なぜ直前で変わる?:オリンピックも大学共通テストも:現状維持バイアスを超える現代社会の空気
<人は本来、変化や変更を嫌う(現状維持バイアス)。しかし、近年次々と変更が行われている。私たちはいったいどこへ行こうとしているのか。>
■東京オリンピック、マラソン会場変更
今になって、変更です。2020東京オリンピックのマラソンは、「東京」オリンピックなのに、札幌で開催されることになりました。
<五輪、マラソンと競歩は札幌開催 小池知事「合意なき決定」:共同通信11/1(金) 12:18Y!>
多くの人がとまどっています。東京の真夏の気温湿度は最初から分かっていたはずなのですが、先日のドーハでの世界陸上での棄権者続出シーンがインパクトを与えたようです。
■東京オリンピック関連の様々な変更
東京オリンピックに関しては、これまでもニュースになるような変更が行われています。
東京オリンピックのエンブレムも変更になりました。
当初は「T」をかたどったデザインでしたが、海外からのクレームやら、国内でのバッシング騒ぎやらで、デザイナーさんが「原作者としての立場で取り下げたい」と要請(模倣や盗作は終始否定)して、白紙からの募集しなおしになりました。
東京オリンピックが行われる新国立競技場のデザインも、一度はイギリスのザハ・ハディドの作品が最優秀賞に決定しましたが、後に変更されました。
その他、各競技の会場などもいろいろ変更がありました。
■英語民間試験 延期を発表
大学センター試験から変わる大学入学共通テストでも、導入される予定だった英語民間試験が変更されました。以前から問題は指摘されていましたが、大臣の一言の失言が決定打となりました。
関係者らからは、とまどいの声が聞こえます。
<新大学入試の英語民間試験利用が「延期」 各大学の入試への影響は:高校生新聞11/1(金) 10:29Y!>
■世の中の様々な変更
東京都中央卸売市場の築地から豊洲への移転も、直前になって延期という変更がありました。すでに移転の準備を終えていた人々は、とまどいました。
またこの移転には、築地の跡地にオリンピックまでに道路を通す計画があったために、東京オリンピックにも影響しました。
沖縄の普天間基地問題も、長い時間をかけて辺野古移転が決まりかけていたところで、政権交代と「最低でも県外」発言から、地元は傷つき問題はこじれていきました。
八ッ場ダム(やんばダム)も、大きな被害を出したカスリーン台風のあと、1952(昭和27)年に計画発表され、何十年もかけて周辺の工事を進め、あとは最後にダムを造るだけのところで、政権交代によって事業は中止され、その後またダム建設事業再開が決定がされました。
子宮頸がんワクチンは、一度は国が積極的な接種を呼びかけましたが、わずか2か月で中止され、そのまま6年たち今にいたっています。
様々な企業のCMやキャンペーンが、変更中止になるのも、もう日常的になってきました。
学校の運動会の競技や、給食の献立、公園の遊具なども、トラブルやクレームがあるたびに、どんどん変更されてきました。
■変更は良いこと?悪いこと?
