飲酒運転の心理学:なぜ繰り返される、どう防止する(小樽ひき逃げ事件から)
■小樽市飲酒運転ひき逃げ事件
また、悲惨な事件が起きてしまいました。本当にひどい事件です。
飲酒運転の死亡事故率は、飲酒なしの9.1倍、酒酔い運転では約19.5倍です。(警察庁)。
■飲酒運転にはなぜ激しい怒りや悲しみを感じるのか
命が失われれば、怒りや悲しみがわくのは当然です。ただ一般の交通事故であるならば、過失です。心理学で言えば、ヒューマンエラーの「ミステイク」、失敗です。
しかし飲酒運転は、意図的に飲酒して意図的に運転をする「不安全行動」(人々を危険にさらす意図的なルール違反行動)です。本来なら、避けられた事故です。
飲酒さえしていなければ、このような悲惨な事故は起きなかったでしょう。その思いが、悲しみや怒りを大きくします。
■飲酒運転とは:酒を飲んで運転するとどうなるか
アルコールが運転に与える影響には、次のようなものがあります。
感覚が鈍くなる・注意力が低下する・発見が遅れる・反応や動作が乱れる・判断や行動が遅れる・反応が遅れる・操作が遅れる・速度の判断力が鈍る・記憶力が落ちる・気持ちが大きくなる・自己中心的になる。
これらを3つにまとめると、
1情報処理能力の低下
2注意力の低下
3判断力の低下
と言えるでしょう。
実際に飲酒してコース内を走らせてみると、脱輪、スピードオーバー、信号や標識の見落とし、雑な運転、ペダルやレバーの操作ミスなどが見られます。
しかも、これらの変化は、泥酔時に見られるだけではなく、本人としては「大丈夫」と思えるときにも、現れることがらです。酒に強い人でも、飲酒運転ではこのような変化が見られます。
「俺は酒に強いから大丈夫」「少し飲んだだけだから大丈夫」は、完全な誤解です。アルコールは少量でも、脳の機能を麻痺させるのです。
また冷静なとき、酔っていないときには、飲酒運転はいけないと思えても、酔ってしまうと判断力が弱くなり、この程度の酒なら大丈夫、事故を起こさなければ大丈夫と、甘い判断をしてしまうこともあるでしょう。
人はアルコールが入ってしまえば、いつもの自分ではなくなります。だから飲酒前に判断して、自動車には乗っていかない、運転代行を予約しておくなどの事前準備が必要でしょう。本人の判断力が落ちているときには、周囲の人間による規制も必要でしょう。
中には、ドライバーに対して安易に酒を勧めてしまう人もいるでしょうが、飲酒運転撲滅のためには、本人の自覚と共に、周囲の協力が必要です。
■飲酒運転をしやすい人
繰り返し飲酒運転をしてしまう人の中には、アルコール依存症の人もいます。また、飲酒運転をしやすい人の心理には、次のような特徴があるとする研究もあります(久里浜医療センター杉浦久美子先生)。
スピードや危険を含む活動をしたい要求・新しい体験や変わった経験をしてみようという要求・同じことの繰り返しに対する嫌悪・社会的な抑制を解除させることへの要求。
特に20代では、「社会的な抑制を解除させることへの要求」が飲酒運転を生む危険性の一つになっています。つまり、世の中の堅苦しさや閉塞感を打開したい思いが、飲酒運転につながる可能性があるでしょう。
これらのサインを読み取って、飲酒運転の危険性のある人に対して日頃から適切な対応が取れればと思います。
飲酒運転だけではなく、交通事故一般につながる「不安全行動」のもととなることとして、自分の運転能力に対する過信、刺激追求性(スピードを出すのが好きなど)や、反社会性パーソナリティ障害なども考えられますが、その一方で、まじめで努力家の「タイプA」パーソナリティの人が事故を起こすこともあります。
乱暴な人が飲酒運転をするだけではなく、他人に迷惑をかけないようにといったまじめな思いが、かえってスピード違反や飲酒運転など規則違反、不安全行動を生むこともあるでしょう。
■飲酒運転事故の現状
警察庁ホームページによれば、事故は減っています(グラフは内閣府ホームページより)。
「飲酒運転による死亡事故は、238件(構成率6.2%、前年比-18件、-7.0%)で、13年連続の減少となりました。 飲酒運転による死亡事故は、平成14年以降、累次の飲酒運転の厳罰化、飲酒運転根絶に対する社会的気運の高まり等により 大幅に減少してきましたが、平成20年以降は減少幅が縮小し、下げ止まり傾向にあります。」
