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子どもの事故死は繰り返す 〜はじめに基準ありき〜

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

ある家族の会話から

 ある晴れた日曜日の朝、パパと2人の男の子が「海を見に行く」相談をしています。太郎くんは小学3年生、次郎くんは年長さんです。

次郎「足が痛いから、行くのはいやだ!」

太郎「そんなこと言わないで、いっしょに海を見に行こうよ」

パパ「今日は天気がいいから、海は気持ちがいいぞ」

太郎「そうだよ、そうだよ!」

次郎「歩くと、足が痛いんだよ」

パパ「この前、お店の人に、『子どもが足を痛がっている。この前、そちらで買った靴が合わないんじゃないか』と電話したら、『5歳児には、この靴の大きさと決まっている。それを勧めたことには問題はない。それ以上のことは、靴を作っている会社に電話してください』と言われてしまったんだ。そこで、靴を作っている会社に電話してみたんだ。そうしたら『このサイズは、国の基準で5歳児用と決まっている。当社はその基準を守って製造・販売しているから問題はない。靴の履き方が悪いんじゃないか。お子さんのわがままじゃないですか』と言われてしまった。会社というところは、国が決めたことを厳密に守ることが仕事なんだよ。新しいものを考えたり、新しいことはしないんだ。決まりは決まり。それ以外はないんだよ」

太郎「国が決めたんなら、国に聞いてみたらいいんじゃない?だけど、どうして靴の大きさは決まっているの?」

パパ「何十年か前に、子どもの足の大きさを調べて決めたらしいんだ。国ってところが決めるものを法律と言うんだ。一度決めたら、それを変えることはしない。国は、変えられない理由はたくさん言うけど、こっちの言うことなんか、ぜんぜん聞こうとはしないんだよ」

太郎「法律って、そんなに大切なものなの?」

パパ「法律は、もともとは、みんなが安心して生活するために作るものなんだよ」

太郎「困ってると言ってるのに、どうしてパパの言うことを聞いてくれないの?」

パパ「国の人は、一度決めたことは絶対に変えないことが仕事だと思ってるんだ」

太郎「へぇ〜それは大変な仕事だね。変えないことばかり考えるのはつらそう。皆が喜ぶように、新しい基準を自分で作ったほうが楽しいだろうにね」

パパ「そろそろ、出かけようよ」

太郎「じゃあ、今日はこの靴を履くしかないんだね。次郎、我慢しろよ」

次郎「痛いものは、痛いよ!」

パパ「仕方がないなあ。少し我慢すれば、歩けるんじゃないか?」

次郎「嫌なものは、嫌だ!」

太郎「次郎が痛がっているんだから、次郎の足に合った靴を探してあげたらいいんじゃないの?会社なんかに頼まないで、次郎の足を測って、パパが作ってあげたらいいんじゃない?」

パパ「そんなこと、できるかなぁ・・・」

太郎「パパなら、やればできるよ。次郎がかわいそうじゃない。いい靴を作ってあげてよ。やって、やってよ」

パパ「どこもやってくれないんだから、自分でやるしかないか・・・」

太郎「そうだよ。やろうよ、やろうよ。次郎、足を出してごらん」

靴に足を合わせろ!

 昔、医学部の山のクラブに入部し、先輩に連れられて登山靴を買いに行った。靴を買っての帰り道、先輩から「靴に足を合わせろ」と言われ、そういうものかと思った。先輩から言われたとおりこの登山靴を履いて山を登ると、足のあちこちにマメがたくさんできてつぶれ、とても痛い。絆創膏を貼ったりしながら、靴に足を合わせるしかなかった。もともと、私の足指の第3趾は、第2趾と同じくらいの長さであったが、靴のおかげで、第3趾は靴の曲面に合うように曲がってしまった。

基準とはどういうものか?

 先日、子どもが転落死したマンションを施工した建築会社の人と話す機会があった。転落の原因を探るための対話だったが、「この建物は建築基準法に合致していて問題はない」と話していた。

 ニュースで子どもの転落死が取り上げられる場合でも、「この建物は、建築基準法に合致していた」と報道され、管轄する行政も「基準に合っていた」と述べる。ここで話が終わってしまい、次の転落死を予防する話に進んでいかないのが現状だ。多くの人が、「事故死は予防することが大切だ」と指摘しながら、「基準に合っていての事故死なら、仕方がない」と思っているのであろう。

 「予防」を検討する場合には、事故が発生した状況を詳しく知ることが不可欠である。詳しい状況を調べるのは、現在では警察の仕事となっている。警察の情報収集能力は極めて高いが、その目的は「犯罪性の有無」を調べることであって、次の事故を予防するためではない。そして、警察が得た情報が公開されることはなく、犯罪性が疑われるものは検察に送られ、犯罪性がないものは警察内に保管されている。企業や一般の人が、「踏み台になるものがあったのだろうか」と思っても、現在ではそれを調べるすべはない。こういう状況が続いているので、同じ転落死が起こり続けている。

 たとえ基準に合っていても、現に子どもが転落して死んでいるのだ!これを、「基準に合っていた」で終わりにしてしまうのはおかしい!「死んだ」という事実を優先し、「現行の基準がおかしいのではないか」と思わなければ予防は始まらない。きちんと現場検証をして事故死が起こった状況を明確にし、具体的な予防策を立て、基準を変えなければ予防にはつながらない。

 抗がん剤を使ったところ数日後に死亡した。抗がん剤は使用説明書に書いてあるとおりの量を使用し、2時間後に調べた血中濃度は基準値以内で過剰投与はなかった。がん細胞は死滅していて効果が認められた。「抗がん剤は効果があり、使用基準に合致していた」という話になり、この抗がん剤を使い続けたところ、何人も同じ経過で死亡した。それでも、同量の抗がん剤を使い続けるのと同じことではないか。複数件、同じ状況で死亡例が発生すれば、血中濃度の設定など、いろいろ検討されるはずだ。

 規則、基準、規格などは、人間が勝手にそれまでの経験から決めたもので真理ではない。それを、金科玉条のごとく振りかざして、「基準値に合致」と言って何も対応しない社会は間違っている。早急に基準の見直しが必要だ。

 足に靴を合わせるのではなく、靴に足を合わせることを強いる社会は健全な社会とはいえない。「はじめに基準ありき」ではなく「はじめに傷害ありき」となる社会にしなければならない。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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