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溺れのニュースとメディアの役割

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 毎年のことであるが、今の時期には、「海や川で溺れた」というニュースを毎日、耳にする。同じ事故が、同じように起こり続け、メディアは淡々と定式化したニュースを流し続けている。

2020年8月13日、午後0時15分頃、静岡市の藁科川で小学1年生の女の子が溺れた。水中に沈んでいる状態だった女の子を、近所に住む小学生3人が発見して大人たちに知らせ、女の子の父親が心肺蘇生を行った。その後、ドクターヘリで医療機関に搬送され、命に別状はなかった。(静岡朝日テレビ:おぼれた小学1年生を救助した女の子3人組「川の中に沈んで…丸まってました」 静岡市

 ニュースでは、アナウンサーが現場に行き、救助した3人の女の子にインタビューをしていた。溺れていた女の子を発見した場所、その時どんな状態だったか、それからどうしたのかについて聞いていた。

 

 インタビューの最後に、助けた小学生の女の子3人は、「助かって安心したし、自分も流されたら怖いなと思った」、「これから川に入る時は、注意して、ちゃんと大人の近くで遊ぶほうがいいと思った」、「川で遊ぶときは、注意しながら遊びたいと思いました」と話していた。

メディアの役割とは

 ニュースの役割を、「新しい情報の提供、人々の健康や安全の推進」と考えるなら、これまでの定式化した報道から一歩進める必要がある。今回のニュースは、溺れていた子どもを小学生の3人が助けたという救助側の行動に注目して報道している。いわゆる美談をメインテーマにしたこの報道に難癖をつけるつもりはないが、「溺れを予防する」という観点からはいくつか考えねばならないことがある。

 時には、助けようとした人も溺れてしまうことがある。このニュースでは、1人の子が「溺れていた子を持ち上げて助けた」とされているが、子どもたちの助け方は適切であったかについて専門家が検討する必要がある。

 

 溺れを予防するには、ライフジャケットの着用が必要であり、同時に、その着用方法や実際に着用した状態でのトレーニングも必須であるが、ライフジャケットのことについては何も言及されていない。溺れた子どもがライフジャケットを着用していたか否か、もし着用していて溺れたのなら着用の仕方が適切であったかどうか、川でトレーニングを受けた経験があったかどうか、また、助けた3人の子どももライフジャケットを着用していたか否かについて報道していただきたい。

 インタビューを受けた子どもが「ライフジャケットを着けていればよかったと思います」、「私は、ライフジャケットの着け方や使い方を学んでから、実際にライフジャケットを着けて川遊びをしようと思いました」と言ってくれるような状況になるように、ライフジャケット着用推進活動を展開しなければならない。

※参考 Yahoo!ニュース(個人)「川遊び ライフジャケットがあればいいというものではない 命を守る注意点3つ」斎藤 秀俊 2020年8月16日

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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