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道路陥落事故を乗り越えて 工夫を重ねた馬蹄形トンネルの完成まで【七隈線延伸をひもとく③】

梅原淳鉄道ジャーナリスト
博多駅付近の馬蹄形のトンネルでテスト走行中の七隈線の車両 提供:福岡市交通局

 今年2023(令和5)年3月27日、福岡市の地下鉄七隈線(ななくません)の天神南駅(てんじんみなみえき)と博多駅(はかたえき)との間の1.6kmが開業しました。鉄道ジャーナリストである筆者(梅原淳)は工事を担当した福岡市交通局の皆さんにお話をうかがい、これまで2回にわたってこの区間のトンネルがどのように掘られたのかを箱形、円形とトンネルの形別に取り上げてきました。1回目が「人が行き交う地下街の下にどうやって? 箱形トンネルの掘り進め方【福岡市地下鉄七隈線延伸をひもとく①】」、2回目が「理由は渋滞回避! 巨大シールドマシンで円形トンネル掘削の裏側【福岡市地下鉄七隈線延伸をひもとく②】」です。まだの方はどうぞご覧ください。

福岡市地下鉄の路線図。緑色が七隈線で天神南-博多間が2023年3月27日に開業した。オレンジ色は空港線、青色は箱崎線だ。福岡市交通局のホームページより
福岡市地下鉄の路線図。緑色が七隈線で天神南-博多間が2023年3月27日に開業した。オレンジ色は空港線、青色は箱崎線だ。福岡市交通局のホームページより

七隈線天神南-博多間を上から見た平面図と横から見た縦断図。トンネルは「開削工法」が箱形、「シールド工法」が円形、「ナトム工法」が馬蹄形だ。「中間駅」とは櫛田神社前駅を指す。提供:福岡市交通局
七隈線天神南-博多間を上から見た平面図と横から見た縦断図。トンネルは「開削工法」が箱形、「シールド工法」が円形、「ナトム工法」が馬蹄形だ。「中間駅」とは櫛田神社前駅を指す。提供:福岡市交通局

 3回目となる今回は馬のひづめのような形をした馬蹄形(ばていけい)のトンネルをどのようにして掘ったのかを紹介しましょう。鉄道にご興味のあるお子さんとぜひとも一緒にお読みください。

馬蹄形(ばていけい)のトンネルはどのように掘られたのか

箱形、円形のトンネルを掘るのは難しいので……

 博多駅のホームのうち櫛田神社前駅(くしだじんじゃまええき)寄りの57m分、そしてホームの先端(せんたん)から櫛田神社前駅寄りの139m分、合わせて196mのトンネルは馬のひずめのような馬蹄形(ばていけい)となっています。その方法を大まかに言いますと、まずは小さな穴を開け、その穴を広げて馬蹄形とし、掘った部分をコンクリートで固めるというものです。山をくぐり抜けるトンネルの掘り方と同じでして、このような工事の方法を山岳トンネル工法と言います。

 実はこの部分は1回目で紹介した箱形のトンネルを掘る開削工法(かいさくこうほう)でも、2回目で紹介した円形のトンネルを掘るシールド工法でも掘ることができます。でも、七隈線は「はかた駅前通り」という交通量の多い道路の下を通っていて、2回目で説明したときと同じように、地上から穴を掘る開削工法では道路の一部または全部をふさぐこととなって、渋滞が発生するかもしれません。

 始発駅、終着駅となる博多駅では、ホームに進入する直前に列車が2本の線路をお互いに行き来できるよう、シーサースクロッシングと呼ばれる渡り線(注、冒頭のタイトル写真で見ることができます)の一種を置かなくてはならず、約14.5mと幅の広いトンネルが必要となります。しかも、トンネルの幅はホーム部分に向けてさらに広げ、一番広くて約18.5m分のスペースがなくてはなりません。同じ直径の円形のトンネルを掘ることが得意なシールドマシンでは難しく、掘ることができたとしてもいくつものシールドマシンを用意しなければならず、手間も費用もかかってしまいます。

 さらに、この部分は岩盤となっていて土が硬く、シールドマシンで掘るのは苦労すると予想されました。この結果、工事のほとんどを地下で済ませられ、広い幅で掘ったり、途中で幅を広げるのもたやすく、岩盤でも問題なく掘ることのできる山岳トンネル工法が選ばれたのです。

ナトムとは何?