2001年、2002年、2007年の厳罰化は、一定の効果があったと言えるでしょう。しかし、厳罰化による効果は一時的だとの指摘もあります。また、他の犯罪とのバランスを考えると、次々と厳罰化するわけにもいきません(飲酒運転に関する法改正とその効果)。
そして、アルコール依存者、ハイリスク飲酒者(多量飲酒の人)を始め、飲酒運転を繰り返す人が、大きな問題になっています(常習飲酒運転者に講ずべき安全対策)。
■飲酒運転はなぜなくならないか、どうすれば良いか
飲酒運転は減っています。しかし、繰り返し飲酒運転をし、非常に危険な運転を繰り返す人もいます。飲酒運転も、万引きなどもそうですが、一度実行して捕まらなければ、2度目を実行してしまいます。何度か実行するうちに、行動がエスカレートすることもあります。
今回小樽の事故で逮捕された男性が供述しているように、「事故を起こさなければ大丈夫と思った」と感じてしまうわけです。
自分は大丈夫、自分は捕まらない、自分には危険は及ばないという、「非現実的な楽観主義」、「自己別在の心理」です。
どんなに悲惨な事故の報道がされても、厳しい刑罰が紹介されても、自分だけは大丈夫と思ってしまいます。命の大切さ、飲酒運転の非情さを伝えようとしても、飲酒運転常習者には、なかなか伝わりません。
そこで、このような大きな事件が発生すると、飲酒運転に対するさらなる厳罰化や取り締まり強化が言われます。しかし、どこまでも厳罰化するわけにはいきません。また取り締まり強化など、一種類の事故、犯罪を防ぐことに力を注ぎすぎると、別の事件事故犯罪が増えてしまう可能性もあるでしょう。
交通違反、交通事故を減らすためには、長い目で見るとやはり教育が大切です。幼いころからの、歩行者や自転車での安全行動、規則遵守の教育が、自動車のドライバーになったときも生かされます。
ドイツでは、MPU(メディカル・サイコロジカル・アセスメント)と呼ばれる、「悪質違反運転者の再教育」が行われています(常習飲酒運転者の飲酒運転行動抑止に関する調査研究・ドイツにおける飲酒運転対策)。
MPUでは、10数人で数週間の講習が行われます。講習を受けると、飲酒運転による運転禁止期間が短縮されます(違反点数がたまると強制受講)。ここでは、アルコール依存症の問題など、さまざまなチェックや心理教育、討論などが行われています。
飲酒運転による事故は、被害者の人生を壊し、加害者の人生も台無しになります。それでも、飲酒運転はなくなりません。罰金を2倍にしても、刑期を2倍にしても、無謀で危険な飲酒運転をする人はいるでしょう(最近話題になった脱法ドラッグによる運転、薬物運転の問題も、基本的には飲酒運転問題と同様でしょう)。
被害者の保護と共に、新たな犠牲者が少しでも減るために、私たちの幸福な生活のために、効果的な方法を探っていきたいと思います。適切な罰則、安全意識、安全文化の育成、治療、教育。そして、私たち一人ひとりが、飲酒運転撲滅運動に参加していきたいと思います。
■道交法65条(飲酒運転)・刑法208条(危険運転致死傷罪)
・酒を飲んで運転してはいけません。
・酒を飲んで運転する恐れのある人に、車を貸していけません。
・車を運転する恐れのある人に、酒を出してはいけません。
・酒を飲んで運転している人の車に、同乗してはいけません。
いずれも、懲役や30万~100万円の高額の罰金などが科されます。
・アルコールの影響により、正常な運転が困難な状態で運転して、人を死傷させた者は、危険運転致死傷罪の適用を受け、最長20年の懲役を科せられます(警視庁)。
<修正と補足>
上記「危険運転致死傷罪」は、飲酒運転等、悪質な運転で死傷事故を起こしても適用が見送られるケースがあることから、より事故の発生実態に即した改正が行われ、本年2014年5月20日から、「自動車運転死傷行為処罰法」が施行されました。
「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」の施行:警視庁(平成26年5月20日~)
(読者の方からのご指摘により修正と補足を行いました。ありがとうございました。)
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