Yahoo!ニュース

保育事故の検証報告書を読む その2 〜東京都事業所内保育所のケース〜

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:アフロ)

 2016年3月31日付で「教育・保育施設等における重大事故の再発防止のための事後的な検証について」という通知が国から出された。保育現場等で死亡事故が起こった場合には検証委員会を設置して検討し、その報告書を国に提出するよう求めている。これまでに公表された検証報告書を読んで、「予防につなげる」という観点から問題点を指摘したい。

◆ 事故の概要

1歳2か月 男児

発生日:2016年3月11日(入所後25日目)

発生場所:東京都内の認可外保育施設(事業所内保育施設)

保育の開始:2016年2月16日

状況:3月からの通園状況は一度の欠席もなく、当日も午前8時40分に元気に登園した。午前10時45分に昼食をとり、11時35分ころ、別室で昼寝に入り、11時45分に寝入ったことを確認した。本児の姿勢は、布団にうつ伏せ(胸が布団についた状態)で、顔は壁側に向いていた。以後、本児は別室で一人で寝かされ、保育者が傍らを4回通った。その時の姿勢は昼寝を始めた時と同じであったが、近づいて顔色や呼吸を確認することは一度もしていなかった。午後2時ころ(推定)、保育士が様子を見に行き、異変に気づいた。午後2時15分に119番通報をし、すぐに心肺蘇生が行われた。午後2時35分ころに救急車が到着して病院に搬送され、午後3時33分に死亡した。

東京都のHPから引用

◆ この報告書の問題点

1.死因の検証がされていない

 この報告書の最大の問題点は、死因に関してまったく検討していないことである。報告書には「警察からは『個人情報のため情報開示には応じられない』との回答であった。そのため、本検証委員会では、直接の死因については把握することができない状況である」と記載されている。死因がわからなければ予防策は考えられない。

2.定番、漠然、決意の言葉の羅列

 このような報告書では、「二度と同じ事故を繰り返さない」、「繰り返してはならない」という言葉が必ず、何度も使用される。これは「事故死」や「事故」の枕詞といってもよいが、実際には同じ事故があちこちで起こり続けており、この言葉を使用するだけでは効果はない。また、「丁寧に温かく優しい保育を徹底」、「丁寧さに丁寧さを重ねて保育をしなければならないという共通認識やリスクの意識の薄さ」、「質の確保」、「保育所は、入所する子どもの最善の利益を考慮し、その福祉を積極的に増進することに最もふさわしい生活の場でなければならない」、「職員の資質向上」などの文章も記載されている。理念はわかる。思いもわかる。では、具体的に何をどのようにしたらよいのか、たぶん、書いた本人にもわからないのではないか。これを書いた人には、「丁寧な保育」というものを具体的に映像、あるいは数日間、実際の保育現場で見せてもらいたい。「具体的にわからないこと」や「できないこと」をいくら言っても意味がない。

 単なる決意表明に終わらせないためにも、報告書が出来上がった時点で、「丁寧」、「優しい」、「最高」などの漠然とした言葉を検索機能を使ってチェックし、その言葉を削除して、実行可能かつ有効な行動指針に文言を変える必要がある。

3.「保育」という言葉のもつ呪縛

 「保育」という言葉の中に、各人がそれぞれの思いを込めて述べているが、それぞれが考えていることは異なっているのではないか。具体的にできることを指摘しないと、何をしていいかわからない。理念ではなく、具体的にやるべきことを示すべきではないか。

4.保育現場に、危険因子が周知されていないという現実

 本児は寝つきが悪くて、午睡中に目覚めて泣くことがあるので、他の子どもと別室で寝かせた。1時間後、1時間15分後、1時間35分後に保育士がそばを通った時に寝ている姿を見ただけで、寝始めてから2時間15分後に異常事態を発見した。現在、睡眠中の突然死を早く発見するために、乳児では5分おき、幼児では10-15分おきに体位や呼吸状態を確認する必要があると指摘されている。本事例では、2時間以上もチェックされず、死後硬直となるまで気づかなかったことは管理不十分と指摘されても仕方がないと思う。また、20年以上前から、睡眠中の乳児の突然死の危険因子として「うつぶせ寝」が指摘されている。これは1歳になるまでの危険因子とされているが、1歳2か月児でも危険因子となり得るのかもしれない。

5.既存報告書が持つ束縛

 一度、報告書が公開されると、他のところで同じような事例が発生した時には書式が踏襲される場合が多い。とくに精神論の部分はコピーして増幅される傾向がある。今後、予防につながる報告書の様式を追及していく必要がある。この記事も、批判するためだけに書いているのではなく、簡潔で予防につながる報告書が発表されるようになるための意見として受け取っていただきたい。

◆ 私が提言するとしたら

 本報告書では提言が14個も述べられている。提言とは、実行可能で、重要なものを3〜5個くらい挙げるものであろう。数が多いと覚えられない。また、一つの提言の文章が長く、一部は重複していて、これを読んでも何を言いたいのか、何が最も重要なのかがわからない。この報告書がニュースで報道されたときのタイトルは「丁寧な保育の徹底を」であったと思う。医療事故の検証報告として「丁寧な診療の徹底を」という結論を出したら人々は怒るであろう。精神論は極力避け、具体的にできることを挙げるべきである。そこで、私の提言を挙げてみたい。

1. 死因究明のため、医療機関、警察、消防のデータを開示することが不可欠である

 死亡した原因がわからなければ予防策も検討できない。子どもの死亡全数検証制度(Child Death Review)を法制化して、情報を共有できるようにする。

2. 慣れ保育の必要性について検討し、ガイドラインを作成する

 保育開始直後に死亡例が多い。慣れ保育について科学的な検討が必要である。

3. うつぶせ寝の危険性の周知と、心肺蘇生法の研修などの徹底

 20年以上前から乳児のうつぶせ寝の危険性については指摘されているが、未だ保育現場に伝わっていない。周知方法について再検討する必要がある。また、救命救急の訓練は必須事項として保育士に義務づける必要がある。

4. 死亡例は、国レベルでの検討が必要である

 保育管理下での死亡は1年間に8〜19件である。地域で検討するには、専門家もおらず、課題が大きすぎる。国レベルでの検討が望ましい。国レベルの組織である運輸安全委員会のような組織を作る必要がある。

 保育管理下の睡眠中の乳児の突然死は、今後も必ず発生する。詳細な情報の収集体制を確立し、専門家によって一例一例を検討していく体制の構築が不可欠である。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

山中龍宏の最近の記事