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令和2年7月豪雨による人的被害の調査速報 洪水による家屋流失に伴う人的被害

牛山素行静岡大学防災総合センター教授

 筆者は,日本の風水害で,亡くなったり,行方不明になった方が,どのような状況で遭難しているのかについて調査研究を続けており,令和2年7月豪雨においても調査を始めています.その序報は先日「令和2年7月豪雨による人的被害の調査速報 発生場所とハザードマップ情報」の記事にしました.

 今回は,今災害において球磨川付近で見られた,河川の狭窄部の洪水によって家屋が流失し,人的被害が生じたケースの速報です.なお,コロナ禍を考慮して引き続き現地調査を見合わせていますので,報道等や地形情報をもとにした検討結果である点は,前回の報告と同様です.緊急にとりまとめているものですので,挙げている内容は今後修正される場合があることをご了解ください.

洪水で家屋が流失して犠牲者が出ることは少ないが

 土砂災害にともなう人的被害は,がけ崩れや土石流により家屋が損壊して生じることが一般的で,家屋が原形をとどめない程度に倒壊・流失することも珍しくありません.これに対し洪水で家屋が倒壊・流失して犠牲者が生じることは,近年の日本ではかなり稀です.たとえば,2019年台風19号(令和元年東日本台風)では,筆者の調査では44人が洪水で死亡・行方不明となりましたが,その多くは屋外行動中や非流失家屋への浸水によるもので,洪水で建物が流失・倒壊して亡くなった人は一人も確認できませんでした.また,平成30年7月豪雨についても筆者の調査では,洪水による死者・行方不明者81人のうち,家屋が流失したことで亡くなったと考えられた人は2人でした.

 近年の洪水災害においても家屋の流失が生じうる場所としては,以下が挙げられるでしょう.

  1. 堤防が決壊した場所のすぐ近く
  2. 堤防がない河川の河川沿い

 「堤防がない河川」として典型的なのは中小河川ですが,大河川でも山間部では,谷底のほとんどが河川で占められるような地形が見られ,こうしたところには一般に堤防はありません.堤防がない河川では,河川沿いに家屋が建てられているような形態が見られます.今回球磨川で見られた被害も,こうした場所でした.

球磨村一勝地 球泉洞駅前での家屋流失

 これまでの筆者の調査では,球磨川付近で少なくとも3世帯6人が,洪水による家屋の流失で死亡・行方不明となったと推定しています.特に,熊本県球磨村一勝地のJR肥薩線の球泉洞駅前では,2世帯5人が死亡・行方不明となったようです.7月21日付朝日新聞記事に,現地の写真が掲載されています.

 この場所をストリートビューで俯瞰するとこのようになります.朝日新聞記事では,球泉洞の駅舎の一部が残っている様子が見えますが,他の建物はすべて根こそぎ流失したと思われます.

 球泉洞駅付近の地形を断面図にしますと図1のようになります.先のストリートビューの画像も併せてみますと,この付近は谷底全体がほぼ球磨川の範囲で,斜面の一部を利用してJR肥薩線,道路,今回被災した家屋があったようです.地形の分類でいいますと,この付近はすべて山地で,河川が運んできた土砂が堆積した「低地」はほぼ形成されていないと言って良さそうです.

図1 球泉洞駅付近の地形断面図 地理院地図を用いて筆者作成
図1 球泉洞駅付近の地形断面図 地理院地図を用いて筆者作成

 こうした場所でどの程度まで浸水するかは見た目では判断しにくいですが,国土交通省「重ねるハザードマップ」を見ますと,想定最大規模,計画規模のいずれにおいても球泉洞駅付近は浸水想定区域となっていました.なお,河川付近が河原と思われる部分も含めて浸水想定区域となっていませんが,ここは「河川の中」ですので当然洪水の影響を受ける場所で,色が塗ってないからといって,安全であるとされているわけではありません.

河川沿いを破壊する「山地河川洪水」

 水は,水深が深く,勾配が急になるほど力が強くなります.狭い谷や山間部ではこうした条件が整いやすく,こうした場所での洪水は,単に浸水するだけではなく,河川沿いにあるものを大きく破壊しやすくなります.こうした形態の洪水を「山地河川洪水」と呼ぶ場合もあります.山地河川洪水では,河川沿いの家屋が流失して人的被害が出ることがあります.近年では,2017年7月の福岡県朝倉市,2016年8月の岩手県岩泉町(写真1)などでの被害が典型例です.

写真1 2016年台風10号による山地河川洪水で家屋が流失した岩手県岩泉町安家地区 筆者撮影
写真1 2016年台風10号による山地河川洪水で家屋が流失した岩手県岩泉町安家地区 筆者撮影

 球磨川は,山間部の人吉盆地の西側で狭くなった谷に流れ込み,海に向かって流れ下っています(図2).こうした狭くなる部分のことは「狭窄部」と呼ばれます.狭窄部ではいわば水が流れる幅が急に狭まるわけですから,水が流れにくく,溜まりやすくなり,狭窄部のすぐ上流側では洪水に見舞われやすいことが知られています.しかしそれだけでなく,狭窄部のなかでは,先ほど述べた山地河川洪水の形態が起こりやすい事にも注意が必要だと思います.また,こうした場所は一般に山間部なので,土砂災害にも注意が必要です.

図2 球磨川の狭窄部 地理院地図を用いて筆者作成
図2 球磨川の狭窄部 地理院地図を用いて筆者作成

 なかなか難しいところですが,先日の記事でも述べたように,洪水,土砂災害ともに,全く予想もつかないようなところで犠牲者が出るケースは多くありません.危険な場所が全く見当がつかないというわけではありませんので,ハザードマップ等をもとに,日頃からよく考えておくことも重要だと思います.

静岡大学防災総合センター教授

長野県生まれ.信州大学農学部卒業.東京都立大学地理学教室客員研究員,京都大学防災研究所助手,東北大学災害制御研究センター講師,岩手県立大学総合政策学部准教授,静岡大学防災総合センター准教授などを経て,2013年より現職.博士(農学),博士(工学).専門は災害情報学.風水害、特に豪雨災害を中心に,人的被害の発生状況,災害情報の利活用,避難行動などの調査研究に取り組む.内閣府「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン検討会」委員など,内閣府,国土交通省,気象庁,総務省消防庁,地方自治体の各種委員を歴任.著作に「豪雨の災害情報学」など.

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