 山岳トンネル工法にはいろいろな方法があり、七隈線の工事ではナトムが選ばれました。ナトムとはアルファベットでNATMと書き、New-Austrian Tunneling Method(新オーストリアトンネル工法)を縮めた言い方です。いまでは多くの山岳のトンネル工事で採り入れられています。

山岳トンネル工法のうち、ナトムについて説明した図。新幹線のトンネルをはじめ、今日の山岳のトンネルのほとんどはナトムで掘られている。提供:福岡市交通局
山岳トンネル工法のうち、ナトムについて説明した図。新幹線のトンネルをはじめ、今日の山岳のトンネルのほとんどはナトムで掘られている。提供:福岡市交通局

 実際に七隈線で行われた工事の様子を説明しましょう。まずは馬蹄形の穴を掘る作業となりますが、一度に大きな穴を掘ると土が崩れる恐れがあるので、トンネルの上半分の真ん中に先進導坑(せんしんどうこう)と呼ばれる幅6.3m、高さ5.5mほどの逆Uの字形の小さなトンネルを掘っていきます。先進導坑を掘ることでこれから掘ろうとする場所の土の様子がわかりますし、地下水もここを通って流れていくので、この後に幅も高さも大きなトンネルを掘りやすくなるのです。

博多駅付近では山岳トンネル工法のうち、ナトムが採用された。写真は先進導坑に続いてその真上の部分を掘っているところ。提供:福岡市交通局
博多駅付近では山岳トンネル工法のうち、ナトムが採用された。写真は先進導坑に続いてその真上の部分を掘っているところ。提供:福岡市交通局

 穴を開けて逆Uの字形に広げたら、先進導坑と同じ形をした鋼鉄を取り付けて穴を支えます。ここからが重要で、土の中に向けて長さ9.5mから12.5mもあるボルトをトンネルの上と横との三方にたくさんねじ込んで、土を固めてしまうのです。かつてのトンネルの掘り方では鋼鉄の柱や板で支えている間にトンネルの壁をコンクリートで固めていました。でも、大変な力が必要ですし、地下水が多いなど条件の悪いところではとても大変だったのです。ボルトだけではまだ不安なときは、ボルトをねじ込む前に逆Uの字形の表面に厚さ5cmのコンクリートをスプレーのように吹き付けて、表面を先に固めてしまいます。

 目的の地点まで先進導坑が完成したら、次はトンネルを大きく広げる作業です。このときも残りの部分を一気に掘るのではなく、土の様子に合わせて先進導坑の上や左右から掘りました。このとき、先進導坑を掘るときに土にねじ込んだボルトが現れたら、見える部分だけ切って回収します。

 いまや穴をあけるのも、穴を掘るのも機械が活躍し、何十年も前のように人間がツルハシを抱えて作業をするということはありません。人のいない山の中ですと、ダイナマイトを爆発させて穴を広げることもしばしばです。さすがに都心ですので、七隈線のトンネルを掘るときには爆薬は用いられていません。

 掘ったトンネルが無事に馬蹄形となりました。鋼鉄の支えを取り付け、表面に15cmから20cmほどのコンクリートを吹き付けて固めます。そして、表面から長さ3mのボルトをやはりトンネルの上、横の三方に多数ねじ込むのです。

ナトムによる山岳工法のトンネルの仕組み。先進導坑はトンネルの上半分の真ん中にある。クジャクのように三方に広がっている線はロックボルトだ。提供:福岡市交通局
ナトムによる山岳工法のトンネルの仕組み。先進導坑はトンネルの上半分の真ん中にある。クジャクのように三方に広がっている線はロックボルトだ。提供:福岡市交通局

