人はなぜ自殺に至るのか-労災認定基準の観点から

さて、理化学研究所の研究者の自殺が話題に上っていますが、海外のメディアが「詰め腹を切る」雰囲気で取り上げたりして(2014.8.5ウオールストリートジャーナル)、混乱している部分もあります。遺書があるので、そこに動機に関する何らかの手がかりがある可能性もありますが、プライベート領域なので全面的な公開は期待すべくもありません。

筆者は心理学や精神医学の専門家ではありませんが、メンタル疾患の労災申請や訴訟については日々関わっているので、そういう実務家の立場からいくつか確認しておきたいと思います。

うつ病の症状

WHOが策定した『ICD-10 精神及び行動の障害 -臨床記述と診断ガイドライン-』(日本語訳は医学書院より出版。5000円もしますが)では、いわゆる「うつ病」について下記のような記載があります。

F32 うつ病エピソード

以下に記述される3種類すべての典型的な抑うつのエピソード〔軽症(F32.0)、中等症(F32.1)、及び重症(F32.2とF32.3)〕では、患者は通常、抑うつ気分、興味と喜びの喪失、および活動性の減退による易疲労感の増大や活動性の減少に悩まされる。わずかに頑張ったあとでも、ひどく疲労を感じることがふつうである。他の一般的な症状には以下のものがある。

(a) 集中力と注意力の減退。

(b) 自己評価と自信の低下。

(c) 罪責感と無価値感(軽症エピソードにも見られる)。

(d) 将来に対する希望のない悲観的な見方。

(e) 自傷あるいは自殺の観念や行為。

(f) 睡眠障害。

(g) 食欲不振。

(後略)

つまり、うつ病という脳(臓器)の疾患の典型的な症状として、死ななければならない気持ち(希死念慮などと言います)や自殺そのものが発生する、ということなのです。恐ろしい病気ですね。

労災認定行政における自殺の扱い

労働者災害補償保険法(労災保険法)では「労働者災害補償保険は、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行う」ものとされ、つまるところ労働者の「業務上」の負傷、疾病、障害、死亡であれば労災として補償を受けられることになります。この際、負傷等について労働者に過失があっても構いません。しかし、自殺が決意の末のもの(例えば最近でもチベットで僧侶が政治的な抗議のために自殺したりしてますね)であれば、業務と死亡は因果関係がないことになり、労災保険の対象とはなりません。お坊さんでも、宗教法人から賃金を得ている労働者の場合は、例えば仏像が倒れてきて下敷きになって亡くなれば労災になります。

では、いわゆる「過労自殺」とは何なのでしょうか。精神障害に関する労災認定については、厚生労働省で「心理的負荷による精神障害の認定基準」が策定されており、自殺について以下のように定めています。

業務によりICD-10のF0からF4に分類される精神障害を発病したと認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定し、業務起因性を認める。

結局、うつ病など、自殺に至る可能性のある精神障害が業務上の事由により発生し、そのうつ病などの症状として自殺に至った場合は労災に認定されるわけです。

うつ病などが「業務上」とされるのはどんな場合か

興味のある方は上記厚労省のページで詳しく読んで頂ければと思いますが、例えば下記のような場合は心理的負荷が「強」とされ、多くの場合、その出来事の後に発症したうつ病などは労災性のものと扱われます。

  • 会社の経営に影響するなどの重大な仕事上のミス(倒産を招きかねないミス、大幅な業績悪化に繋がるミス、会社の信用を著しく傷つけるミス等)をし、事後対応にも当たった
  • 「会社の経営に影響するなどの重大な仕事上のミス」とまでは言えないが、その事後対応に多大な労力を費した(懲戒処分、降格、月給額を超える賠償責任の追及等重いペナルティを課された、職場の人間関係が著しく悪化した等を含む)
  • 重大な事故、事件(倒産を招きかねない事態や大幅な業績悪化に繋がる事態、会社の信用を著しく傷つける事態、他人を死亡させ、又は生死に関わるケガを負わせる事態等)の責任(監督責任等)を問われ、事後対応に多大な労力を費した
  • 重大とまではいえない事故、事件ではあるが、その責任(監督責任等)を問われ、立場や職責を大きく上回る事後対応を行った(減給、降格等の重いペナルティが課された等を含む)
  • 顧客や取引先から重大なクレーム(大口の顧客等の喪失を招きかねないもの、会社の信用を著しく傷つけるもの等)を受け、その解消のために他部門や別の取引先と困難な調整に当たった

上記にぴったり当てはまらなくても、似たような事情は、類似の項目を参考にして処理されます。いわゆる過労死ライン超の残業が恒常的にある場合も「業務上」とされる可能性があります。また、上記項目ほどの心理的負荷がなくても、いくつかの事情の合わせ技で心理的負荷が「強」とされ「業務上」になる場合もあります。

職業人の自殺は労災性のものを疑った方がよい

報道によると、理化学研究所の研究者は、今年の3月の段階でストレスによる入院をしており(2014.8.6毎日新聞)、亡くなる10日くらいの間でも、服用していた薬の副作用で議論がままならなかったそうです(2014.8.5神戸新聞)。遺書には「疲れた」との記載や、謝罪文言があったそうです(2014.8.5神戸新聞)。また、理研の広報担当者は「疲労困憊(こんぱい)。心身ともに疲れていた」(2014.8.5産経)などとも述べています。もちろん、外野の素人である筆者が断定すべきではないですが、これらは、うつ病の症状のようにも見えます。

STAP細胞をめぐる一連の騒動ともいうべき経過からすれば、責任者的な立場にあった研究者が、すでに今年の3月から業務上のストレスを含むストレスにより、うつ病をはじめとする何らかのメンタル疾患(精神障害)を発症していた可能性はあり得るのではないでしょうか。そして、それは、労災である可能性もあると思います。

筆者が疑問なのは、この問題で渦中(火中)にあった研究者自身が、メンタル疾患も発症していた可能性もあるのに、なぜいつまでも責任者として火消しのポジションを担わされていたのか、ということです。薬の副作用で議論がままならないような状態で出勤させること自体が異常です。そういう意味で、理研の幹部が「痛恨の極み。もう少し、我慢してほしかった」(2014.8.5デイリースポーツ)などと述べるのは、メンタル疾患に対する理解を欠いているのではないかと思わざるを得ないのです。

いずれにせよ、自殺にも、決意の自殺や事実上強制された自殺の他にも、うつ病等の病気の症状としての自殺(自分の意思ではないので「自死」とも言います)があることは覚えておきたいですね。