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子どもの傷害予防憲章

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:アフロ)

 今日は憲法記念日である。憲法は、国の根本秩序に関する法規範であり、国の最高法規として位置付けられている。

 子どもの傷害の問題は多岐にわたっており、いろいろな人が取り組まねば解決できない事象である。多職種の人が取り組む場合、使命、基本的な考え方や取り組みの方向性を一致させる必要がある。そこで、子どもの傷害予防についての基本理念、すなわち子どもの傷害予防憲章を紹介したい。

 約10年前に、産業技術総合研究所デジタルヒューマン研究センター(当時)の西田 佳史さんが「子どもの傷害予防憲章」草案を作成してくださった。その日本語版と英語版を以下に紹介したい。この憲章は、われわれのグループが知っているだけで、これまで公表したことはない。

子どもの傷害予防憲章

事故による子どもの傷害を予防できる社会を実現するための、私たち大人の権利と責任を以下に明記します。

1. 私たちすべての大人は、すべての子どもが安全で安心な社会で健やかに育つ権利を保証するために、事故による子どもの傷害を予防できる社会を追求し続ける責任を負う。【子どもの基本的権利の保障責任】

2. 私たちすべての大人は、事故による子どもの傷害に対して、責任転嫁ではなく責任分担の精神に則り、連帯して責任を負う。【事故による子どもの傷害の連帯責任と責任分担の精神】

3. 私たちすべての大人は、事故による子どもの傷害を予防できる社会の実現に参加する権利を有し、その実現のために、自分の持つあらゆる力を自由に発揮する責任を負う。【事故予防社会の参加権と責任】

4. 私たちすべての大人は、事故による子どもの傷害を予防する社会の実現に取り組もうとする時、年齢、性別、国籍、子ども・配偶者の有無、経験、教育、財産、収入、信条によって参加者を差別してはならない。【参加者平等の保障】

5. 私たちすべての大人は、自らの子どもが事故に遭ったならば、人類が共有すべき情報としてこれを知らしめる権利を有する。【保護者の事故情報開示の権利】

6. 私たちすべての大人は、事故により傷害を負った子どもやその保護者、その他の当事者に事故情報の開示を強要してはならない。【当事者の事故情報開示強要の禁止】

7. 私たちすべての大人は、事故により傷害を負った子どもやその保護者、その他の当事者を中傷してはならない。【当事者中傷の禁止】

8. 私たちすべての大人は、事故により傷害を負った子どもやその保護者、その他の当事者の有する事故情報開示の権利を尊重するためのあらゆる保護手段と促進手段を実行する責任を負う。【当事者保護責任と情報開示促進手段実行の責任】

9. 私たちすべての大人は、事故により傷害を負った子どもやその保護者、その他の当事者が報告した事故情報や悲しみを未来に渡って共有し、それを繰り返さないためのあらゆる情報保存手段と事故予防手段を実行する責任を負う。【情報共有・保存責任と事故予防手段実行の責任】

Childhood Injury Prevention Charter

We, as adult, express our rights and responsibilities in building a society that can and should prevent child injury as follows.

1. Responsibility to Safeguard the Fundamental Rights of Children

We bear responsibility for continuing to pursue the building of a society that can and should prevent child injuries to guarantee the right of all the children to grow up healthy in a safe and secure society.

2. Collective and Shared Responsibility for Child Injuries

We bear responsibility for child injuries in line with the spirit of collective participation, instead of shifting this responsibility to other parts of society.

3. The Right and Responsibility of Participation in a Society that Prevents Injuries

We have the rights to participate in building of a society that can prevent child injuries, and bear responsibility for expressing and applying all of our abilities to realize this goal.

4. Guarantee of Equality for Participants

When working to build a society that prevents child injuries, we must not discriminate on the basis of age, sex, nationality, parental or marital status, experience, education, material possessions, financial income, or religion.

5. Right of Guardians to Report Injury Information

We have the right to notify third parties and disseminate information that should and must be shared by mankind whenever children suffer injuries.

6. Prohibition against Obliged Reporting of Injury Information

We must not force children who have suffered injuries, their guardians, or other concerned parties to disclose injury information.

7. Prohibition against Defamation of Concerned Parties

We must not defame children who have suffered injuries, their guardians, other concerned parties.

8. Responsibility to Implement Measures to Protect Concerned Parties

We bear responsibility for implementing every available and possible protection and promoting related measures with the purpose of respecting the rights of children who suffer injuries, their guardians, or other concerned parties.

9. Responsibility to Share Information and Implement Injury Prevention Measures

We bear responsibility for sharing the injury information, sorrow, and grief reported by children who have suffered injuries, their guardians, or other concerned parties, and for implementing adequate information preservation measures, in addition to injury prevention measures, to ensure that injuries are not repeated.