 トンネルの上や横の土を固めたら特殊な樹脂(じゅし)でつくられた防水シートで表面をおおい、地下水がトンネルの中に入るのを防ぎます。次に用意するのがトンネルよりも少し小さめな半円形の筒です。そして、トンネルの表面と半円形の筒との間に鉄筋を入れ、コンクリートを流し込んで固まればできあがりです。流し込んだコンクリートの厚さは60cmから110cmもあり、土や地下水がトンネルを強い力で押したとしてもびくともしません。

気をつけていても土が崩れ、大きな穴があく

 ナトムによる山岳トンネル工法でトンネルを大きく広げていた最中の2016(平成28)年11月8日の早朝5時15分ごろ、博多駅の櫛田神社前駅寄りにある円形のトンネルとの境目付近で突然トンネルの上の部分の土が崩れました。このときも作業が行われていて、大量の土砂や地下水がトンネル内にどんどん流れ込んできましたが、中にいた人たちは何とか避難できたそうです。

 明るくなって外を見ますと、「はかた駅前通り」の博多駅前2丁目交差点付近に幅約27m、長さ約30m、深さ約15mの巨大な穴があいていました。穴に落ちた人がいたかどうかが心配です。幸いなことにだれも巻き込まれず、けが人はいませんでした。でも、道路は通行止めとなり、地下を通っていた電線や水道管、ガス管などのライフラインが壊れてしまい、一刻も早く直す必要に迫られたのです。

トンネルの工事を行っている最中に突然崩れて、大きな穴があいた「はかた駅前通り」の博多駅前2丁目交差点付近。提供:福岡市交通局
トンネルの工事を行っている最中に突然崩れて、大きな穴があいた「はかた駅前通り」の博多駅前2丁目交差点付近。提供:福岡市交通局

 福岡市交通局は各方面の関係者と協力して復旧作業を進めました。地下のライフラインを直し、そして土とセメントとを混ぜた特殊な材料を運んできて穴を埋めていきます。地上に近いところには砕いた石をまき、道路を舗装し直して、穴があいてから1週間後の11月15日に道路は通行できるようになりました。

七隈線の電車が道路の下を走るようになった現在の「はかた駅前通り」の博多駅前2丁目交差点付近。写真右側が櫛田神社駅前方面、左側が博多駅方面だ。2023年4月26日 筆者撮影
七隈線の電車が道路の下を走るようになった現在の「はかた駅前通り」の博多駅前2丁目交差点付近。写真右側が櫛田神社駅前方面、左側が博多駅方面だ。2023年4月26日 筆者撮影

穴があいた原因を突き止め、再度ナトムでチャレンジ

 穴があいた原因はいくつかあります。主な理由を挙げますと、一つは硬い岩盤の一部に軟らかい砂混じりの土の部分があったからです。それからこの付近では地下水が近くにまで来ていて、土が強い水圧を受けていたこともわかってきます。

 いろいろな人たちと話し合った結果、福岡市交通局ではこれから掘るトンネルの上の土を強くし、さらには地下水も抜いてもう一度ナトムでトンネルを広げることとしました。都心ですからほかにもトンネルやライフラインがあり、これらを避けながら地上から穴を掘る開削工法ではとても難しいのです。

 前回取り上げたシールドマシンで掘ってはという案も出されました。でも、左右2つの円の一部を重ねた形をもつ特殊なシールドマシンが必要となり、こちらも工事が大変となると予想されてあきらめたのです。

 土を強くするため、地上から土の中に土を固める薬を入れました。固める薬はただ入れるだけでなく、場所によっては強い力で噴射(ふんしゃ)させた水とともに入れたのです。おかげでより広い範囲の土がバランスよく強くなります。

