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大粒のぶどうによる窒息を予防する その12 ー 検証報告書を読む ー

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
Safe Kids Japan「子どもの傷害予防カレンダー 2021」より

 2020年9月7日、東京都八王子市の私立幼稚園で、4歳男児が給食に出されたぶどう(ピオーネ)をのどに詰まらせて死亡した。これまで、大粒のぶどうによる窒息の記事を11本書いて発信してきた。2021年3月30日、八王子市社会福祉審議会児童福祉専門分科会重大事故検証部会から「八王子市教育・保育施設における誤嚥事故検証報告書」が公表された。

報告書を読む

 本文は13ページの報告書で、予想どおりの内容であった。私の記事でも毎回指摘してきたことであるが、「『教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン【事故防止のための取組み】』に「給食での使用を避ける食材」と明記されているにもかかわらず、それが保育の現場は伝わっていなかった」こと、その原因として、「市は通知を送付すれば周知が行われたと考えていた、当該施設では通知を周知していなかった、通知類の情報量が多かった、市は研修を行っていなかった、当該施設は食事に関する安全管理をすべて外部の業者に任せていた、市は当該施設に対して指導監査する権限がなかった、危機管理マニュアルはあったが公設公営の施設向けで当該施設向けではなかった」などが問題点として挙げられている。これらの問題点は、行われていなかった言い訳にしか聞こえない。報告書の提言は、一般論、建前論が述べられているだけで、予防につながる具体的な提言ではなかった。

具体的な提言を

 通知量が多いなら、たとえば「給食での使用を避ける食材」を大きな一枚の絵入りポスターにして、園の給食室や保育士の控室、委託業者の調理室などに貼る、小さいポスターも作成して保護者に毎年配布する、といった方法をとればよい。危機管理マニュアルは、数ページのわかりやすい冊子にして、公立・私立を問わず、毎年改定してすべての教育・保育施設に配布すればよい。

 報告書には「幼稚園型認定こども園における給食に関しては、立ち入り調査の権限が市にはなく、指導監査の基準がない」と記載されている。補助金の有無による対応の差なのかもしれないが、子どもには差はないのだから、すべて同じ対応が必要なのではないか。すべての教育・保育施設に対して指導監査する権限を行政に付与するよう、条例を整備する必要がある。

検証報告書の課題

 これまで、教育・保育管理下での死亡例の検証報告書は何編も出されているが、それによって何かが変わり、予防効果があったという報告は見当たらない。検証報告書を見ると、思いつくことのすべてを列記して、「○○すべきである」と指摘することが委員会の役割と考えられているようである。今回の報告書も同じである。

 報告書の提出先は死亡例が発生した自治体で、他の地域や国全体のことは考えられていない。検証委員会は、報告書で指摘すれば、保育関係者や行政の担当部署は、「指摘されたことに対処する」と思い込んでいるようであるが、保育士も行政官も毎年異動し、指摘したことが実現することは極めて少ない。検証報告書の提言が実施されたか検証することが不可欠である。

 また、報告書の10ページには、「本事例についても全国的な報道がなされ関心が集まり、・・・NPO法人Safe Kids Japanなどが提唱する誤嚥防止のためのシールなどの無料配布などの試みも示された。・・・一時的な情報等の提供では誤嚥防止や食育への効果を期待することはできない」と述べられている。この指摘はそのとおりであるが、指摘しているこの報告書そのものも誤嚥防止の効果を期待することはできない。できない理由を受け入れるのではなく、予防につながる具体的な提案を示すのが検証委員会の本来の役割であろう。

今後の活動として

 この窒息死が起こった後、筆者はたくさんの取材を受け、問い合わせに対応したが、その時、大粒のぶどうの生産者も、卸業者も、新聞記者も、そして小児科医も、大粒のぶどうで乳幼児が窒息することを知らなかった、ということがわかった。医療従事者の一部が知っているだけで、八王子市の保育者だけが知らないのではなかった。

 乳幼児に対する大粒のぶどうの危険性は、教育・保育の場だけの問題ではない。一般家庭でも危険性は同じである。大粒のぶどうの危険性を、いつでも、どこでも、誰にでも伝える方法の一つとして、Safe Kids Japanでは大粒のぶどうやミニトマトを購入した保護者が手に取る包装紙に「4歳までは4つに切って食べさせて」というシールを貼ることを提案したが、このシールが周知されるまで、まだまだ時間がかかりそうだ。

 最近の若い人は、新聞は読まない、テレビも見ない、書いたものは見ないし買わない、インターネットだけが情報源と言われている。最近、インターネット上の料理レシピ検索サービスも注意喚起のメッセージを掲示するようになったと報じられている。

 料理レシピの投稿・検索サービス「クックパッド」(東京)では、利用者が「節分豆」、「子供 枝豆」、「節分豆 子供」、「節分 ピーナツ」などのキーワードを検索した際、注意喚起のメッセージが表示される。さらに、利用者向けの料理の安全性に関する特集の「乳幼児レシピにおける豆やナッツ類の注意点」のページで、消費者庁の発表を受けて対象年齢を変更した。(2021年1月29日 17:15配信記事 節分の福豆「5歳以下はあげないで」消費者庁が注意喚起 誤嚥事故の原因に | 毎日新聞 )

 228万品の料理レシピが収載されている楽天レシピのバナーのページには、「食の安全」の項がある。そこを開いてみると、「食材」、「乳幼児」、「妊婦」、「調理方法」の4項目があり、「乳幼児」の項目の中には、「窒息」として、「もち」、「こんにゃく」、「水煮大豆」の3つの食材が取り上げられている。「もち」のページには、「のどに詰まらせやすいため、歯が生え揃い、よく噛めるようになった2~3歳以降から与えましょう。細かく切り、食事中はお子さまから目を離さないようにしてください」と記載されているが、「目を離さない」ことで窒息を予防することはできない。この部分は削除した方がよいだろう。(お料理する上で注意したい「食の安全」について|楽天レシピ )

 349万レシピがあるクックパッドのサイトのバナーには、「安全」という項目は見当たらなかったが、「料理の安心」という項目があり、料理にまつわる安全情報を収集、情報提供し、「いろいろなレシピにリンクを設置」と書かれている。「料理の安心」の項目の中に、「乳幼児レシピにおける豆やナッツ類の注意点」の欄があり、子どもに危険性がある食品について述べられている。(乳幼児レシピにおける豆やナッツ類の注意点 - クックパッド 料理の安心)

 この欄は、クックパッドのバナーページに一項目として独立して設置していただくとよいと思う。また、子どもだけでなく、高齢者向けの料理の安全の項目もあるとよい。

 保育事故防止のガイドラインなどの資料に出ている「保育の場で避けるべき食材」が使われているレシピの食材に「乳幼児には危険」を示すマークをつけ、「4歳までは4つに切って与えてください」など、それぞれの食材の安全な調理法が示されているとよいと思う。

 情報を拡散させる範囲や速度が今までとは比べものにならないこの時代は、新しい周知方法を試行錯誤する時であろう。いろいろなアプローチを模索して有効な周知方法を開発しないと、また同じ窒息死が発生することになる。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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