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「予期せぬ妊娠、悩んだらSOSを」ドキュメンタリードラマ『命のバトン』俳優陣からの重要メッセージ

若林朋子北陸発のライター/元新聞記者
『命のバトン』より高校生・結と児相職員の千春が語り合う(NHK名古屋放送局提供)

 NHK名古屋放送局制作のドキュメンタリードラマ『命のバトン ~赤ちゃん縁組がつなぐ絆~』が11月18日、BS1で放送される。予期せぬ妊娠をした女子高校生が児童相談所(児相)職員との出会いを通じ「赤ちゃんの幸せにとって何が大切か」を考えるドラマ部分と、“赤ちゃん縁組”(新生児の特別養子縁組)によって家族となった当事者のドキュメント映像を組み合わせた内容となっている。女子高校生(桜田結)を熱演した鈴木梨央さんと児相職員(成瀬千春)を演じた倉科カナさんが、共同会見でドラマに込めたメッセージなどについて語った。

 ――ストーリーの核となっているのは予期せぬ妊娠に見舞われた高校生の結が、児相職員・千春と出会い、さまざまな助言を受けながら、命と向き合っていく過程です。脚本を読んで、どのような印象を受けたのでしょうか。

 鈴木:自分が主人公・結に、ちゃんと寄り添えるかどうかが不安でした。しかし、脚本を読み進めるうち「結に寄り添いたい」と思うようになり、結の気持ちそのものになることができたと思っています。

高校生・結を演じた鈴木梨央さん
高校生・結を演じた鈴木梨央さん

 倉科:とても大切な題材が扱われていると感じました。自分は役者の立場で脚本を読みましたけれど、この題材を表現する使命感を強く意識しました。「1人でも多くの小さな命を守ることができますように」「予期せぬ妊娠をし、ひとりで抱え込んでしまった結果、最悪の事態を招くのではなく、誰かに相談することで赤ちゃんもあなた自身も救われるかもしれない。そのための選択肢があるんですよ」というメッセージを伝えたいと思いました。

「新生児0日死亡」を知り驚く

 ――役柄と向き合ったことで生まれた新たな気づきについて聞かせていただけますか。

 倉科:生まれたばかりの赤ちゃんが生みの母によって殺されたり、遺棄された後に死亡したりする「新生児0日死亡」が起こっていることを知り驚きました。また「愛知方式」という新生児の特別養子縁組があることは、これまで知りませんでした。ひと口に里親と言っても、特別養子縁組を前提とした里親や、児童養護施設で暮らす子どもを週末だけ預かる週末里親など、いろいろな形式があるのだと知りました。

 鈴木:私が演じたのは出産する高校生ですので、演じる上で必要なことを自分の母親や助産師さんに質問しました。また、(予期せぬ妊娠によって生まれた)赤ちゃんの命が特別養子縁組という取り組みによって救われていると知り、とてもうれしいと思いました。結は児相職員の千春と出会ったことで、悩みながらも前に進んでいくことができたのだと思います。そういった気持ちの変化を、どう表現するのかを常に考えていました。

心掛けたのは「寄り添う」こと

 ――千春は、結の心の中にある戸惑いや不安に耳を傾けながら、結自身の選択を支えていきます。どのように思いながら演じましたか。

 鈴木:結は最初、どうしたらいいか分からない状況だったと思います。しかし、さまざまな選択肢について、千春が結の立場に立って一緒に考えたり、結の気持ちを引き出してくれたりしたことが支えになったのだと思います。

児相職員・千春を演じた倉科カナさん
児相職員・千春を演じた倉科カナさん

 倉科:「愛知方式」の新生児特別養子縁組の場合、予期せぬ妊娠をした女性が“出産する前”から相談に乗り、赤ちゃんが生まれるまでに養親候補者を探します。ただし、出産後に女性が「やっぱり自分が育てたい」と言えば縁組は中止して子育てを支援します。支援者はさまざまな可能性を模索しますが、あくまでも生みの母の意思が尊重されます。

 千春は戸惑う女性と一緒に「母子の未来にとって何が最善の選択か」を考え続けます。「養子縁組に託す方法もあるよ」と提示しつつも、それを押し付けるわけではありません。常に頭の中でいろいろな選択肢を描いて行動しています。演じながら心掛けたのは「寄り添う」ということ。予期せぬ妊娠に見舞われた女性は、本当はどうしたいのかが見えなくなっていることもあります。決断に向けてストレスを取り除き、寄り添うことで本人が納得した上で最善の選択できるようにするのだと思います。

