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【幕末こぼれ話】「誠」の武士団・新選組が一番得意なのは、酒に酔わせて暗殺することだった?

山村竜也歴史作家、時代考証家
新選組の「誠」の旗(筆者撮影)

 新選組は「誠」の一字を隊旗に標榜していたことでもわかるように、「誠意」や「真心」を大事にした武士団だった。それゆえ、現在でも彼らに心酔する歴史ファンは数多い。

 しかし、実際には近藤勇や土方歳三は、隊の重要な局面で相手を酒に酔わせて暗殺するという手段を多用している。例えば芹沢鴨、そして伊東甲子太郎――。

 はたして新選組は「誠」の武士団か、それとも卑劣な暗殺集団だったのか。

芹沢鴨を泥酔させた土方歳三

 芹沢鴨は新選組(壬生浪士)結成以来、筆頭局長をつとめていたが、京都市中の商家を焼き討ちするなど、乱暴な行為が目立った。新選組を配下に置く会津藩からも、なんとか処置をするように命じられ、ついに近藤は芹沢を殺害することを決意する。

 殺害といっても、芹沢は神道無念流の達人であったから、簡単にできるものではない。そこで近藤は、芹沢を酒に酔わせ、寝入ったところを襲うことにした。

 決行は、文久3年(1863)9月16日。その日、新選組の大宴会が島原の角屋で行われ、いい気分で酔った芹沢は子分の平山五郎、平間重助を連れて壬生に帰り、それぞれの馴染みの女も呼んで屯所で飲み直した。

 しかしこの時、なぜか土方歳三も着いてきており、屯所での飲み直しに加わっていたことに芹沢は注意するべきだった。隊士永倉新八の証言では、

「そこへ土方もやってきて、胸に秘策をしまってしきりに芹沢に酒を強ゆ」(「新撰組顛末記」)

 とある。芹沢に油断があったのか、土方の演技がよほどうまかったのか、芹沢は土方の進めるままに酒を飲み、やがて泥酔状態となった。すると頃合いよしとみた土方は、

「もはや夜更けにも相成るにつき、座を開くべし」(「浪士文久報国記事」)

 といってお開きにし、芹沢ら3人を寝床に向わせたのだった。

 土方はいったん去って表に出、あらかじめ刺客に選ばれていた沖田総司、山南敬助、原田左之助の3人と合流する。そして芹沢らが寝入った頃をみはからって4人で突入し、芹沢および平山を襲撃した。

 さすがの芹沢も、これだけ飲まされた上に奇襲をかけられては反撃もままならず、あえなく斬殺された。芹沢に致命傷の一撃を加えたのは、直前まで酒を酌み交わしていた土方自身であり、なんとしても芹沢を亡き者にしようという執念が伝わってくる。

尊攘派に寝返った伊東甲子太郎

 芹沢一派の排除により新選組を掌握した近藤らだったが、元治元年(1864)の池田屋事件のあと、新たな火種が入隊した。文武両道の達人、伊東甲子太郎である。

 伊東はもともと尊王攘夷論者であったから、佐幕派の新選組に加わったことには違和感があるが、入隊後に自分の力で隊を尊攘派に塗り替えようと考えていたのだった。

 しかし、やはり近藤、土方の進める強硬な佐幕路線を崩すことはできず、本来の尊攘運動に尽くすため、慶応3年(1867)3月に同志十余人を引き連れて新選組を脱退した。もちろん近藤、土方に対しては本心を明かさず、孝明天皇の御陵衛士をつとめるために隊から分離するという名目で脱退にこぎつけた。

 その後しばらくは伊東らに目立った動きはなかったが、実は御陵衛士には近藤の意を受けた斎藤一がスパイとして加わっており、この斎藤から重大な報告がもたらされた。

「近藤勇はじめそのほか役人残らず殺害いたし、自分(伊東)が新選組大隊長となる」(「浪士文久報国記事」)

 という計画である。これを知った土方は激怒して、御陵衛士の屯所を大砲と鉄砲で襲撃し、一気に決着をつけようと主張したが、近藤が制止した。

「その策はあまり大騒ぎなり。謀計をもって鏖殺せん」(西村兼文「壬生浪士始末記」)

 鏖殺(おうさつ)というのは皆殺しという意味だから、実際にはたいした違いはないのだが、近藤は新選組の常套手段である酒を飲ませての謀殺を選択した。芹沢鴨の時の成功体験が、近藤の脳裏には浮かんでいたのだろう。

 11月18日、斎藤がスパイであることを知らない伊東は、かねてから新選組に申し入れていた借用金300両の用意ができたとの言葉にだまされ、近藤の妾宅におもむいた。そこで近藤、土方らに歓待を受け、さんざんに飲まされた伊東は、帰り道に待ち伏せていた大石鍬次郎らの刺客によって斬殺されたのだった。

 本来ならばこのようなことがあるのも予想できたはずなのに、伊東はあまりに油断しすぎていた。裏を返せば、それだけ近藤、土方らの演技が上手だったことになる。恐るべきは近藤らの演技力ということか。

 芹沢鴨、伊東甲子太郎という強敵を排除するために、酒を飲ませて謀殺する手段を用いた新選組――。あまり褒められたことではないかもしれないが、綺麗ごとをいっていては勝機を失い敗北者となる。

 近藤、土方の行動が、「誠」の精神に反していたかどうかは、畢竟、私たちが各人で判断するしかないということだろう。

歴史作家、時代考証家

1961年東京都生まれ。中央大学卒業。歴史作家、時代考証家。幕末維新史を中心に著書の執筆、時代劇の考証、講演活動などを積極的に展開する。著書に『幕末維新 解剖図鑑』(エクスナレッジ)、『世界一よくわかる幕末維新』『世界一よくわかる新選組』『世界一よくわかる坂本龍馬』(祥伝社)、『幕末武士の京都グルメ日記』(幻冬舎)など多数。時代考証および資料提供作品にNHK大河ドラマ「新選組!」「龍馬伝」「八重の桜」「西鄕どん」、NHK時代劇「新選組血風録」「小吉の女房」「雲霧仁左衛門6」、NHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」、映画「燃えよ剣」「HOKUSAI」、アニメ「活撃 刀剣乱舞」など多数がある。

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