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ナイキの独壇場だった“厚底シューズ”ワールドに満を持してアシックスが参入した!

山口一臣THE POWER NEWS代表(ジャーナリスト)
“薄底”の本尊だったアシックスがついに“厚底”に舵を切った(写真提供アシックス)

“速く走る”ことより“長く走り続ける”がコンセプト

 日本最大のランニングイベント、東京マラソンを前に、老舗スポーツ用品メーカーのアシックスが「アシックス史上最も革新的な機能を搭載した」「70年にわたるアシックスのイノベーションの集大成」と銘打つ長距離用の新型ランニングシューズを発表した。昨日(2月28日)から、アシックス直営店、アシックスオンラインストアをはじめ、東京マラソンEXPO会場などで発売を開始した。27日に都内で行われた発表会に行って来た。

 名前はMETARIDE(メタライド)という。アシックススポーツ工学研究所が約2年がかりで研究・開発をしたものだという。それだけ聞いてもなんだか凄いシューズのような気がしてくる。コンセプトは「より少ないエネルギーで、より長く走り続ける」ことなんだそうだ。ん? 「より少ないエネルギーで」というのは、以前、どこかで聞いたことがあるような……。

 ただ、このシューズは“速く走る”ことはあまり強調していない。より少ない力で、より長く。速く走ることよりも、長く安全に走り続けることに力点を置いているようだ。しかし、少ないエネルギーで走れるということは、同じエネルギーで走れば自然と速く走れるという理屈にもなる。なんとなく「アレ」に似ているような気がしないでもない。

 新型シューズ開発にあたってアシックススポーツ工学研究所では、まずランナーが長距離を走るときにどこでいちばんエネルギーを使うのかを研究した。その結果、接地から蹴り出しまでの間で足首の角度(足の甲とスネの角度)が変わる(閉じたり開いたりする)ときにいちばんエネルギーを消費することがわかったという。そこで、足首の余計な曲げ伸ばしが少なくなるように設計することで、走行時のエネルギー消費を抑制することを試みた。

走行時のエネルギー消費を19%削減することに成功した!

 開発に携わったスポーツ工学研究所長の原野健一さん(アシックス執行役員)によれば、完成したMETARIDEは走行時のエネルギー消費を19%も削減したという。これは、凄い。

 しかも、原野所長がその根拠を科学的にわかりやすく説明してくれるので、非常に納得してしまう。いっそのこと「METARIDE19%」という名前にすれば、その目指すところがより一層わかりやすかったのに、と思ったりする。なにしろエネルギー消費が19%も少ないのだ。もっと強調してもいいのではないかッ!(ちょっと力が入りすぎた 笑)

 この省エネ走行を可能にした秘密はソールの構造にある。ここが、METARIDEの最大の特徴であり要チェックポイントだ。ミッドソール(甲被と靴底の間のクッション材)と靴底に軽量性や反発性に優れた独自素材を複数使った……などなど、ウンチクはいっぱいあるが、これまでのアシックスのシューズと決定的に違うのは、ソールが船底のように反り返っていて、つま先部分の硬度を高めて曲がらないようにしていることだ。

厚底でつま先がググっと反り上がっている(写真提供アシックス)
厚底でつま先がググっと反り上がっている(写真提供アシックス)

 一般のシューズはつま先部分に力を入れるとグニュっと折り曲がる(写真下)。私が前に履いていたアシックスのSKYSENSORやTARTHERZEALなどもみんなそうだった。ところが、このMETARIDEはつま先が曲がらない。しかも、そのつま先部分は横から見るとググッと反り上がっていて、地面との間に相当な空間ができている。そのため、少し前傾姿勢をとると前のめりになるような感覚になり、走り出すとまるでシューズが前へ前へと連れて行ってくれるようになるというのである。

私が愛用していた薄底のスカイセンサー(筆者撮影)
私が愛用していた薄底のスカイセンサー(筆者撮影)

これはランニング界を揺るがす衝撃のニュースなのだ!

