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【インタビュー後編】リック・ウェイクマン:イエス再結成の可能性「あった」

山崎智之音楽ライター
Rick Wakeman(写真:Shutterstock/アフロ)

ピアノ・アルバム『ピアノ・オデッセイ』を発表したリック・ウェイクマンへのインタビュー後編。前編に続いてアルバムの音楽性を掘り下げるのに加えて、映画音楽へのこだわり、そしてイエス黄金時代のラインアップ復活の可能性について訊いた。

<もっとホラー映画の音楽をやりたい>

●『ピアノ・オデッセイ』に収録したフランツ・リストの「愛の夢」は映画『リストマニア』(1976)でやった曲の再レコーディングですね。監督のケン・ラッセルとは『リストマニア』『クライム・オブ・パッション』(1984)で音楽を担当しましたが、彼との関係はどのようなものでしたか?

ケンは強力な個性を持った人物だったよ。多くの人が彼を恐れてすらいた。癇癪を起こして、怒鳴り散らしたりしていたからね。でも、彼の言うことに耳を傾け、彼の求めるものを提供さえすれば、何の問題もないんだ。私は彼とうまく付き合っていたよ。『クライム・オブ・パッション』でこんなことがあったんだ。映画をアメリカで撮影して、彼はイギリスまで来て、私と音楽について打ち合わせすることになった。彼は「ドヴォルザークの『新世界より』をモチーフにして欲しい」と言っていた。そして、それぞれの登場人物を表現する音楽を書いて欲しいってね。彼はキャスリーン・ターナーが演じるチャイナ・ブルーを表現するテーマに、有名な「家路」を使いたいと言ってきた。でも私は「それは止めた方がいい」と助言したんだ。

●...それは何故ですか?

ケンにこう言ったんだ。「君はアメリカ在住だから知らないだろうけど、イギリスではホヴィス社の食パンのTVCMで『家路』が一日中流れているんだ」ってね。ケンは私の言ったことを信じなくて、「だったら道を行く人にテープを聴かせて、街頭アンケートを取ってみる!」と言い出した。次の週、彼は肩を落としていたよ。「みんな“ああ、食パンの曲だね”って言うんだ。ドヴォルザークを知っていたのは1人しかいなかった」ってね。ドヴォルザークの音楽の特徴は、メロディを幾層にも重ねていることだった。だから『クライム・オブ・パッション』では主旋律でなく、アンダー・メロディを使ったりしている。面白い経験だった。

●ケン・ラッセルは映画音楽にどのようにアプローチしていましたか?

ケンは音楽をよく知っていた。彼自身、チェロを弾いていたしね。決して巧くはなかったけど(笑)。彼はオーケストラの楽器すべてを理解していたし、多くのミュージシャン以上に音楽というものを判っていたよ。ケンに関する伝記本が2冊出ていて、そのうち1冊で彼は私のことを「今まで一緒にやった中で最高のコンポーザー」と絶賛している。でも、もう1冊では「リックは最悪だった。二度と一緒にやらない」と話しているんだ。ケンが亡くなる直前にBBCのスタジオで出くわして、コーヒーを飲んだとき、2冊の本での評価の違いについて訊いてみた。「ああ、その日の気分だよ」と笑っていたよ。「チキンカレーを食べたくて仕方ないときもあるし、チキンカレーなんて見たくもないときもあるだろ?」って。ケンのことは大好きだったし、映画作家としてももっと高く評価されるべきだと思う。もちろん世界中にファンがいるけど、残念ながらイギリスの映画業界から正当な評価を得ているとは言い難いね。ケンの映画音楽に対するアプローチで面白かったのは、映画を撮影するとき、仮の音楽をつけることがよくあるけど、彼はそれをしなかったんだ。「映画は音楽がなくても良い出来でなければならない。それに音楽が加わることで、最高の作品となる」と言っていたよ。ケンと一緒にやることが出来たのは名誉に思っている。

『ピアノ・オデッセイ』ジャケット(ソニーミュージックエンタテインメント)現在発売中
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●映画音楽といえば、『バーニング』(1981)を手がけたのはどんないきさつがあったのですか?

