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北京パラ・スキー距離「金」川除大輝選手「今季はW杯で表彰台の常連を目指す」

若林朋子北陸発のライター/元新聞記者
トークイベントで北京パラの金メダルを披露するスキー距離の川除大輝選手(筆者撮影)

 今年3月の北京冬季パラリンピックのノルディックスキー距離男子20キロクラシカル(立位)で金メダルを獲得した川除(かわよけ)大輝選手(21)=日立ソリューションズJSC、日大=が10月1日、富山市内でトークイベントに臨み、新たなシーズンへの意気込みを語った。「ワールドカップ(W杯)では、北京パラで優勝した種目は必ず表彰台に上がる」と王者の誇りを明かし、体幹トレーニングを披露した。

トークイベントで語る川除選手
トークイベントで語る川除選手

 トークイベントは富山市社会福祉協議会が主催して開かれ、川除選手はフリーアナウンサー・嶋之内一恵さんの質問に答える形式で、競技人生のスタートから今日までを語った。いとこが入っていたことから加入した猿倉ジュニアスポーツクラブ(猿倉Jr.S.C/富山市)で、小学1年生のころからスキーを始めた時の心境を回想しながらトークはスタートした。

「クロスカントリースキーは寒くて厳しいので、最初は楽しいとは感じませんでした。『早く終わらないかなぁ』などと思いながらやっていました。しかし、ゴールした時の達成感に魅力を覚え、競技だけではなく周囲の景色の美しさにも心引かれました」

「レジェンド」の新田選手を超えたい

 北京パラリンピックで金メダルを獲得した20キロクラシカルのゴールの瞬間については「信じられないという思いだった」と振り返り、「(金メダルは)夢だったのですごく嬉しかった」と話した。続いて1998年の長野大会以降、7大会連続でパラリンピックに出場した「レジェンド」の新田佳浩選手=日立ソリューションズ=への思いに話が及んだ。

北京パラリンピックのリレーを終え、健闘をたたえ合う川除選手(右)と新田選手
北京パラリンピックのリレーを終え、健闘をたたえ合う川除選手(右)と新田選手写真:長田洋平/アフロスポーツ

「初出場だった平昌パラでは優勝できませんでしたが、10キロクラシカルで金メダルに輝いた新田選手の姿を見て『自分も、あそこに立ちたい』という思いになり、北京大会までの4年間を過ごしました。新田選手は子どものころから憧れの存在で、『不可能とは可能性だ』という言葉を色紙に書いて贈ってくださいました。今も憧れていますがライバルでもあり、これからは新田選手の残した記録を超えていきたいと思っています」

体幹トレーニングを披露

 川除選手は生まれつき両手足の指の一部がなく、パラの大会では「両上肢機能障害(LW5/7)」の区分でストックを持たずに両腕を大きく振って走る。一方で、子どものころからストックを使う一般の大会にも出場してきた。

 ストックなしで雪上を力強く走り続ける走力の源について「足だけで滑っているように見えるかもしれませんが、全身を使っている」と話し、自身が取り組む体幹トレーニングを披露した。海外の強豪選手と並ぶと、161センチ、55キロの川除選手とは大人と子どもほどの体格差がある。大柄な選手と互角に戦うために技を磨く一方で、精神力については「結果を出さないといけないという気持ちはあるが、自分にプレッシャーをかけないようにしている」と述べた。続いて北京大会での思い出を語った。

体幹を鍛えるトレーニングについて説明する川除選手
体幹を鍛えるトレーニングについて説明する川除選手

「家族の応援やコーチのサポートがあるから頑張ることができました。日本からの応援にも感謝しています。選手村での自由時間は、午前中に練習してシャワーを浴びてご飯を食べて寝て、それからまたちょっと走ってという感じでした。選手村の中にゲームや卓球をするスペースがあり、北京の大会のマスコットを買いに行ったりもしました。フリータイムを満喫できたと思います」

 猿倉Jr.S.Cの後輩4人と監督の小川耕平さん(44)=富山福祉短大教授=が登壇し、川除選手に花束を渡した。続いて川除選手を追って競技を始め、今回の北京大会に出場した岩本美歌選手(19)=北海道エネルギーパラスキー部=のビデオメッセージが紹介された。小川さんは「川除選手は小さい時から苦労したと思うが『できない』と言ったことはなかった。つらいことを乗り越え、子どもたちの前で、行動によって示してくれたことがありがたい。皆、川除・岩本・廣瀬(崚・早大、北京五輪出場)を目指している」と挨拶した。

猿倉Jr.S.Cの後輩と小川監督に金メダルを披露する川除選手
猿倉Jr.S.Cの後輩と小川監督に金メダルを披露する川除選手

岩本美歌選手のビデオメッセージが上映された
岩本美歌選手のビデオメッセージが上映された

パネル討論で共生社会の実現を考える

 続いて富山福祉短大教授の鷹西恒さんの司会で、インクルーシブ遊具(障害の有無にかかわらず子どもが一緒に遊ぶことができる遊具)が設置された公園の整備などを手掛ける野上緑化の長谷川暁信さん、多様性を尊重する教育について学ぶ富山国際大学子ども育成学部2年生の吉野聡子さんと川除選手が「生きるチカラ+(プラス)」をテーマにパネル討論を行い、共生社会の実現に向けて理解を深めた。

