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「ムーミン問題」に見る受験の未来〜問われる学力はどう変化していくのか

矢萩邦彦アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授
(写真:ロイター/アフロ)

2018年度センター試験1日目の地理Bにおいて出題されたアニメ『ムーミン』の舞台を問う問題が物議を醸している。2016年にも国語の評論に着せ替え人形「リカちゃん」が登場して、公式Twitterが荒れるという現象があった。センター試験では国語を中心に一部の受験生による炎上が起きることがあるが、大半は問題文中にある根拠やヒントから解答できるもので、暗記だけに頼っている受験生や、知らない言葉や目立つ言葉に過剰に反応してしまう受験生にとって解答が困難だったことが原因と考えられる。はたして今年の「ムーミン問題」はどうだったのだろうか。

●「ムーミン問題」への批判

「ムーミンに人生狂わされました」「絶対に許さない。今すぐ国籍をノルウェーに変えろ。」試験終了後、一部の受験生がムーミンのTwitter公式アカウントに自分の不正解をムーミンのせいにする恨み言をリプライ。その後受験生以外も巻き込んで、一時「ムーミン」と「センター地理」がTwitterのトレンドワードに上がるほどに炎上した。公式アカウントの冷静かつ好感の持てる対応でムーミン自体に対する八つ当たりは落ち着いたものの、問題自体に瑕疵がなかったかという議論が広まった。

論点としては以下の二つがある。

まず、出題自体について。「地理というかクイズだと思う」「そんな雑学が必要なのかな?」これらはYahoo!ニュースに寄せられたコメントの一部であるが、「ムーミン」は教科書外の知識であり、一般常識と言うには受験生世代には馴染みがない。地理の実力を問う共通試験には相応しくない雑学クイズである、という指摘に共感が集まった。

次に、物語設定について。「ムーミン」の舞台はフィンランドではなく「ムーミン谷」であるという指摘も共感を集めた。「ムーミン」の原作者トーベ・ヤンソンがスウェーデン系フィンランド人であったことも問題視され、実際舞台やそのモデルとなった地域がどこだったのかは分からない。

設定が不明なまま出題されたとすれば確かに問題作成者側に瑕疵があることは認めざるを得ない。しかし、だからといってこの問題を「悪問」として片付けてしまうのは、本質的ではない。問題作成者の意図はどこにあったのか、受験生はどう対応すれば良かったのか、そしてどのようにすれば受け入れられる問題になったのかについて考えてみたい。

●「ムーミン」を知らなければ解けなかったのか?

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まず、この問題が地理の知識で解くことができなかったかどうかを検証したい。問題を見ると、選択するアニメは「ムーミン」と「小さなバイキング ビッケ」の2作品である。「ムーミン」が目立ちすぎているが、この中で使われている普通名詞は「バイキング」だけであり、これを根拠に解答するのが自然だろう。バイキングは8世紀から11世紀にかけてデンマークやスカンジナビア半島を拠点にヨーロッパ西海岸で活動した海賊で民族的にはノルマン人やデーン人が多かった。海賊が拠点にしやすかった立地だけで考えても「バイキング」が「ノルウェー」であることは推測できたはずだ。

二択の問題では、正解を見つけても間違いを見つけても解答できる。「ムーミン」も「ビッケ」も「バイキング」も知らないのであれば仕方がないが、少なくともバイキングの知識があれば解答できるようになっていたわけだ。「ムーミン」や「ビッケ」を知っていたならその受験生がラッキーだっただけだ。

もう一つの選択肢である各国の言語についても、立地的にノルウェーとスウェーデンが近いことを考えれば、似た言語の方がノルウェーであると推測できる。その上、挿絵のトナカイからもフィンランドを連想できるようにもしてある。

つまり、この問題はスカンジナビア半島の地理を知っていれば解答できた問題であり、地理の問題として成立している。ただ、雑学クイズ的にも解答ができる多面性があったに過ぎない。出題者の意図は、あくまで地理の知識で解答できるが、解答のプロセスに多様性を持たせたのだと考えられる。

●「正解」を選ぶ問題から「最適解」を選ぶ問題へ

次に、設定について。これに関しては、改善の余地があると考える。出題者の意図を鑑みれば、このようなツッコミは本質的ではないかもしれないが、やはり「ノルウェーとフィンランドを舞台にしたアニメーション」と明言してしまったことは、共通テストとしての信頼を欠きかねない。当然、設定の裏取りをすることが求められるが、せめて問題文において「ノルウェーとフィンランドに関係の深いアニメーション」のような表記にすべきだっただろう。

また、出題では「フィンランドに関するアニメーションと言語の正しい組み合わせ」を一つ選べとなっている。この問い方も一部の人を怒らせてしまっている原因ではないか。「フィンランドに関係の深いアニメーションと言語の組み合わせとして最も適当なものを選べ」と書いていれば、恐らくこんなに炎上することもなかったのではないか。

他に間違ってはいない選択肢があっても、より適当と言える選択肢が正解となる。国語分野では見慣れた問い方だが、国語以外の教科では、やはり1つの問いに対して正解が1つあることに出題者も受験生も縛られているように感じる。従来型の受験勉強においてはそれで良かったかもしれないが、答えが一つとは限らない問題に対応する力が求められているのは社会人だけではない。

●不確実性社会で求められる力

文部科学省によれば、2020年の入試改革後の大学入学共通テストでは「知識・技能」だけでなく「思考力・判断力・表現力」が問われることが想定されている。「不確実性」「予測不可能性」社会と言われる昨今、「思考力・判断力・表現力」と「主体性・多様性・協働性」というキーワードは受験業界でも散見するようになってきた。それらの力は「知識・技能」に比べて身につけるために時間がかかると言われる。

一部小中学校においても情報の収集・編集・発表などの作業を通して、答えのない方法に向き合う時間を設けたり、また「探究型」と言われる学習方法を取り入れる私塾なども台頭してきたが、まだまだ一般的とはいえない。「受験に役に立つかどうか」という判断基準で学習方法を選択する保護者や受験生が大半である。大学入試が具体的に変化することで、ようやく教育業界全体が大きくシフトすることになる。

以上の情勢から「ムーミン問題」のような出題は大学受験に留まらず、中学受験や高校受験においても、今後増加していくのではないかと考えられる。知っている知識をいかに活用して、現状での最適解を導くか。そういう思考を身につけるためにも、「ムーミン問題」のような出題をどのように受け入れ、向き合っていくか、まず大人の姿勢が次の受験生たちに影響を与える。せっかく話題になった問題が一方的な批判で流されてしまわないことを切に願う。(矢萩邦彦/知窓学舎教養の未来研究所

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アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授

1995年より教育・アート・ジャーナリズムの現場でパラレルキャリア×プレイングマネージャとしてのキャリアを積み、1つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を探究するアルスコンビネーター。2万人を超える直接指導経験を活かし「受験×探究」をコンセプトにした学習塾『知窓学舎』を運営。主宰する『教養の未来研究所』では企業や学校と連携し、これからの時代を豊かに生きるための「リベラルアーツ」と「日常と非日常の再編集」をテーマに、住まい・学校職場環境・サードプレイス・旅のトータルデザインに取り組んでいる。近著『正解のない教室』(朝日新聞出版)◆ご依頼はこちらまで:yahagi@aftermode.com

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