 ナトムでトンネルを掘る場所のうち、ホームがあって幅が広いところでは、土が崩れてこないよう、念には念を入れて工事が行われました。トンネルの上に左右に延びた鋼鉄製のパイプを何本も打ち込んで土を補強したのです。パイプは屋根のように張りめぐらされているので、パイプルーフと呼ばれます。

万全を期してトンネルの上の部分に張りめぐらされたパイプルーフ。提供:福岡市交通局
万全を期してトンネルの上の部分に張りめぐらされたパイプルーフ。提供:福岡市交通局

パイプルーフの仕組み。文字どおり、パイプがトンネルを屋根のようにおおっている。提供:福岡市交通局
パイプルーフの仕組み。文字どおり、パイプがトンネルを屋根のようにおおっている。提供:福岡市交通局

 大きな穴があくというトラブルに見舞われたものの、その後の工事は順調に進み、開業の2年前となる2021(令和3)年秋ごろまでにトンネルを無事に掘り終えることができました。あとは線路を敷いたり、架線を張ったりといった工事となり、2023年3月27日の開業日をめでたく迎えることができたのです。

皆さんもぜひ七隈線に乗ってみよう

 福岡市交通局の人の話によると、七隈線天神南-博多間のトンネルを掘ったときに出た土の量は22万立方mとのことでした。東京ドームの容積は124万立方mですから、案外少ないことがわかります。これらの土は一部は埋め立てに使われ、残りは適切に処理されて捨てられたそうです。

 トンネルを掘るときに悩まされた地下水は完成後も出ています。地下水はトンネル脇の排水溝を流れた後、途中で集められてからポンプでくみ出されて下水道に流されているそうです。もったいないと思う人も多いでしょう。皆さんのアイデアで、トンネルに出てきた地下水をたとえばお風呂に使うということも将来はできるようになるかもしれませんね。

 これまで七隈線は山陽・九州新幹線やJRの在来線の列車が発着する博多駅に乗り入れていなかったので、福岡市を訪れる人には少し使いづらい地下鉄でした。でも、今回の開業で多くの人たちが博多駅で七隈線の電車を利用するようになり、福岡市交通局によると予想以上の人たちでにぎわっているそうです。

 今回開業した七隈線天神南-博多間を乗車する機会があったら、ぜひとも途中の櫛田神社前駅で乗り降りしてください。きっぷ売り場や改札口のある地下1階には博多人形や博多織(はかたおり)といった福岡・博多ならではの工芸品も展示されており、壁面には博多祇園山笠(はかたぎおんやまかさ)というお祭の様子が描かれています。

櫛田神社前駅では博多人形や博多織などの博多の工芸品がディスプレーに収められて飾られている。ほかにもさまざまな展示があり、博物館のようだ。2023年4月26日 筆者撮影
櫛田神社前駅では博多人形や博多織などの博多の工芸品がディスプレーに収められて飾られている。ほかにもさまざまな展示があり、博物館のようだ。2023年4月26日 筆者撮影

 地下鉄の魅力はやはりトンネルです。暗いところも多いのですが、トンネルの形に注意しながら七隈線を利用するとさらに好きになるでしょう。もうすぐ夏休みです。福岡に行ったらぜひとも七隈線に乗ってくださいね。筆者は福岡市地下鉄経営戦略懇話会の委員も務めていますので、この場を借りてPRします。最後まで読んでいただきありがとうございます。また、福岡市交通局の皆様のご協力に感謝します。(取材協力:福岡市交通局)

鉄道ジャーナリスト

1965(昭和40)年生まれ。大学卒業後、三井銀行(現在の三井住友銀行)に入行し、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。『新幹線を運行する技術』(SBクリエイティブ)、『JRは生き残れるのか』(洋泉社)、『電車たちの「第二の人生」』(交通新聞社)をはじめ著書多数。また、雑誌やWEB媒体への寄稿のほか、講義・講演やテレビ・ラジオ・新聞等での解説、コメントも行っており、NHKラジオ第1の「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。2023(令和5)年より福岡市地下鉄経営戦略懇話会委員に就任。

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