国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」

 世界には課題が山積している。これらの課題に世界規模で取り組むため、国連は2015年、「2030年までの持続可能な開発目標(SDGs : Sustainable Development Goals)」を定めた(1)。国連に加盟するすべての国々がこれを採択し、2016年1月1日に正式に発効した。15年間に、すべての人に普遍的に適用されるこれらの新たな目標に基づいて、各国はその力を結集して、あらゆる形態の貧困に終止符を打ち、不平等と闘い、気候変動に対処しながら、誰も置き去りにしないことを確保するため、17の目標を立てて取り組みを開始した。この世界を変えるための17の目標の中で「傷害予防」に関わるものは1、3、4、5、10、11、16の7つである。

(1)国際連合広報センター:我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ (2015)

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※上記ロゴ使用のためのガイドライン

「ガイド50」

 「ガイド50」については、小田部 譲さん(OY技術と経営研究所 代表、公益社団法人 日本技術士会登録 子どもの安全研究グループ 幹事)に詳しく説明していただいた。以下は小田部さんが書かれたものである。

 「ガイド50」とは国際規格ISO/IEC Guide 50の略称で、子どもを事故による傷害から守るための基本安全規格である。国際規格として1987年に初めて発行され、2014年12月に改訂第3版が発行された。日本では初版から約30年を経て2016年12月に、初めてこれを翻訳したJIS規格としてJIS Z 8050が制定・発行された。規格のタイトルは「安全側面-規格及びその他の仕様書における子どもの安全の指針」となっており、子どもが関わるかもしれない「もの」の安全規格を作るための指針、つまり安全規格を作る専門家のための指針である。

 しかしながらその内容は一般の人、特に子どもの安全に責任や関心を持つ人々にとって重要な知識を提供するものにもなっている。この規格の核心は「子どもは小さな大人ではない」という言葉で表されているように、子どもはなぜケガをしやすいか、ケガのしかたが大人となぜ、どのように異なるのかということを体系的に記述した点である。

 また「傷害の防止は社会全体で共有すべき責任である」とし、「傷害防止は『もの』の設計、技術、製造管理、法規、教育及び自覚の促進によって対処できる」としている。「子どもの安全を考えるときは、安全性と共に子どもが刺激的な環境を探索し、学習する必要性とのバランスを取る必要がある」とも指摘している。ここでいう「もの」は、この規格の中で「製品」として定義されているもので、目に見えるもの(製造物やその包装、また構造物など)の他に「サービス」なども含まれていることが重要である。なお「安全」というのは「危険がない」ということではなく、「リスクが社会的に許容できるレベルまで低減された状態」という意味であり、リスクを科学的に制御するという考え方に基づくことにも注意したい。

出典:日本規格協会発行 JIS Z 8050:2016 (ISO/IEC Guide 50:2014)「安全側面-規格及びその他の仕様書における 子どもの安全の指針」

 なお、この「Guide 50」については、公益社団法人 日本技術士会登録「子どもの安全研究グループ」が翻訳とJIS原案作成に関わってきた。現在この規格を分かりやすく解説して普及する活動を行っている。同会のウェブサイトにその解説の一部を紹介しているので参照されたい。

キッズデザインの理念

 2011年、経済産業省によって「キッズデザインの基本的な考え方」が発表された。キッズデザインとは、子どもが安全かつ感性豊かに育つための社会環境を、デザインを通じて整備し、同時に出産や子育てを支援し、子どもを産み育てやすい社会環境をデザインを通じて整備することであるとされ、以下の項目が挙げられている。

1. 子どもの視点をデザインに取り入れることで、製品・環境・サービスの価値を継続的に発展させること

2. 子どもが接触しうるすべての製品・環境・サービスを対象とすること

3. 年齢ごとの子ども特有の身体特性、行動特性を理解し、事例やデータに基づいたデザインを実践すること

4. 子どもの正常な発育・発達において自然に起こり得る行為においても、重篤な事故につながらないデザインを実践すること

5. 子どもの発育・発達に必要な自発的、創造的な行為を積極的に促す工夫をすること

6. 子どもを産む者、子育てする者を支援し、子どもを産み育てる喜びをデザインの力で広めること

7. 製品・環境・サービスの企画、調達、生産から運用に至るまで、子どもの発育・発達を阻害する要因の排除に努めること

8. 子どもに関する情報を共有し、デザインへ還元するために協働すること

キッズデザイン宣言

 NPO法人 キッズデザイン協議会は、2017年6月にキッズデザインの理念を示した「キッズデザイン宣言」を発表している。以下がその宣言文である。

・出産、育児と働くことがどちらも喜びであるよう、考え、実践します。

・子どもと過ごす時間が豊かなものであるよう、行動します。

・子育てに関する情報へのアクセスをわかりやすく、容易にします。

・子どもとともにいつでも、どこでも外出したくなる環境をつくります。

・子育てする人すべてが交流と支援を享受できる場づくりをサポートします。

・コミュニティが支える子育ての大切さを共有し、その支援を行います。

・地域と社会の若者や高齢者と、子どもが接する機会を増やします。

・子どもにとっての遊びと学びの普遍と変化を研究し、開発し、実践します。

・子どもが自発的、継続的に体験、経験を積める機会をたくさんつくります。

・不慮の事故による子どもの犠牲をゼロにする努力をします。

おわりに

 子どもの傷害は、あちこちで、日々、多発している。傷害は、原因、ケガの種類、重症度などそれぞれ個別性が強く、一口に予防と言っても多方面からのアプローチが必要である。いろいろな分野の人に、それぞれが担ってもらうべき活動を個別に示すことはむずかしい。そこで、基本的な考え方や原則を明示しておく必要があると考え、傷害予防に関する憲章、宣言、ガイドラインなどを紹介した。基本的な概念は、無味乾燥なものと思われるかもしれないが、概念を確立しておけばどんな傷害に対しても適切に対応できるようになる。

 子どもの傷害予防に関わる人は、この憲章を度々読み返していただき、この憲章に不足している視点、記述があればご指摘いただきたい。いずれは憲法のように、誰もが納得でき、適切な行動指針となる憲章となって広く認知されることを望んでいる。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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