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外車ショールームも英会話教室もすき焼きの老舗もある! いわきFCパークに見るスタジアムビジネスの雛形

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
商業施設複合型クラブハウスとして今年7月にオープンした、いわきFCパーク。

 福島県いわき市。JR湯本駅でタクシーを拾い、「いわきFCパークへ」と行き先を告げる。今年の7月15日にオープンしたばかりで、どれだけ地元で知られているのか少し不安だったが、運転手はすぐに車を走らせてくれた。およそ10分のドライブで目的地に到着。緑豊かな周囲の風景からは、かなり浮き上がったような3階建てのモダンな建物の前に降り立つ。ここが今回取材する、いわきFCパーク。スタジアムと併設されたものを除けば、これほど立派なクラブハウスは、J1クラブでもまずお目にかかることはない。

 いわきFCは、現在福島県1部リーグに所属している。J1から数えて7部に相当するこのアマチュアクラブが、今年の天皇杯2回戦で北海道コンサドーレ札幌に逆転勝利をして一躍脚光を浴びたことは記憶に新しい。アンダーアーマーの日本総代理店である株式会社ドームが潤沢な資金を投入し、「日本のフィジカルスタンダードを変える」(大倉智クラブ代表)ための独特のトレーニングも話題になった。いわきFCのパブリック・イメージが、「ジャイアント・キリング」「アンダーアーマー」「フィジカル重視」の3点に集約されているのは、基本的には間違いないだろう。

今年の天皇杯で注目を浴びた、いわきFC。現在、福島県1部リーグに所属。
今年の天皇杯で注目を浴びた、いわきFC。現在、福島県1部リーグに所属。

 とはいえこのクラブは、単に将来のJリーグ入りを目指しているわけでもなければ、アンダーアーマーの広告塔としてのみ機能しているわけでもない。今回の取材の成果は、11月上旬発売の『フットボール批評』にて掲載される予定だが、本稿ではいわきFCパークの驚くべき概要についてお伝えすることにしたい。施設の豪華さばかりが目につくが、実はこの商業施設複合型クラブハウス、いわきFCの思想や志向性が色濃く反映されているのである。

 いわきFCパークは、オフィスや選手のロッカールームなどのクラブハウスと商業施設が共存しているのが特徴。スペースの割合はほぼ半々である。今回は、いわきFC広報スタッフの岩清水銀士朗さんに施設内を案内してもらった。

いわきFCパークの1階には、英国の高級車を揃えたショールームがオープン。
いわきFCパークの1階には、英国の高級車を揃えたショールームがオープン。

 まずは1階。ここには、アンダーアーマー直営のアウトレットショップであるUNDER ARMOUR FACTORY HOUSE、そしてATLANTIC CARSのショールームがある。ATLANTIC CARSとは、英国のロータスやアストンマーティンといった高級車を昔から扱っている販売店。アンダーアーマーの店はわかるとして、なぜ外車のショールームがあるのか?「そのほうが華やかだからですよ。ATLANTIC CARSさんについては、実は早い段階から入ることが決まっていました」と岩清水さん。ちなみにオープンして3カ月も経っていないのに、すでに数台が売れたそうだ。

選手もトレーニングしているDAH。最新のトレーニング器具はクラブカラーに統一。
選手もトレーニングしているDAH。最新のトレーニング器具はクラブカラーに統一。

 続いて2階。ここにはDOME ATHLETE HOUSE(DAH)とFreecomという英会話教室がある。DAHはその名のとおり、アスリートに特化したトレーニングができる施設であり、一般的なスポーツジムでは見たこともないような最新のトレーニング器具が並ぶ。ここでいわきFCの選手たちは、ウエイトトレーニングやストレングストレーニングを行っているのだが、一般でも利用することができる。ちなみに1回50分、全16回のパーソナルトレーニングとリカバリーの料金は「16万円+税」とのこと。

 もう一方のFreecomは、いわきFCのオフィシャルパートナーであり、U−15の選手たちも定期的にレッスンを受けている。「スポーツを通じて世界に通用する人材を育成するのもクラブの重要な目標ですから」と岩清水さん。つまりサッカーだけでなく、英会話をはじめとする教育にも力を入れている、ということだ。トレーニングと教育の場を同じフロアに置くあたりにも、クラブの志向性が明確に感じられる。

RED & BLUE CAFEのテラスの向こう側には人工芝のフィールドが広がる。
RED & BLUE CAFEのテラスの向こう側には人工芝のフィールドが広がる。

 最上階の3階は、レストランフロアとなっている。注目は、イタリアンと地ビールが売り物のPizzeria e Craft Beer CRAFTSMAN、そしてクラブのオフィシャルカフェであるRED & BLUE CAFE。広々としたスペースを共有しており、店内に設置された大小6つのモニターは、いわきFCのプロモーションビデオや試合映像を流している。そしてテラスの向こう側は人工芝のフィールドが広がり、ここから試合を観戦することも可能だ。ちなみに店内には無料Wi-Fiも設置されていたので、取材の待ち時間で作業するのに大変ありがたかった。

 ほかに、浅草今半、寿司正、矢場とんといった飲食店もある。いずれもカウンターのみのコンパクトかつ落ち着いた店構えで、特に浅草今半と寿司正はそれなりの高級路線。筆者はすき焼きの老舗で知られる浅草今半で、ランチの中では最も安い(それでも2000円+税)すき焼き丼を注文した。ランチにしては高いと思われるだろうが、試合前にちょっとした贅沢を味わいたいという気分になったのも事実。県1部のアマチュアの試合なのに、客にそう思わせてしまう高揚感が、いわきFCパークには間違いなくあった。

ここを訪れると、トップチームがどのカテゴリーに所属しているのか気にならなくなる。
ここを訪れると、トップチームがどのカテゴリーに所属しているのか気にならなくなる。

 いわきFCパークを訪れてみて、あらためて気づかされたことが2点ある。それはクラブの巧みなイメージ戦略、そしてスポーツを通してお金が回る仕組みづくりである。アウトレットショップやカフェで流れている映像、そしてさまざまな場所に描かれたクラブエンブレムを見ていると、いわきFCがとにかくカッコよく見えて、カテゴリーなどまったく気にならなくなってしまう。そしてクラブハウスを商業施設複合型としたのは、近い将来にスタジアムビジネスを展開するための雛形と見るべきであろう(岩清水さんも筆者の意見に同意してくれた)。

 特に後者については、個人的にも注目している。これからのスタジアムは、行政に頼るのではなく民間主導で建設し、さらに商業施設を併設することで、試合がない日でもお金を回していく仕組みづくりが求められるからだ(長くなるので理由については割愛。ちなみに私のウェブマガジンでこのテーマを取り上げたところ、大変な反響があった)。そうした発想の雛形を、県1部のカテゴリーですでに実践しているのが、いわきFCというクラブなのである。

 最近では、近隣のスパリゾートハワイアンズと並ぶ観光スポットとなりつつある、いわきFCパーク。スタジアムビジネスに興味がある方は、ぜひ一度訪れてみることをお勧めしたい。

※写真はすべて筆者撮影

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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