 んんんんん? ソールが船底のように反り返っていて、シューズが勝手に前へ進んで行く! ここまでの説明を聞いたランナーなら、誰もが頭に思い浮かべるのは「アレ」だろう。そう、2017年の発売以来、「記録を塗り替える魔法のシューズ」として世界を席巻してきたナイキの厚底シューズ、ズーム ヴェイパーフライ4%だ。それまで上級ランナーのシューズは“薄底”と思われていた常識を覆して、結果を出し続けてきた。その“厚底ワールド”に、ついに、なんと、あの伝統のアシックスが参入するということなのだ。これはなかなか凄いニュースである。

(参考記事)記録を伸ばす革命的シューズ「ヴェイパーフライ4%」 ナイキが明かした「厚底」の秘密

 前出の原野所長も「ここだけ聞くと二番煎じじゃないかと思われるかもしれませんが……」とおっしゃっていたので、やはり「ここ」は「アレ」を意識しているということだろう。だが、シューズをつくり続けて70年、さすが伝統のアシックスだ。「“ここ”はMETARIDEの全機能のほんの一部でしかありません」(原野所長)と豪語するだけあって、さまざまな機能がてんこ盛りなのだ。

 例えば、スムーズな体重移動と足の運びをサポートするガイドソールや、かかとのグラつきを抑えるヒールカウンター、グリップ性に富んだソール……などなど。一回聞いただけではとても覚えきれない。

 ところで、同じ厚底シューズの仲間といっても、METARIDEとナイキのヴェイパーフライ4%とは根本的な違いがある。ヴェイパーフライ4%は世界記録保持者のエリウド・キプチョゲ選手や日本記録保持者の大迫傑選手といったトップアスリートが着用しているのに対して、METARIDEはもうちょっと広い一般ランナー層を狙っている。速く走るためではなく、長く走るためというのは、そういうことだ。重さもヴェイパーフライ4%は200gを切る超軽量だが、METARIDEは約305g(US 9サイズ)あるから、マラソンの上位選手がレースで履くタイプのシューズではない。

ヒールストライクのランナーでも履ける安心感……

 もうひとつの大きな違いは、ヴェイパーフライ4%はつま先から着地するフォアフットもしくはミッドフット走法(足裏全体での着地)が奨励されているが、METARIDEはかかとから着地するヒールストライク走法を前提に設計されているということだ。そのため、シューズのかかと部分にゲルと呼ばれる緩衝材が注入されている。接地時の衝撃を抑える効果があるという。これはちょっと嬉しいかもしれない。

 というのも日本人ランナーの多くはヒールストライクで走っているからだ。フォアフットは体得するには少々、練習が必要なのだ。大迫選手は美しいフォアフット走法で日本新記録をものにしたが、誰でも簡単にできるわけではない。私も意識して練習してだいぶできるようになったが、レース後半で疲れてくるとかかとから落ちていることがある。いずれにせよ、METARIDEはかかと着地を前提に体重移動で前へ推し進める特徴があるということは覚えておこう。

東京マラソンEXPOに展示してある巨大METARIDE(筆者撮影)
東京マラソンEXPOに展示してある巨大METARIDE(筆者撮影)

 実際に試着用のMETARIDEを履いてみた。かかとがしっかりサポートされ、フィット感もなかなかいい。立ち上がって少し前傾すると、自然と前へ一歩踏み出したくなる。TARTHERZEALに代表されるアシックスの薄底シューズの愛用者にはかなり違和感があるかもしれない。この前のめり感は、私がヴェイパーフライ4%の普及版であるズームフライを初めて履いたときと似たような感覚だ。ただ、ソールの質感がかなり違う。現時点ではそれを正確に言語化する自信がないので、いずれまた。そのうち、いろいろな人のレビューがネットにあがってくるだろう。

 そんなわけで、非常に興味深いシューズではあるがネックが1点、価格である。メーカー希望価格が2万7000円(税抜き)とちょいとお高い。まあ、いろいろな機能がてんこ盛りなので仕方ないのだろうが……。ただし、アシックスの廣田康人社長の話によれば、同じコンセプトと構造を取り入れたラインナップをこの秋以降、拡大していくということなので、リーズナブルな普及版とともに、トップアスリート向けモデルの登場にも期待したい。

 実物を触ってみたい人は、いまちょうど東京マラソンEXPOをやっているので、ぜひどうぞ(3月2日まで)。

THE POWER NEWS代表(ジャーナリスト)

1961年東京生まれ。ランナー&ゴルファー(フルマラソンの自己ベストは3時間41分19秒)。早稲田大学第一文学部卒、週刊ゴルフダイジェスト記者を経て朝日新聞社へ中途入社。週刊朝日記者として9.11テロを、同誌編集長として3.11大震災を取材する。週刊誌歴約30年。この間、テレビやラジオのコメンテーターなども務める。2016年11月末で朝日新聞社を退職し、東京・新橋で株式会社POWER NEWSを起業。政治、経済、事件、ランニングのほか、最近は新技術や技術系ベンチャーの取材にハマっている。ほか、公益社団法人日本ジャーナリスト協会運営委員、宣伝会議「編集ライター養成講座」専任講師など。

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