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子どもの安全 -乳児用ベッドの中に置かれた枕やぬいぐるみから消費者の権利と責任について考える-

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
Peloton社CMの冒頭シーン(筆者撮影)

子どもの安全に対する消費者の活動(アメリカのケース)

 前回の記事(「大粒のぶどうによる窒息を予防する その13 - 放送ガイドラインについて考える -」)でも触れたが、2021年2月、アメリカのPelotonという室内用フィットネスバイクを製造・販売する企業のテレビCMが、消費者から批判を浴びた。CMの冒頭、ほんの一瞬だが、赤ちゃんが寝ているベビーベッドが映り、そのベッドの中に枕やぬいぐるみが置かれていたことが問題視されたのである。

問題とされたCM

 このCMについて、赤ちゃんの安全な睡眠に関する活動をしている人がこちらの記事を書いている。

私はPelotonファンのひとりとしてこれを書いています。しかし、素敵なエクササイズ器具や洗練された広告への評価以上に、赤ちゃんの安全な育ちに私は関心があります。赤ちゃんがベビーベッドに寝ていて、そのベッドの中に毛布、枕が置かれている様子が映る広告は危険です。

健康な体と心を目指すPelotonの取り組みも、赤ちゃんが安全でない睡眠環境で亡くなってしまっては意味がありません。(一部抜粋、筆者訳)

 また、このCMに対し、KID(Kids in danger)という非営利団体が主導してPeloton社に対してCMの取り下げキャンペーンを実施、それが奏功し、Peloton社が当該CMを取り下げるという成果を出している。

※但し、上で紹介したようにネット上ではこのCM動画は現在も視聴可能である。

消費者の「権利」と「責任」

 われわれ消費者には「8つの権利」と「5つの責任」があるとされている(消費者基本法:昭和 43 年 法律第 78 号) 。消費者庁のサイトには下記のイラストが掲載されており、イラストの欄外には、「消費者の権利は、国の消費者政策の基本方針を定める「消費者基本法」に定められています。消費者の責任は 国際的な消費者運動の機関である国際消費者機構(CI)が提唱したものです。」と書かれている。

消費者庁のウェブサイトより。筆者撮影。
消費者庁のウェブサイトより。筆者撮影。

 「権利」の筆頭には「①安全が確保される権利」が示され、「④意見が反映される権利」「⑧健全な環境が確保される権利」と続く。また、「責任」には「①商品や価格などの情報に疑問や関心をもつ責任」、「③自分の消費行動が社会(特に弱者) に与える影響を自覚する責任」、「⑤消費者として団結し、連帯する責任」が明記されている。これらを、冒頭に紹介したアメリカの消費者活動と照らし合わせてみると、消費者の「権利」に基づいて「責任」を果たしていることがよくわかる。

 日本でも、学習指導要領に基づき、幼児期から大学、社会人にいたるほぼすべての年齢層において消費者教育が実践されている。その成果であろうか、消費者が声をあげるための環境は整ってきているように思う。Safe Kids Japanウェブサイトの「聞かせてください」欄にも、子どもの傷害に関連する製品やその安全性についての相談が度々寄せられるようになった。

新しい「消費者」の姿

 日頃、傷害予防活動を実践する上で、消費者の権利と責任を意識することは、正直に言ってあまりない。Safe Kids Japanは全国消費者団体連絡会の会員であり、PLオンブズ会議のメンバーでもあるが、いわゆる「消費者団体」としての活動はほとんど行っていないと、やや肩身の狭い思いをしていた。しかし今回、アメリカのテレビCMに対する消費者活動の一端を目の当たりにし、あらためて消費者の権利と責任について確認したことで、傷害予防活動は消費者活動そのものであることを再認識した。

 また、「消費者」という言葉からは、「製造者」「提供者」に対する者、という印象を受けるが、今後は両者の垣根が低くなっていくことが望ましいと考えている。「作る人」と「使う人」という対立軸ではなく、共により良い社会を目指す「協働者」としての視点を持つことができると良いのではないか。たとえば2019年7月、東京都豊島区の「としまえん」(現在は閉園)のプールに設置された水上遊具で小学生女児が溺れて亡くなる事故があったが、その事故が大きく報道された直後に、Safe Kids Japanの「聞かせてください」欄(上記)に類似の事例が多数寄せられた。いずれも傷害には至っていないが、「一歩間違えばわが子も同じ状態になっていたと思います」という体験談が寄せられたのである。今さらこのようなことを言っても仕方がないことはわかっているが、もしこれらの情報があの事故の前に「としまえん」に寄せられ、運営側が問題を直視して適切な予防策を講じていれば、あの事故死は起きなかったかもしれないと思わずにはいられない。製品やサービスに対する違和感や不安感は、消費者がもっとも敏感に感じとっており、その違和感や不安感を伝える仕組みも複数用意されているのだが、残念なことに十分に機能しているとは言えない。いわゆる「クレーマー」はいるが、傷害を予防するための製品・環境の改善を目的とした、共により良い社会を目指すための仕組みづくりが現時点ではできていないのである。

おわりに

 傷害予防のために製品や環境やサービスを改良・改善することは、製造側・提供側にとって一時的には負担のかかることであるが、消費者の声を真摯に受け止め、製品やサービスを今一度見つめ直すことは、長期的には製造者の利益となり、同時に消費者の安全や利益にもつながる。また、消費者も、製品やサービスを利用する際に自ら過度な努力や工夫をするのではなく、「使いにくいですよ」「危ないですよ」ということを製造側・提供側に伝えてほしい。そういった声が集まれば、社会は必ず動くはずだ。Safe Kids Japanも一消費者団体として、そのための手助けをしたいと考えている。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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