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子どもの事故の情報を予防につなげるには

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:アフロ)

 子どもの事故の予防について書いたり、意見を述べる場合は、これまでに実際に起こった事故をエビデンスとして示す必要がある。10年くらい前までは、紙に印刷された情報を集めたり、調べたりしていた。重症度が高い事故の予防を優先する必要があるので、新聞等のメディアの死亡記事、医学関係の雑誌に掲載されている症例報告などを調べた。貴重な資料と思われるものは、新聞の紙面を切り抜いたり、文献をコピーしてファイリング・キャビネットに保管していた。これらの資料は、特別に関心がある人、どうしても調べる必要がある場合にしかアクセスされることはなかった。

いつでも、どこでも、誰でも

 最近、7〜8年前にある県で起こった子どもの事故死のことを思い出した。うろ覚えだったので、いくつかのキーワードを入れてネット検索してみたところ、事故の情報がすぐに出て来た。あやふやな情報ではなく、事実としてはっきりと提示することができた。

 最近では、どこにいても、いつでも、誰でも、思いついたらすぐに調べることができるようになった。保管のための場所もいらなくなった。保管する容量も、無制限に可能となった。素晴らしい進歩だと思う。

どこかで見た記事、同じ事故

 事故死の情報を検索すると、必ず、以前にも同じ事故死が起こっていたことがわかる。メディアの記事も、日時、場所、被害者名を入れ替えれば、ほとんど同じ内容となっている。すなわち、同じ事故が同じように起こり続けていることになる。事故が起これば、それに関係する人が、それぞれの対応をすることになるが、その対応もまったく同じである。多くの場合、事故が起こった原因への関与度が高いと思われる人が「二度と同じ事故を起こさないようにする」「できることは、すべてやる」と発言するが、他の場所で、また同じ事故が起こる。この状況が何十年も続いている。見方を変えれば、子どもの事故死には「型」があり、すべてそれに則って処理されているといってよい。

情報を消すな、ファイルして公開しよう

 なぜ同じ事故死が起こっても、人々は「おかしい」と思わないのだろうか? 子どもの事故死は、数か月に1例の発生で、ニュースになっても翌日には消えてしまう。人々の頭の中でも、それと同じように「また、起きたのか。可哀そうに」と一瞬思うだけで消えてしまう。

 なぜ同じ事故が同じように起こり続けているのだろうか?それは、これまでの事故の情報が伝わらないからではないか。事故の情報がなければ、事故は起こっていないと判断されてしまう。

 車に放置され熱中症で死亡、保護者の車に轢かれて死亡、川遊びでの溺死、ベランダからの転落死、豆まきの豆による窒息死などなど、これらが同じように起こり続けていることを社会は知らないように見える。これらのニュースは、すぐに消えてなくなる。同じ事故が起こり続けているということを、即座に示さないと社会には認知されないようだ。

 そこで、重症度が高い事故のニュースを、日々、自動的に収集して、項目別に分類し、追加していくシステムが必要ではないかと考えている。これは、インターネット上で自動的に行われるシステムなので、事故件数が何万件になっても大丈夫である。誰でもアクセスできるようにしておけば、メディアからの取材、あるいは行政や議員に対策の検討を依頼するときに強力なエビデンスになる。メディアによる事故の取り上げ方を、現在の事実だけの定型報道から、予防の必要性を含んだニュースにシフトさせることができるかもしれない。また、頻発している事故死の情報を企業が見れば、本腰を入れて製品や環境の改善を検討し始めるかもしれない。

評価が不可欠

 事故死の情報の検索システムは格段に向上したが、子どもの事故死が同じように起こり続けている。なぜ、予防につながらないのだろうか?

 事故による傷害を確実に予防するためには、傷害の発生機序を明確にし、同じ事故が同じように起こっている場合は、「今、行われている予防策と思われているものが有効ではない」と判断して、これまでとは異なる対策法を考えねばならない。この作業を「評価」という。評価をしないで、漫然と同じことを繰り返しているのが現状だ。

 事故例が発生し、「事故の予防に取り組んで欲しい」と要望すると、行政は「これまでにも注意喚起をしています」と答える。質問した方は、「対策をしているなら、それでいい。仕方がない」となり、そこで終わってしまう。その時、同じ事故がたくさんファイルされたデータを見せて、「以前から注意喚起していても、このファイルにあるように同じ事故が起こり続けていますよね」「これまで注意喚起しているとおっしゃっても、このデータからは、それは有効ではないと言えます。これまでとは違った取り組みが必要ではないですか?」と問いかけたい。

 「対策をしている」というその対策の結果を評価しないことが問題なのだ。同時に、評価を要求しないメディアや国民の問題ともいえる。病気の治療でも、経済対策でも、交通事故対策でも、何か対策を行ったのであれば、それを評価するのが当然で、評価しないのは仕事をしていないことに等しい。評価できないことをしているのなら、それは単なるポーズ、何かしている振り、思い込みであって、何の意味もないので止めるべきである。評価の仕方を知らないのかもしれないが、子どもの事故の予防に「評価」が必要だという認識を社会に定着させることが不可欠である。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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