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2018年、“アナログ盤レコード・ブーム”を検証する

山崎智之音楽ライター
Boris & Earth LPs / photo by yamazaki666

●再評価されるアナログ盤レコード

2018年は、アナログ盤レコードの真価が問われる1年になりそうだ。

近年、“アナログ盤の復活”が喧伝されている。音楽メディアでダウンロードやストリーミングが主流になろうとする時代において、実際にユーザーが手に持つことが出来るフィジカル・メディア、特に盤やジャケットが大きなアナログ盤が支持されているという。1940年代に登場、1980年代半ばにCDに取って代わられた音楽メディアが再び注目を集めているのだ。

通常130gのレコード盤に対して180gの重量盤(時に200〜220gも)のズッシリとした存在感、色とりどりのカラー盤など、音楽を所有し、集めることの出来る楽しみ。さらにCDやデジタル音源に対するアナログならではの暖かみ・丸みがあると主張するレコード・ファンも少なくない。

2017年、アナログ盤LPの年間セールスはアメリカで935万枚、イギリスで400万枚、日本でも前2016年の79万9千枚を上回る見込みといわれる。メディアごとのシェアはアメリカだとCDが全体の45%、LPが14%程度になると見られており、まだCDの優位は変わらないものの、LPが急激に追い上げていることは事実である。

2017年にはエド・シーランの『÷』やテイラー・スウィフトの『レピュテーション』といったヒット・アルバムが生まれ、ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』50周年記念盤もアナログ盤の伸びに貢献した。

2017年3月には米『ワーナー・ミュージック・グループ』がアナログ・オンリーの『ラン・アウト・グルーヴ』レーベルを設立。その前月の2月にはジャマイカの『タフ・ゴング』レーベルがアナログ盤生産を再開。6月には日本のソニー・ミュージックエンタテインメントが約30年ぶりにアナログ盤の自社生産を再開すると発表した。

そんなアナログ盤ブームの後押しになっているのが“レコードストアデイ”だ。

2007年に全米1,400店、そして世界中のインディペンデント(独立系)レコード店の振興のために、毎年4月の 第3土曜日に開催されるようになったこのイベント。当日限定アナログ盤が発売となり、海外では徹夜組も珍しくないという。近年では年末商戦に合わせた“レコードストアデイ・ブラック・フライデー”も毎年11月の第4金曜に開催されるなど、目覚ましい成長ぶりだ。

日本でも2012年から“レコードストアデイ・ジャパン”が開催されている。開始当初のアメリカ版では“仮想敵”とされた大手ショップ・チェーンが大々的に参加するなど、かなり趣を異にしたイベントであるが、やはり限定アナログ盤の発売やイベント開催が行われている。

2015年からは東洋化成主催によるアナログ・レコードの祭典“レコードの日”が開催されるなど、日本でもアナログ盤が盛り上がりつつあるようだ。

●アナログ盤ブームの問題点とは

とはいえ、近年の“アナログ盤ブーム”には疑問も少なくない。

しばしば言われる、CDに対するアナログ盤の音質の優位だが、あまり根拠がなかったりする。確かに1980年代の初期CDでは劣化したマスターテープが使われており、1960〜70年代にプレスされたオリジナル・アナログ盤と較べて音質が劣ることもあったが(ディープ・パープルのイアン・ギランは「『マシーン・ヘッド』(1972)が1980年代にCD化されたとき、「あまりの音質の酷さにティーカップにポロポロ涙を落とした」と語っている)、デジタル・リマスタリングなどによって、近年では針音のないぶんCDの方が聴きやすいことが多い。さらに最近ではLPもCDも同じデジタル・マスターをソースにしているため、まったく同じ音が入っていたりする。

かつて「CDには人間の可聴範囲内の音域しか収録されていないが、アナログ盤にはそれより幅広い音が入っているので、より豊かなサウンドを楽しめる」という主張があったが、これはいささか怪しいものだ。聞こえないものは聞こえないのである。

米国タワーレコードの盛衰を描いたドキュメンタリー映画『All Things Must Pass』(2015)では1980年代から1990年代にかけて音楽ビジネスが急成長した要因のひとつとして「かつてLPで出ていた音源をCDにして、ほとんど元手をかけずに割高にして儲けた」ことを挙げていたが、昨今の“アナログ盤ブーム”は、かつてCDでやったことをLPでもう一度繰り返そうとしているようにも見える。

1990年代から2010年代前半の“アナログ冬の時代”、7インチ・シングルなどアナログ盤をコンスタントに発表して停滞期のアナログ市場を支えてきたのはインディーズ・レーベルだった。昨今のブームのせいでメジャー系のレコード会社がプレス工場のラインを独占してしまい、彼らが割を食うという弊害も生まれており、アナログ盤の再評価は必ずしも歓迎されるべき事態ではないというのも事実なのだ。

(ジャック・ホワイトが運営する『サード・マン・レコーズ』のように、自社でアナログ盤をプレスしているインディーズ・レーベルもある)

CDの長所として、そこそこのオーディオでも良い音質で楽しめることがあった。一方、アナログ盤を高音質で楽しもうと思ったら、それなりのオーディオで聴く必要がある。低価格のレコードプレイヤーをUSBで繋いだパソコンのスピーカーで聴いて「やっぱりアナログは音が良いね!」というのはちょっと如何なものかと思われる。アナログ盤はちょっとクリーニングを怠るだけでパチパチ音がするし、CDと較べて傷も付きやすい。

そしてオーディオ機器の質やレコードの盤質よりも大事なのが音楽そのものの質だということを、我々は忘れてはいけない。ボロボロの鉱石ラジオから流れるビートルズが1960年代の少年少女に感動を与えたように、我々に幸せをもたらしてくれるのはアナログ盤やCDなどの“モノ”ではなく、メロディや歌詞、リズムやグルーヴ、歌声や演奏なのだ。

“心を忘れた科学には、幸せ求める夢がない”と歌った人がいた。それと同様に、音楽を忘れたフェテイッシュ趣味には、幸せ求める夢がない。アナログ盤ブームは、本来最も重要なのが音楽そのものだということを改めて我々に教えてくれるのである。

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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