『バーニング』は私が音楽を担当した初めてのホラー映画で、楽しい経験だった。監督のトニー・メイラムと『ホワイト・ロック』(1977)で一緒にやったことで、このプロジェクトに起用してくれたんだ。ホラー映画のサウンドトラックはジャーン!とか、こけおどしなものも多いけど、この音楽ではメロディを重視した。『バーニング』の音楽は今でも誇りにしている。近々、再発する予定なんだ。『バーニング』の音楽は当初、オーケストラやクワイアを使ったビッグなものになる予定だった。でもある日、プロデューサーに呼び出された。「予算が足りなくて...あなたとギタリスト、ドラマーのギャラなら払えます」と言われたのを覚えている。結果として、それで良かった。PROPHET 10というシンセを使って、独自のサウンドを出すことが出来たからね。

●ホラー映画でお気に入りのものは?

ホラー映画には最高のものもあるし、最低のものもある。『エクソシスト』は作品として素晴らしいし、音楽も良かった。『13日の金曜日』の第1作も好きだよ。ただ、続編は数作見たけど、あまり好きではなかった。『クリープショー』シリーズが良かったのは、短編を集めたオムニバスだったことだった。恐怖を伝えるには必ずしも2時間は必要なかったりする。もっとオムニバス形式のホラー映画を作って欲しいね。

●あなたは『クリープショー2』(1987)にはどのような形で関わっているのですか?

『クリープショー2』の音楽はレス・リードが書いたんだ。彼はトム・ジョーンズのヒット曲を幾つも書いたことで有名だ。「デライラ」とかね。彼は優れたソングライターだけど、劇伴音楽は得意ではないということで、私が呼ばれたんだ。映画の幾つかのシーンに合わせてピアノを弾いて、すぐ出来上がったよ。楽しい経験だったし、もっとホラー映画の音楽をやりたいけど、ちっとも依頼が来ないんだ(苦笑)。

Rick Wakeman / courtesy of Sony Music Labels Inc.
Rick Wakeman / courtesy of Sony Music Labels Inc.

<残り少ない人生で、他人を貶める時間はない>

●今後の予定を教えて下さい。

今年(2018年)のクリスマス前までイギリスで『ピアノ・オデッセイ』ツアーをやって、来年の初めにも数回ショーをやる。12月にはチェコとウクライナでオーケストラと共演ライヴをやるよ。来年はイエス・フィーチュアリング・アンダーソン・ラビン・ウェイクマン(以下イエス・フィーチュアリングARW)としてワールド・ツアーをしてもいいと思うし、自分の70周年レトロスペクティヴ・ツアーをやりたいとも考えているよ。

●2017年4月、“ロックンロール・ホール・オブ・フェイム”殿堂入り式典の2日後に“ARW”から“イエス・フィーチュアリングARW”と改名したのは?

ビジネス的な判断だよ。“イエス”と名乗った方がたくさんライヴのチケットが売れる、そういうことだ。でも私はこのバンドのことを今でも“ARW”と呼んでいるんだ。独自のアイデンティティを持ったバンドだからね。トレヴァー(・ラビン)も“ARW”と呼んでいる。“イエス・フィーチュアリングARW”と名乗ったことで、世界中のファンが混乱することになった。イエスが2つあるけど、誰がどっちのバンドにいるんだろう?...ってね。まあ実際のところ、名前なんてどうだっていいんだけどね。イエスを名乗るバンドが2つあったって構わない。大事なのは名前ではなくて音楽そのものなんだ。

●“ロックンロール・ホール・オブ・フェイム”でのあなたの受賞スピーチが下ネタ満載だったことに現イエスのジェフ・ダウンズとビリー・シャーウッドが「そんなことよりイエスの音楽やクリス・スクワイアの功績について話せよ」と苦言を呈していましたが...。

ああ、あの件ね(苦笑)。過去にビリー・シャーウッドとは仕事をしたことがあったけど、何の問題もなかった。残念ながら、アルコールが入っていると失礼な発言をしてしまう人間がいるんだ。彼らがそういう人間だった。ビリーのマネージメントからは謝罪があったよ。私のアメリカ人の弁護士は「彼らを訴えましょう。絶対に勝ちますよ」とそそのかしてきたけど、それは止めた。自分の残り少ない人生で、他人を貶める時間はない。そうしている人間は哀れだと思うけど、彼らに関わっている時間はないんだ。私は他にすることがたくさんあるんだよ。私が火に油を注がなければ、いずれ沈静化すると思う。