 ――鈴木さんと倉科さんが過去に共演されたことはありますか。

 倉科:梨央ちゃんが小学3年生ぐらいの時に共演しています。再び出会い、こういった難しい役柄を引き受けているのは立派だなぁと思いました。彼女は芝居の瞬発力がすごいので、それを邪魔しないようにと思いながら演じました。

 鈴木:以前に共演したことを覚えていてくださってうれしいです。結は不安だったけれど千春のポジティブな言葉によって明るく希望が持てたのだと思います。そういった気持ち、倉科さんとの共演の中でも実際に感じることができました。

「打ち明けられない心情」を知った

 ――「ドキュメンタリー映像」と「ドラマ」が組み合わさった“ドキュメンタリードラマ”という特殊な構成の番組において、ドラマ部分を担うことの意義をどのように考えますか? エンターテインメントとしての役割についてどう思うのでしょうか。『命のバトン』に込めたメッセージもお願いします。

 鈴木:役作りをするにあたって、完成した番組にもその一部が登場するドキュメンタリー映像を事前に見ていたので、結という役になり切る上で大いに助けられました。自分の気持ちと照らし合わせながら結に寄り添い、予期せぬ妊娠をした女性たちの気持ちを感じながらドラマ部分を演じることができました。予期せぬ妊娠により出産した赤ちゃんを育てたいけれど育てられない。また、当事者がなかなかほかの人に妊娠を打ち明けることができない心情を知ることができました。それでも周囲に助けを求めることは大切です。『命のバトン』はこれらを知るきっかけになると思います。

 倉科:日ごろの生活でニュースによって情報を得る場合、どこか他人事だったり、概要しか伝わってこなかったりするものですけれど、ドラマにすることで登場人物の心情が分かります。すると心に訴えてくることがあると思うのです。千春を演じることに俳優としてのやりがいを感じました。役柄を通じて社会問題をしっかりと伝えることができたと思います。エンターテインメントの力を実感しました。

 思いがけない妊娠に見舞われたら周囲の人に相談してほしいです。“妊娠SOS”を発することが大事。「悩んでも、ひとりで抱え込まないで」ということを最後にあらためて強調したいと思います。

     ◇     ◇

『命のバトン』は、愛知県内の児相が全国に先駆けて30年以上前から取り組んできた赤ちゃん縁組(新生児特別養子縁組)を題材にしている。倉科さんと鈴木さんは「役柄と向き合ったことによる気づき」に、「愛知方式」と呼ばれる新生児の特別養子縁組について知ったことを挙げている。2人は、NHKが過去に制作した赤ちゃん縁組のドキュメンタリー映像を見て役への理解を深めていった。

 倉科さんは「赤ちゃん縁組によってお母さんが2人生まれたドラマの場面に感動した」と語り、鈴木さんは「養子が大人になるにつれて生い立ちを知り、生みの親に会いたいだけでなく怒りなどの複雑な気持ちもあったことをドキュメンタリーによって知った」と述べている。

特別養子縁組、普通養子縁組、里親制度について(厚生労働省ホームページ「特別養子縁組制度特設サイト」より)
特別養子縁組、普通養子縁組、里親制度について(厚生労働省ホームページ「特別養子縁組制度特設サイト」より)

 作中のドキュメンタリー部分では赤ちゃん縁組の特徴が紹介されている。児相職員は予期せぬ妊娠をした女性を支えながら、生まれる子どもを誰が育てるかについて、いくつかの選択肢を模索する。出産後に養育できない場合を想定し、養親候補者探しも担う。縁組に向かってかじを切るとなれば、里親制度に基づき特別養子縁組を前提として里親委託を行うことになる。

「特別養子縁組を前提としての里親委託」という点がポイントで、新生児は病院から直接、里親宅へ託される。とはいえ児相は養親(里親)に対し「生みの母が出産後に『自分で育てたい』と意思表示をしたら、縁組はストップする」「特別養子縁組が成立するまでに生みの親から養育の意思を示された場合は話し合いに応じてほしい」と説明してから委託する。正式に縁組が成立するまでは生みの親の意思が尊重される。

 また、愛知児相の場合、子どもの尊厳や権利を守るために、養親候補者たちに次のような心構えを求めている。「生まれてくる子どもの性別を問わない」「子どもに障害・病気があっても受け入れる」「真実告知(養親が子どもの生い立ちや養子縁組の経緯について語ること)を子どもの年齢に応じて行う」「子どもがルーツ探しをしたいと言ったら協力する」などの内容である。「特別養子縁組は子どものための制度」という前提に基づいているからだ。

