしたいけど、自分の音楽性には常にメタルの要素があると思う。

●2019年1月に“ウィスコンシン・メタル・フェス”でヘッドライナーを務めたそうですが、地元のメタル・シーンはどのようなものですか?マディソン出身のボングジラというバンドは知っていますが...。

もちろん彼らの存在は知っているわ。ライヴを見たことはないけどね。私が好きなのはジ・アンネセサリー・ガンポイント・レクチャーというテクニカル・グラインドコアね。マディソンは大学がある都市だから、メインストリームでないバンドもよく訪れてライヴをやっているわ。

●『シーズン・オブ・ミスト』といえばメイへム、ミザリー・インデックス、ソルスターフィア、アバスなどの作品をリリースしていますが、レーベルとのコミュニケーションは良好ですか?

とても良好よ。確かに他の契約アーティストとは毛色がちょっと異なるかも知れないけど、スタッフは熱意を持っているし、私の音楽に敬意を持ってくれる。過去に他のレーベルとも話したけど、私を特定のジャンルの枠に押し込めようとしてきた。だから正直、特定のレーベルと契約せず、ウェブで音楽を発表すればいいと考えていたわ。でも『シーズン・オブ・ミスト』は私のアイデンティティを尊重してくれて、そのままの私でいて欲しいと言ってきた。それが彼らと契約する決め手となったのよ。

● ロブ・スカロンとyoutubeでスレイヤーやカンニバル・コープスの曲をウクレレ・カヴァーするという企画をやっていますが、そのことについて教えて下さい。

ロブとは何年か前からの友達なのよ。彼はシカゴに住んでいて、やはりyoutubeで音楽を発表している。あまり遠くないところに住んでいるから、彼のビデオにチョイ役で出たこともあったわ。2年ぐらい前、「俺のビデオでスクリームして欲しいんだけど?」と頼まれて承諾したら、「スレイヤーの曲なんてどう?」って(笑)。少し心の準備が必要だったけど、やってみたわ。そうしたら予想したのをはるかに上回る反響があった。それから数ヶ月して、第2弾のカンニバル・コープスをやってみたわ。そのせいで私のライヴでも「スレイヤーをやれ!」とか叫ぶお客さんが来るようになったけど、私のライヴは自分の音楽をやる場だし、スレイヤーの曲は期待しないで欲しいわね!

●ぜひ日本でもライヴをやって下さい!

日本にはまだ一度も行ったことがないけど、台湾でクリニックをやったことがあるし、日本在住のマーティ・フリードマンと一緒にツアーしたから、すごく親しみを感じているわ。もちろんライヴをやりたいけど、私がエンドースしているストランドバーグのギターのプロモーションかクリニックで行けたら良いと考えている。ストランドバーグは日本で売られているBodenモデルのペイントの方がクールなのよね。アメリカでは日本市場向けのBodenを探している人も多いのよ。

後編ではサラの特異な活動スタイル、そして彼女のギター人生の原点について掘り下げてみよう。

『ディスパリティ』

P-VINE RECORDS PCD-18861

2019年3月6日発売

日本レーベルサイト

http://p-vine.jp/news/20190125-191320

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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