●殿堂入り式典で歴代のメンバーが揃うことになって、少なくないファンが約25年ぶりのイエス“再結晶”を期待したと思いますが...。

(1980年代末、イエスは通称“90125イエス”と“アンダーソン・ブルーフォード・ウェイクマン・ハウ”の2陣営に分かれていたが、合流してアルバム『結晶』(1991)とワールド・ツアーを行った)

正直に話すよ。“ロックンロール・ホール・オブ・フェイム”殿堂入り式典で歴代のメンバー達が顔を合わせたことで、イエスの再結成へと発展することは十分な可能性(distinct possibility)があった。でもビリー・シャーウッドとジェフ・ダウンズの発言がすべてを台無しにしてしまった。彼らがその可能性を完全に殺してしまったんだ。何故再結成が起こらないのか、イエスのファンが知りたかったら、それが理由だよ。2人の酔っ払いがイエスの再結成を潰したんだ。

●あなた自身、酔っ払ってはいなかったのですか?スピーチの内容はハメを外したものでしたよね?

(前立腺検査のジョークで:

- 医者「心配しないで。前立腺検査で勃起してしまうのは珍しくないことですよ」

- リック「えっ?私は勃起していないよ」

- 医者「いや、私がです」

などというもの)

いや、まったく酔っていなかった。これがイギリス人というものなんだよ。だいたい授賞式の挨拶というのはクソ退屈なんだ。「みんなに感謝します。母と父、ジョージ伯父さん、エリザベス伯母さん、牛乳配達さん、ギターの弦を変えてくれる人etc. etc....」そんな挨拶よりもジョークのひとつでも飛ばしたかった。ジョンとトレヴァー、私のマネージャーは私がイギリスのテレビでコメディ・トークをやっていることを知っているし、「やっちゃえやっちゃえ」という感じだった。実際、会場にいた人達の大半はウケていた。あのイベントの後、アメリカの幾つものテレビ局からコメディに出て欲しいというオファーが来たんだ。まあ、ジョークというものを判らない人間もいる。それは仕方ないことだよ。でもメディアに対して発言する前に、少しでも考えてみるべきだ。必要以上に話が大きくなってしまうことがあるからね。

●ただ、イエスというバンドは仲違いしても和解する傾向がありますね。近年ジョン・アンダーソンとスティーヴ・ハウが公に批判しあっていましたが、ジョンの新作アルバム『1000 Hands』にスティーヴが参加するそうですし... またメンバー達が友人に戻れる日が来ることを祈っています。

ジョンはきっと路上で会った人みんなに声をかけているんだよ(笑)。スティーヴも参加しているし、私も、トレヴァー・ラビンも参加している。まだ完成したアルバムは聴いていないけど、ジョンのことだから、きっと素晴らしい作品を創り上げたと信じているよ。聴けるのが楽しみだ。

●ソロでもバンドでも、ぜひまた日本に来て下さい!

どんな理由を作ってでも、必ず行くようにするよ。ここ数年ではソロ・ツアー(2014年)、ARW(2017年)で、日本でプレイすることが出来た。イエスで初めて日本を訪れたとき(1973年)から恋に落ちて、イエスを脱退してすぐにソロ・ツアーで日本に行ったんだ(1975年)。何だったらARWとソロ、両方で2019年に日本に行ったっていい。呼んでさえくれればね!私自身が楽しみにしているんだ。...老人になったら隠居して、何もすることがなくなると若い頃は思っていたけど、その逆だよ。やるべきこと、やりたいことが次から次へと出てくる。私はもう遺書を書いているけど、墓石にこう刻んでもらうことに決めているんだ。「リック・ウェイクマン、ここに眠る。“ちょっと待ってくれ、まだ終わってないぞ”」ってね(笑)。

リック・ウェイクマン『ピアノ・オデッセイ』

Rick Wakeman: Piano Odyssey

ソニーミュージックエンタテインメント

SICP-31182 現在発売中

日本レーベル公式サイト  http://www.sonymusic.co.jp/artist/rickwakeman/

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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