「愛知方式」38年間で252人縁組

 愛知県内の児相(政令指定都市の名古屋市を除く)で赤ちゃん縁組は30年以上、行われてきた。業務は一般的なケースワークとしてマニュアルが作成され、経験の浅い職員でも実践できるよう研修なども行われている。愛知県中央児童・障害者相談センターによると、この方式の新生児里親委託数は1982年度から2019年度末までの38年間で252人の実績がある。

 2016年の改正児童福祉法では、何らかの事情で生みの親と暮らさない子どもは原則、家庭で育てることが国や自治体の責務であると定められた。現在は約8割の子どもが施設で生活しているが、国は家庭での養育を推進している。また2020年には特別養子縁組における養子となる者の年齢の上限を「原則6歳未満」から「原則15歳未満」に引き上げた。このような背景もあって全国で成立した特別養子縁組は2010年に325件だったが、2019年には711件と10年間でほぼ倍増している。

「社会的養育の推進に向けて」(2021年5月、厚生労働省子ども家庭局家庭福祉課)を基にYahoo!ニュースが作成
「社会的養育の推進に向けて」(2021年5月、厚生労働省子ども家庭局家庭福祉課)を基にYahoo!ニュースが作成

 全国的に「家庭での養育」が増えている中、「特別養子縁組を前提とした新生児の里親委託」は困難を抱えた新生児と新たな家庭をつなぐ有効な支援といえる。「愛知方式」の赤ちゃん縁組は、子どもが家庭で育つ権利を支える取り組みであり、約30年間かけてノウハウを培ってきた。そこにどんな物語があるのか。『命のバトン』を通じて知ることができる。

※ドキュメンタリードラマ『命のバトン』を制作したNHK名古屋放送局スタッフのインタビューはこちらです。

『命のバトン』新生児の特別養子縁組 養子・養親・生みの母のすべてに明るい未来がある

https://news.yahoo.co.jp/byline/wakabayashitomoko/20211115-00266236

※写真はすべてNHK名古屋放送局提供

ドキュメンタリードラマ 『命のバトン ~赤ちゃん縁組がつなぐ絆~』

【放送予定】2021年11月18日 [BS1](100分・単発)前編:午後8:00~8:50、後編:同9:00~9:50/再放送は2022年8月30日[総合]前編・後編合わせて:午前2:11~3:51(月曜深夜)

【出演】鈴木梨央、倉科カナ、中村靖日、平野宏周、鈴木宗太郎、みのすけ、伊藤友乃 、田中美里

【内容】予期せぬ妊娠に直面した女子高校生・結(鈴木梨央)が、児童相談所の職員・千春(倉科カナ)との出会いを通して“赤ちゃん縁組”(新生児の特別養子縁組)を知り、「赤ちゃんの幸せにとって何が大切なのか」真剣に考えていくドラマと、本物の養子縁組家族のかけがえのない瞬間を捉えたドキュメント映像を組み合わせ、命の尊さと多様な家族の形を伝えている。

https://www.nhk.or.jp/nagoya/ippo/

※参考文献など

・『「赤ちゃん縁組」で虐待死をなくす/愛知方式がつないだ命』(矢満田篤二・萬屋育子著、光文社新書、2015年1月)

・「社会的養育の推進に向けて」(2021年5月、厚生労働省子ども家庭局家庭福祉課)

・NHK/ETV特集『小さき命のバトン』(2015年4月25日)

https://www.nhk.or.jp/archives/teachers-l/list/id2019107/

・DVD教材『新しい絆の作り方 特別養子縁組・里親入門』(NHK厚生文化事業団、2019年発行)

https://www.npwo.or.jp/video/13172

北陸発のライター/元新聞記者

1971年富山市生まれ、同市在住。元北國・富山新聞記者。1993年から2000年までスポーツ、2001年以降は教育・研究・医療などを担当した。2012年に退社しフリーランスとなる。雑誌・書籍・Webメディアで執筆。ニュースサイトは医療者向けの「m3.com」、動物愛護の「sippo」、「東洋経済オンライン」、「AERA dot.」など。広報誌「里親だより」(全国里親会発行)の編集にも携わる。富山を拠点に各地へ出かけ、気になるテーマ・人物を取材している。近年、興味を持って取り組んでいるテーマは児童福祉、性教育、医療・介護、動物愛護など。魅力的な人・場所・出来事との出会いを記事にしていきたい。

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