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大粒のぶどうによる窒息を予防する その8 〜実態調査を!〜

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
Safe Kids Japan作成のチラシ(一部)。筆者撮影。

 2020年9月7日、東京都八王子市の私立幼稚園で、4歳男児が給食に出されたぶどう(ピオーネ)をのどに詰まらせて死亡した。「教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン【事故防止のための取組み】」に「給食での使用を避ける食材」と明記されているにもかかわらず、ぶどうが出されて園児が死亡した。この事実によって、ガイドラインは、教育・保育の現場には伝わっていないことが明らかになった。

寄せられたコメント

 これまで大粒のぶどうによる窒息の記事を7本書いてきたが、読者の方々からいろいろな情報やコメントが寄せられた。

 大阪大学大学院 人間科学研究科 特任研究員の岡 真裕美さんが青果物の卸業者にヒアリング調査をされたところ、

・海外のぶどうは皮が厚く、種もあるので、切らないと食べられない。

・日本のぶどうは年々大粒化している。甘く、皮ごと食べやすくなり、種なしが主流である。

 という情報が得られたそうである。大粒のぶどうは子どもの身近にあって、いつでも窒息が起こり得るということだ。

 一方、ある保育所では、窒息死が起こった後もぶどうを丸のまま出していた。疑問を持った保護者が保育所に問い合わせたところ、「危険な大きさだとは思わなかった」との回答があったとのこと。園の職員の中には、「ガイドライン」というものがあることを知らない人もいたそうである。それまでの知見や経験を結集してガイドラインが作られたのに、それが現場に伝わらず、同じ事故が起こっていることは問題だ。

 また、別の保育現場の人からは「日々、子どもと給食を食べていて思うことは、口に入れるものはすべて誤嚥のリスクがあるということ。最近は、噛めない子や偏食の子が多い。そういう子に対して、栄養士と相談しながら、刻み方を調整し、量を減らし、付きっきりで見守り、励まして食べさせている」というコメントもあった。こういう指摘は一般論であり、具体的な予防にはつながらない。「今回は、大粒のぶどうやミニトマトによる窒息について検討しているので、そのことについて話し合いましょう」と回答したい。

 メディアの取材では、必ず「誤嚥したらどうすればいいのか」という質問も出る。今回は、食べ物による窒息の予防ができていない問題について話をしているので、対処法には触れないことにしているが、納得は得られない場合が多い。

食う・寝る・水遊び

 昔、自動車の宣伝で「食う・寝る・遊ぶ」というキャッチフレーズがあった。それを模倣して、私は、教育・保育管理下の危険な時間帯は「食う・寝る・水遊び」であると言っている。

 「寝る」に関しては、以前から、乳児が睡眠中に突然死亡する「乳児突然死症候群」が知られている。その原因は不明であるが、うつ伏せ寝が危険因子のひとつとされており、現在、保育の場では、乳児の睡眠中には5分おきに体位と呼吸の有無がチェックされている。もしうつ伏せになっている場合は、仰向けに体位を変えることが行われ、チェックした状況は記録シートに記載し、その記録簿は保存されている。行政の監査では、乳児の睡眠中のチェック体制や記録用紙のチェックが行われ、もしそれが実施されていなければ「指導」が行われる。

 「水遊び」に関しては、2011年に発生した神奈川県大和市における幼稚園プール事故の検証結果を踏まえて通知やガイドラインなどが発出されたが、その後も、教育・保育施設等においてプール活動中、または水遊び中の事故が続発したことから、その実態を把握することを目的に、2017年、全国の5000か所の幼稚園、保育所、認定こども園を対象に調査が行われた。消費者安全調査委員会は、2018年4月30日に「教育・保育施設等におけるプール活動・水遊びに関する実態調査(平成23年7月11日に神奈川県内の幼稚園で発生した プール事故に関する意見のフォローアップ)」を発表した。

 しかし、これまで教育・保育管理下での「食う」についての実態調査はない。今回、ガイドラインに「給食での使用を避ける食材」と明記されている食べ物によって窒息死が発生した。保育現場では、大粒のぶどうの危険性は認識されていなかった事実が明らかになったので、早急に教育・保育管理下の食事に関する実態調査を行う必要がある。

 そこで、Safe Kids Japanと子どもの事故予防地方議員連盟は、教育・保育管理下のプール活動の実態調査を行った経験がある消費者安全調査委員会に対して、下記の要望書を送った。

教育・保育施設等におけるガイドラインの周知徹底に関する調査について(要望)

NPO法人 Safe Kids Japan    理事長 山中 龍宏(小児科医)

子どもの事故予防地方議員連盟  会長  佐藤 篤(東京都墨田区議会議員)

 日ごろより子ども達の事故予防活動に積極的に取り組んでおられることに対し、感謝と敬意を表します。私たちNPO法人 Safe Kids Japanと子どもの事故予防地方議員連盟は、子どもの事故による傷害(けが)の予防を目的として、協働して活動しております。

 さて、すでにご承知のとおり、2020年9月7日、東京都八王子市内の私立幼稚園において、給食に出された大粒のぶどう(ピオーネ)が4歳園児の喉に詰まり、当該園児が窒息して死亡するという事故が発生しました。幼稚園における給食という日常的な場面でこのような重大な事故が発生し、未来ある園児が死亡したことは大きな損失であり、同じような事故が二度と起きないよう、社会全体で予防活動を進めていく必要があると考えます。

 今回の事故は多くのメディアで取り上げられ、当方にもさまざまな感想や意見が寄せられました。多くは「大粒のぶどうやミニトマトで子どもが窒息することを知らなかった」「今後は必ず4つに切ってから食べさせるようにする」という感想や意見でしたが、教育・保育施設からは、「『教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン【事故防止のための取組み】』(以下、ガイドライン)の内容を確認していなかった」「ガイドラインの中に、給食での提供を禁止する食材が記載されていることは知っているが、食育の観点から『よく噛もうね』と丁寧な声かけを行った上で引き続き提供していくつもりである」といった意見が複数寄せられました。

 食品による窒息は瞬時に発生するものであり、その状態が5分以上続けば死亡する場合もあります。乳幼児に「よく噛もうね」と指導し、すぐそばで保育者が見守っていたとしても、窒息を予防することは困難です。だからこそガイドラインに「給食での使用を避ける食材」として具体的な食材名が記載されているのです。ガイドラインに書いてあることは、「絶対に死亡事故を起こさないための最低基準」と考えて、ガイドラインを遵守することが保育の場の安全確保の第一歩と認識する必要があると考えます。

 背景説明が長くなりましたが、貴委員会におかれましては、全国の教育・保育施設を対象に、ガイドラインについて知っているか、その内容を把握しているか、そして確実に実施しているか等、実態を明らかにし、再発予防につながる調査を行っていただきますようお願い申し上げます。ガイドラインの徹底周知と確実な実施こそが、教育・保育施設における重大事故予防につながるものと考えております。

 以上、貴委員会の皆さま方にはお手数をおかけすることになり大変恐縮ですが、子ども達の重大な傷害を予防するため、どうぞよろしくご検討のほどお願い申し上げます。

 教育・保育管理下の「食う」実態を明らかにして、予防につながる提言を出していただくことを切に希望する。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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