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電気ケトルによるやけどを予防するために

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
イラスト:久保田 修康

 2018年2月5日、消費者庁から電気ケトルによるやけどについて発表があった(「記事1」参照)。新聞やネットニュースを見ると、十数行の記事として小さく載っている。記事には、「電気ケトルは乳幼児から離れたところで使用して、と消費者庁が注意を呼びかけている」とある。これを読んで、納得することができるだろうか? 

 新聞の過去記事を検索してみると、2010年6月9日に国民生活センターから下記のような発表があり、ここにも同センターの話として、「子どもの手の届きそうな場所では使用しないでほしい」とある(「記事2」参照)。今回とまったく同じ内容の警告が、すでに8年前に出されていたのである。

 乳幼児とは0歳から6歳未満をいうが、生まれて数か月の赤ちゃんと5歳児に同じ対応でいいのか?「乳幼児から離れたところ」、「子どもの手が届きそうなところ」とは、一体どれくらいの距離を指しているのだろう?何メートル以上離れていれば安全なのか?

記事1

電気ケトル、熱湯に注意=子どものやけど7年で241件−消費者庁

2018.02.05 時事通信

 

 電気ケトルやポットによる子どもの事故が相次いでいるとして、消費者庁が注意喚起している。重いやけどのほとんどが2歳以下であることから、同庁は「乳幼児から離れたところで使用して」と呼び掛けた。

 同庁は2010年12月以降に医療機関から寄せられた子ども(0~14歳)の事故情報を分析。ケトルやポットの事故は7年で241件あった。沸騰時の蒸気に触れたり、コードに引っかかり熱湯をかぶったりするケースが多いという。

 入院を要する中等症以上のやけどは56件(23.2%)起きており、暖房器具(9.3%)や炊飯器(8.2%)より高い割合だ。このうち0歳が半数、2歳以下では9割を占めた。

 子どもの事故の多発を受け、メーカー各社は安全対策を強化した。蒸気が外に出なかったり、倒れてもお湯がこぼれなかったりする構造の製品を販売。消費者庁もこうした製品の使用を推奨している。 

 岡村和美長官は記者会見で「子どもは自分で身を守ることが難しいので、周りの人が配慮してほしい」と強調した。

記事2

電気ケトル やけどに注意

2010.06.11 共同通信

 国民生活センターは9日、電気ケトルと呼ばれる電気湯沸かし器を使った消費者から「蒸気や熱湯が噴き出た」などとするやけどの事故例が寄せられているとして、注意を呼び掛けた。ケトル7銘柄の商品テストを実施した結果、給湯ロック機能が付いていない2銘柄は、倒れた際に注ぎ口や上ぶた部分から湯が大量にこぼれた。また満水の目盛り以上の湯を沸かすと、5銘柄で湯が噴き出た。本体側面が70度以上に熱くなるものもあり、同センターは子どもの手の届きそうな場所では使用しないでほしいとしている。

 電気ケトルは近年、必要な量の湯を手軽に早く沸かすことができるとして市場が急拡大。同センターは安全にかかわる規格や基準を検討するよう業界団体に要望した。

電気ケトルとは

 電気ケトルは、わが国では2000年代後半から市販されるようになった。それまで、お湯を沸かす器具はやかんと電気ポットであった。やかんは、火が使われる場所でのみ使用される。電気ポットは、電気でお湯を沸かし、保温機能がついている。持ち運びできるが、重いために決まった場所に置いて使用される場合が多い。お湯を出すために電気ポットの押しボタンを子どもが押し、熱湯が子どもの足や手にかかるやけどが多発したため、ポットの押しボタンをロックする機能がつき(1998年:JIS C 9213)、転倒時の湯漏れを50ml以下にする転倒流水試験基準(1998年:JIS C 9213)が設けられた。

 電気ケトルの特徴は、小さくて軽く、どこにでも持ち運ぶことができ、どこでもお湯を沸かせ、短時間に熱湯が得られることである。お湯の注ぎ口は大きい。最近は、電気ポットより電気ケトルの販売数が多くなっている。

 