 鷹西さんはパラリンピックの概要や理念について解説し、「パラアスリートが見せる勇気や強い意志と、そこから生まれるインスピレーション、多様性を尊重するための公平性」が共生につながると述べた。

 川除選手は「自分の手足の指は少ない。だからといって周囲から気を使われることは『違う』と感じた。だからつらい時でもスキーをやりたくないとは言わないようにしていた」と話した。子どものころは障害を受け入れられない心境でいた時期もあったが、「受け入れることで世界が広がった」という気持ちの変化についても伝えた。また「パラリンピックに出る選手の中には知的障害のある方もいて、これまでどう接していいか分からなかったが、今回のパネル討論が参考になった」と述べた。終了後、川除選手に感想を聞くと次のように話した。

パネル討論の登壇者。(左から)鷹西さん、川除選手、長谷川さん、吉野さん
パネル討論の登壇者。(左から)鷹西さん、川除選手、長谷川さん、吉野さん

パネル討論で発言する川除選手
パネル討論で発言する川除選手

「障害を受け入れることの重要性というのが、よく分かりました。なぜなら、自分も障害を受け入れることでパラ・スキーの世界に進むことができたからです。それは簡単なことではありませんでした。でも、きっかけがあって受け入れることができました。自分で決断することは難しくても(障害を)受け入れるための行動を自分の意志で始めることが大切だと思います」

スキーが楽しいと思えたから続けられた

 川除選手にとってはパラリンピックへのチャレンジが、一般の競技会から離れることを強いられるように感じていた時期もあったが、スキーに打ち込むことには変わりないと気持ちを切り替えることができた。「スキーが楽しいと思えたからここまで続けることができた」と、障害を受け入れて前に進んだ体験をあらためて振り返った。共生というパネル討論のテーマについては次のように話した。

2022年北京パラリンピック ノルディックスキー距離男子20キロクラシカル(立位)で金メダルを獲得した川除選手
2022年北京パラリンピック ノルディックスキー距離男子20キロクラシカル(立位)で金メダルを獲得した川除選手写真:ロイター/アフロ

「北京パラリンピックでは障害の有無にかかわらず、共生の場になったと思います。例えば中国のボランティアの方から『応援してるよ』とお守りをもらいました。国際大会は国同士の戦いの意味合いが強いですが、違う国の人を応援する姿勢が見られました。それもまた共生の形だと思います」

 川除選手は10月9日からヨーロッパに向かい、海外での雪上合宿を経て青森県内で最後の陸上合宿を行い、シーズンインとなる。まずは12月に行われるW杯に照準を絞っている。最後にパラ王者として臨む今季の目標を聞いた。

今季の目標を語る川除選手
今季の目標を語る川除選手

「北京パラのクラシカルでは金メダルを取ることができました。この種目については国際舞台では表彰台に上がるのが当たり前の存在とならなければいけないと思っています。北京パラのフリー2種目は入賞こそ果たしたものの、メダルには届きませんでした。これらの種目は海外勢に勝てるよう頑張っていきたいと思います」

 川除選手が金メダルを獲得したことで同選手は、国内外で「追われる立場」となった。多くの選手が闘志をかき立てて挑んでくるに違いない。川除選手は故郷のトークイベントで後輩や猿倉Jr.S.Cの関係者を前に王者として高いレベルで戦い続けることを目標に掲げ、シーズンインへの思いを新たにした。

2022年北京パラリンピックで金メダルを獲得した川除選手
2022年北京パラリンピックで金メダルを獲得した川除選手写真:長田洋平/アフロスポーツ

川除 大輝(かわよけ・たいき) 2001年2月生まれ、富山市(旧大沢野町)出身。大沢野小1年から猿倉Jr.S.Cで競技を始め、大沢野中、雄山高と進み、健常者・障害者双方の全国大会に出場してきた。現在は日大4年生で、スキー部員。2015年より、日立ソリューションズジュニアスキークラブに所属。障害区分は両上肢機能障害。パラリンピック初出場は2018年平昌大会。混合リレーで4位に入賞した。2022年北京大会は開会式で日本選手団の旗手を務め、男子20キロクラシカル(立位、以下同)で金メダルを獲得、スプリント・フリー7位、12.5キロ・フリー8位、混合リレー7位。W杯は2019札幌大会のミドル・フリー優勝、2021年札幌大会のミドル・フリーとショート・フリー優勝。世界選手権は2019年カナダ大会のロング・クラシカルで優勝。161センチ、55キロ。

※クレジットのない写真は筆者撮影

※川除選手についてはこんな記事を書いています。

・北京パラリンピック旗手を務めるスキー距離の川除大輝選手 「レジェンド」の背中を追って成長

https://news.yahoo.co.jp/byline/wakabayashitomoko/20220301-00284415

北陸発のライター/元新聞記者

1971年富山市生まれ、同市在住。元北國・富山新聞記者。1993年から2000年までスポーツ、2001年以降は教育・研究・医療などを担当した。2012年に退社しフリーランスとなる。雑誌・書籍・Webメディアで執筆。ニュースサイトは医療者向けの「m3.com」、動物愛護の「sippo」、「東洋経済オンライン」、「AERA dot.」など。広報誌「里親だより」(全国里親会発行)の編集にも携わる。富山を拠点に各地へ出かけ、気になるテーマ・人物を取材している。近年、興味を持って取り組んでいるテーマは児童福祉、性教育、医療・介護、動物愛護など。魅力的な人・場所・出来事との出会いを記事にしていきたい。

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