それぞれの変更には、それぞれの事情があります。それぞれに賛成反対意見があり、良い変更も悪い変更もあるでしょう。
反対者も賛成者もそれぞれが、市民国民のため、選手のため、子供や未来のためと言っています。専門家の間でも意見がわかれるものもあります。
■人は本来「変更」を嫌う
人は本来「変更」を嫌います。変えることは嫌なのです。
心理学では、「現状維持バイアス」と呼ばれています。変化よりも現状を維持することを望む心理のです。
本当は変化することで利益が得られる可能性があるのに、変化を恐れて行動を起こすことができないのは、現状維持バイアスが働いているせいです。
株を買うのは素人でもできても、今持っている株を売って新しい株を買うのは、決断力と実行力が求められます。
変化するのは、エネルギーがいります。また、今の自分の行動、習慣、持ち物には、愛着があります。専門家が客観的に見て変えた方が良いとアドバイスしても、当人は面倒に感じたり、変更することへの不安があって、行動できないのです。
「サンクコスト」(埋没費用)の問題もあります。今までこれほどのお金や労力や時間をかけてきたのだから、今さら変えられないという心理です。
本当は今からでも変更した方が損失が少なくて済むのに、動き始めた計画を止めることができず、損失がふくらむこともあります。
これらの基本的な心理に加えて、様々な事情がからみます。社長が決めたことには逆らえないとか、お上の言うことには従おうとか、前例がないとか、伝統は重んじるべきだといった考えが、変化を思いとどまらせるのです。
■柔軟な変更? 日和見(ひよりみ)主義?:現代日本社会の良いところ困ったところ
人間はもともと変化変更を嫌います。日本では特にそうかもしれません。それなのに、近年スピード感を持った柔軟な変更が行われているとしたら、素晴らしいことです。
以前に比べれば、下の者も上の者に意見が言いやすくなりました。庶民が大企業や政府に気軽にものが言えるようになりました。デモをしなくても、ネットで盛り上がれば大きな力にもなります。
組織心理学では、「満場一致の組織はいずれつぶれる」と言われています。現代社会では、良い変更がとてたくさん起きているでしょう。
しかし、すべてがそうではありません。
本部とか執行部などの人々が、様々な事情を勘案し時間をかけた原案を出しても、あっさり会議でひっくり返されることもあるかもしれません。もちろん良い変更なら大変結構なのですが、のちに困ったことになるかもしれません。
トラブルを恐れて、事なかれ主義で変更が行われることもあるでしょう。以前よりも、小さな声でも拾われるようになりました。
かつて性風俗の用語だった「トルコ風呂」は、一人のトルコ人青年の意見によって「ソープランド」変更されました。これは、現在に至っても良い変更だったと評価されていると思います。
「ちびくろサンボ」は、長く親しまれてきた物語でしたが、ある市民団体の働きによって、各出版社の本が一斉絶版されました。この一斉絶版には賛否があります。市民団体への批判もありました。のちに様々な形での復刊もされています。
ごく一部からのクレームに対してもすぐにCMや学校行事などが変更中止されるのは、過剰反応だという意見もあります。
ノイジーマイノリティー(大声で叫ぶ少数の人)の意見だけではなく、サイレントマジョリティー(声は出さない大多数の人の思い)も尊重すべきだという意見もあります。
八ッ場ダム問題は、事業中止が決まった段階で専門家が語っていました。
世の中 の 多く の 人 は「ムダ な 工事 が 中止 に なっ た」という受け取り方をして いました。 しかしこれなどは、 まさしく人間の忘れっぽさの現れである~ 計画の進め方にはいろいろ 問題があった ~ あまりにも時間的にかかりすぎた~しかし だからといって治水を目的に行われていたものを突然すべてやめてしまうのはどう かと思います。 ~こういうことが平然と行われ、社会もそれを支持していたのを見ると、日本の必然である自然災害への備えを軽々しく扱っているような印象を強く受け ます。
畑村洋太郎著「未曾有と想定外:東日本大震災に学ぶ」 (講談社現代新書)
八ッ場ダムは、今年の台風19号の被害防止に効果があったとの声もあります(専門家によれば、どの程度の効果だったかは検証が必要とのことですが)。
子宮頸がんワクチンは、その副反応で苦しんでいる人がたくさんいるとも言われています。しかし、そうだとしてもワクチンは必要だとする意見もあります。副反応に関しても、様々な意見があります。
<村中璃子著「10万個の子宮:あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副反応なのか」(平凡社)読書メーター>
やさしい日本人は、副反応で苦しんでいる人を目の当たりに見ると、ワクチン反対と言いたくもなるでしょう。その一方で、日本はワクチン後進国であり、今後の感染症増加を心配する人もいます。
目の前の人に共感することは大切です。でも、単なる感情論では困ります。
リーダーが横暴にすべてを決定することは許されません。しかし、リーダーシップを発揮できず、また空気を読みすぎ、周囲や世間やネットの反応に過剰反応しては決断を誤ります。
個人的な保身や、政争の具にされて人々が振り回されるのを、社会が黙っていてはいけません。
変更すべきなのか、このまま進むべきなのか、受け入れるべきなのか、拒絶すべきなのか。私たちは、私たちの心理と社会の現状に注意を向けながら、一つひとつを慎重に、そして果敢に決めていかなくてはならないでしょう。
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「神よ、変えられるものを変える勇気と、変えられないものを受け入れる信仰と、その二つを見分ける知恵を、我に与えたまえ」(ニーバーの祈り)。