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「がんが消える」を信じてしまう患者、医師とのすれ違いが起きる理由

山本健人消化器外科専門医
(写真:アフロ)

東京の健康食品販売会社の社長ら4人が、「がん細胞が自滅する」などと効能を宣伝し、がん患者に健康食品を高額で販売していたとして逮捕されました。

同社は「フコイダン」という成分が含まれた原価約3000円の商品を5万円を超す値段で販売。

3年間に28億円余りを売り上げていました

このように、がん患者さんを相手に医学的根拠のない治療を高額で提供し、利益をあげる業者は後を絶ちません

そもそも、数々の臨床試験で効果が立証された治療(「標準治療」と呼ぶ)は、日本では保険適用されています

有効性が確かであるほど、自己負担額は法外なほど高くはないのです。

消費者側がこうした悪質な手口から身を守るためにも、きちんと知識を持っておく必要があります。

(標準治療についてはこちらの記事で詳しく解説しています)

しかし、実はこのことを理解されている方の中にも、実際に自分ががんになると、

「もっと劇的な効果を持つ、自分のがんが消えてしまうような、そんな治療がどこかにあるのではないか?」

と、非標準的な(医学的根拠に乏しく、時に高額な)治療に期待してしまう方が多くいるのも事実です。

なぜでしょうか?

本当に困った時は誰しも「藁にもすがる」思いになるものだから、でしょうか?

他のサービス業と同様に、高いお金を出せばもっといいサービスが受けられると考える人が多いから、でしょうか?

私はそれ以上に、医師―患者間でがん治療に対する考え方に大きな食い違いがあることが原因だと考えています。

がん治療に対する期待の差

近年、がん治療はすさまじい進歩を見せています。

このたった10年間だけを見ても、昔では考えられないほど治療の選択肢は増えました。

一例として、大腸がんの抗がん剤治療について見てみましょう。

有効な抗がん剤治療がなかった頃、切除不能なステージ4の大腸がんの生存期間中央値(いわゆる「余命」)は約8ヶ月とされていました。

抗がん剤治療をしても生きられるのは1年未満、というのが常識だった時代があったのです。

しかし、年々治療が進歩し、ついに今では生存期間中央値が2年半に到達するようになりました

これは、紛れもなく飛躍的な進歩です。

もし20年前の医師がタイムマシンで現代にやって来てこのことを知ったら、きっと仰天してしまうでしょう。

ところが、一般的な患者さんはこの「進歩」をどう捉えるでしょうか?

「もともと1年未満だったものが2年半になった」と言われても、

「がんが治ってしまうような特効薬が出たわけでもないし、生存期間が少し伸びただけで何が『飛躍的』だ」

と思う方は多くいるはずです。

治療の進歩に喝采する医師らとの間に、大きな温度差があるのです。

思い描く到達目標地点が異なる

がんという病気はあまりにも複雑怪奇です。

これまでの人類が戦ってきた病気の中でも、圧倒的に「戦いづらい」相手と言えるでしょう。

同じ種類のがんなのに、患者さんによって性質がかなり違う、といったことはよくあります。

それどころか、同じ患者さんの体内にあるがんの内部にも、抗がん剤が効くものと効かないものが混在している、といった「不均一性(heterogeneity)」もあります。

生物学的な視点で見ても、全てのがんを今後短期間で制圧することは極めて困難です。

それほどがんは厄介な病気です。

そうしたがんという病気に対して、日々医師や医学研究者らが、

少しずつ生きられる期間を延ばしていくこと

がんと共に生きる方のサポートの質を高めること

を目指して努力しています。

インフルエンザをすっきり治したり、膝のすり傷をすっかり元の状態に戻したりするのとは、ずいぶん「戦い方」は違います。

この違いをあまり意識していない患者さんの目には、数ヶ月の生存期間を延ばすことに全力を尽くす医師はどう映るでしょうか?

きっと、その「懸命な努力」は患者さんに評価してもらえないはずです。

医師と患者さんが思い描く「目標地点」は、あまりにも違うからです。

一方、こうした患者さんが「〇〇を飲めばがんが消える」といった美辞麗句を見れば、たとえ高額でもきっと魅力的に感じるでしょう。

こうした宣伝文句は、「患者さんが思い描く目標地点」にぴったり一致しているからです。

今のがん治療が目指す地点

もちろん、医師や医学研究者たちは、がんを完全に撲滅させられるような治療薬の開発を目指したいとも考えています。

そして、中には、一部の種類のがんでそうした治療が実現できているものもあります

しかし、前述した通り、同じ種類のがんでも患者さんによって顔つきはかなり異なります。

どれだけ優秀な薬であっても、よく効く人とあまり効かない人がどうしても現れます。

あくまで「がん」というのは、おびただしい種類の病気の「総称」にすぎません。

「たくさんの異なる病気を一つの万能薬で治そう」というのは無茶な話なのです。

そこで、「どの患者さんにどの治療がベストかを見分けるツールを見つける」というのが、近年の研究領域での一つの方向性です。

抗がん剤の種類が膨大に増える中で、患者さんごとにベストな選択肢を選べるような手法を確立しよう、というわけです。

この考え方を「プレシジョンメディシン」と呼びます。

がん治療に期待するものは、医師と患者さんの間でずいぶん異なります。

このことをお互いが知っておくことが、医師がベストな治療を患者さんに提供するための第一歩になると私は考えています。

(注)この記事の生存期間や予後は、切除不能ながん(固形がん)を想定して書いています。がんの種類や進行度が違えば事情も変わりますので、あくまで一例としてお考えください。

標準治療に対して疑問を持つ方が多い理由について、以下の記事でも説明しています。

>>がんの標準治療に疑問を感じる人はなぜ多いのか?個別化への理解

(参考)

大腸癌治療ガイドライン2019年版

消化器外科専門医

2010年京都大学医学部卒業。医師・医学博士。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、内視鏡外科技術認定医、がん治療認定医など。「外科医けいゆう」のペンネームで医療情報サイト「外科医の視点」を運営し、1200万PV超を記録。時事メディカルなどのウェブメディアで連載。一般向け講演なども精力的に行っている。著書にシリーズ累計21万部超の「すばらしい人体」「すばらしい医学」(ダイヤモンド社)、「医者が教える正しい病院のかかり方」(幻冬舎)など多数。

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