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大粒のぶどうによる窒息を予防する その7 〜行政の対応は有効か?〜

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:アフロ)

 2020年9月7日、東京都八王子市の私立幼稚園で、4歳男児が給食に出されたぶどう(ピオーネ)をのどに詰まらせて死亡した。子どもの事故を予防するためには、いろいろな職種の人が関わらなければならないが、今回は教育・保育の場に対する行政の役割について考えてみよう。

行政機関からの通知

 死亡事故が発生すると、管轄する行政機関から通知が発出される。一例を示してみよう。

2020年2月14日に消費者庁等から発出された事務連絡の画像。大阪府岸和田市のホームページから筆者が転載。
2020年2月14日に消費者庁等から発出された事務連絡の画像。大阪府岸和田市のホームページから筆者が転載。

 また、この通知には、「参考」として下記の情報が添えられていた。

(参考)

・教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン

https://www8.cao.go.jp/shoushi/shinseido/data/index.html

・「食品による子供の窒息事故に御注意ください!」(消費者庁)

https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/release/pdf/170

315kouhyou_1.pdf

 この事務連絡を発出した日付をよく見ていただきたい。2020年2月14日となっている。今回の9月7日に発生した窒息死の半年前に出ている。この事務連絡が発出されたのは、下記の窒息死が発生したからである。

2020年2月3日午前10時ごろ、松江市の認定こども園の3歳児クラスで煎り豆を4粒食べ、10時20分ごろ遊戯室に移動し、園児約20人と鬼役も含めて保育士8人で豆まきをしている最中、意識を失って倒れているのを保育士が発見し、119番通報した。病院に搬送されたが死亡が確認された。

出典:時事ドットコム

 日付を変えて、2020年9月10日過ぎに出しても、まったく違和感がない事務連絡だ。ご丁寧にも、「参考」としてガイドラインが明記されている。これを発出した人は、そのおかしさに気づいていないのだろうか。

事務連絡の効果は?

 この事務連絡は、9カ所の機関に送付され、5カ所の機関が発出元となっている。この連絡は、教育・保育施設関連のすべての機関に送られているが、それそれの機関に送られた後、どうなったのだろうか。担当課の机の上に置かれたまま、あるいは教育・保育施設の管理者の机の上に置かれたままになったのだろうか。少なくとも、ぶどうによる窒息死が発生した八王子市の幼稚園には、この連絡は届いていなかった、または届いていたとしても園長は読まなかったのだ。それとも、ガイドラインの内容は把握していたが、園長自らの判断で、給食にぶどうを出すこととしたのだろうか。

 発出元は5カ所であるが、どこが責任を持って対応しているのだろうか。「皆で担当する」ということは、名前は連ねているが、それぞれ「他の人がやってくれるはず、他の人がやるべきだ」と考え、結局、誰も担当しないことになっているのではないか。担当者は異動が多く、これまでの情報が伝わっていないのではないか。上記の資料は事務連絡となっており、その効力はなさそうに思われる。通達であれば、強制力があるのかもしれない。

 この事務連絡は、日付さえ変えれば、食品による子どもの窒息死が発生したとき、まったく同じ文面で、すぐに発出できる。そのこと自体が異様ではないか。これは、今まで繰り返されてきた行政のお作法なのであろうが、もう「事務連絡を出した」ということで、「自分は仕事をした。自分の責任は果たした」と公言できる時代ではない! 

どんな対策があるか

 今回示した事務連絡は、9月7日に起こった食品による窒息死の予防には役に立たなかった、行政の対応は無効であったと断言できる。無効なことを繰り返すことはできないはずだ。これまでと違う対策を考えねばならない。

 遺族は「二度と同じ事故を起こさないで欲しい」と要望し、対応する行政や幼稚園は「二度と同じ事故を起こさないようにする」と言う。それなら、漫然と同じ文面の事務連絡を出すことはやめて、違う対策を講じる必要がある。

 行政に何か依頼すると、返ってくる回答は、「前例がない」、「担当者がいない」、「予算がない」の3つである。

◆「前例がない」

実際に食品による窒息死の前例があり、「二度と同じ事故が起こらないようにする」と言っている以上、前例と同じ対応をしていては、また食品による窒息死が発生する可能性がある。前例がないことを対応しない理由にはできないはずだ。

◆「担当者がいない」

事務連絡の発出元に列記されているように、実際にはたくさんの担当者がいるので、取り組まない理由にはならない。

◆「予算がない」

確かに予算を計上していないのでお金はないかもしれない。しかし、それほどのお金をかけなくてもできることはあるはずだ。

 2016年3月にガイドラインが出ているが、それが教育・保育現場には伝わっていないことがはっきりした。このガイドラインは55ページもあり、すべて読んで理解する時間がないのであれば、1枚のポスターを作って周知したらよい。国で大きなポスターを作って、全国の教育・保育施設に送って園内に掲示してもらう。

 ポスターを作るお金がないなら、事務連絡の下にポスターの図案をダウンロードできるようにアクセス先を記載し、発出先の機関や施設で印刷・配布してもらうよう依頼すればよい。ポスター図案の作成にお金がかかるというなら、今回、Safe Kids Japanで作成したミニトマトとぶどうのシールの図案を使っていただいて構わない。

 これらを実行しても、また食品による窒息死が発生したら、次の対策を考える。このステップを繰り返していくことが予防活動なのである。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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