電気ケトルによるやけど

 電気ケトルによるやけどは、以前からよく知られている。重症度も高い。どのようにして重症のやけどになるのかを見てみると、「居間の床に電気ケトルを置いて、スイッチを入れた。玄関のチャイムが鳴ったので、急いで玄関に出た。母を追ってハイハイしてきた生後11か月の子どもが電気ケトルにぶつかり、ケトルが倒れて熱湯がこぼれ出た。子どもはその場から逃げることができず、腹部の広い範囲が熱湯に浸かったままとなった。入院し、皮膚移植が行われ、1年間の医療費は500万円以上かかった」、「6歳児が、実家の部屋の中で従弟と追いかけっこをしていた。テーブルの上に電気ケトルが置かれ、コードは壁のコンセントにさされていた。走ってきた子どもがコードに引っかかり、卓上の電気ケトルが倒れ、子どもの体幹に熱湯がかかった」などの状況でやけどが起こっている(日本小児科学会 傷害速報No.28)。熱湯によるやけどは重症になることが多く、皮膚には跡が残り、治療期間も長くかかる。

電気ケトルの転倒実験

 電気ケトルによる重度のやけどが多発しているため、メーカーに電話して対策を要請した。メーカーの担当者からは「うちの電気ケトルは倒れません」という回答を得た。そこで、10社の電気ケトルを購入し、ハイハイしている子どもが床上に置かれた電気ケトルにぶつかったとき、ケトルが転倒するかどうかを産業技術総合研究所で実験した。すべての電気ケトルが転倒した。また、電気ケトルが転倒したときの熱湯の広がりの速さと面積も検討した。わずか5秒で、入院を必要とする範囲に熱湯が広がることがわかった。この結果をNHKニュースで報道してもらった(2012年10月22日)。

 そのころ、一部の電気ケトルには湯漏れ防止機能がつけられて販売されていた。この電気ケトルを使用すれば、やけどの頻度や重症度を軽減することができる。

あるべき報道内容とは

 同じ事故が、以前と同じように起こっている(下記の消費者庁資料、日本小児科学会 傷害速報No.28類似例)。消費者に注意を呼びかけても、効果がないことはデータが示しているとおりである。小さな記事ではよくわからないので、消費者庁が平成29年12月13日に発表した資料を読み直してみた。電気ケトル等によるやけどを予防するために、次のような予防策を提示している。

(1) 乳幼児の行動範囲で、製品を使用しないようにしましょう。

(2) 乳幼児が、使用中の製品へ近付かない対策を実施しましょう。

(3) 電気ケトル等の容器には熱湯が入っていることに注意しましょう。

(4) 安全に配慮された製品を利用しましょう。

 (1)と(2)については、一般家庭で完璧に実行することはできない。家庭内はすべて子どもの行動範囲であり、ずっと目を離さないでいることもできない。(3)についても、0-3歳児では注意することはできない。唯一、予防効果があるのは(4)である。

 今回の消費者庁の発表は、(1)から(4)について述べられたと思われるが、記事としては(1)と(2)のみが取り上げられた。消費者庁の担当者が(1)と(2)を強調したのかもしれないが、取材した記者は、消費者庁の発表内容を鵜呑みにして報道するのではなく、何が予防として有効なのかを見極める必要がある。

 今回の記事は、たとえば下記のように報道されるべきであると私は考えている。

「消費者庁は、電気ケトルによるやけどが相変わらず多発していると発表し、やけどを予防するためには湯漏れ防止機能付きの電気ケトルを使用するよう強く勧めている。さらに、電気ポットのJISと同じように、電気ケトルについても湯漏れ防止機能を早急にJIS化する必要があると指摘している」

【参 照】

消費者庁:Vol.110電気ケトルの転倒によるやけどにご注意!(2012年11月8日)

消費者庁:電気ケトルの転倒等による乳幼児の熱傷事故にご注意ください(2012年11月28日)

消費者庁:Vol.309 電気ケトルでのやけどに注意!(2016年10月6日)

消費者庁:「炊飯器や電気ケトル等による、乳幼児のやけど事故に御注意ください」 -使用環境に注意し、安全に配慮された製品で事故防止を-(2017年12月13日)

Safe Kids Japan:子どものやけどを予防するために

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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