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地方に住む「不本意非正規女性」を助けようーー“個人”を見据えた地方創生の提案ーー

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授
出展:エストニア政府

上山信一(慶應大学総合政策学部教授)&丸の内くるみ(NPO法人シングル非正規職あきた女性の家)

コロナを機にリモートワークや二カ所居住が増えている。地方活性化のチャンスだが、今のところは東京からの移住や二カ所居住が多い。もともと地方に住む人たちが地元に住んだままやりたい仕事に就ける社会になりつつあるかというと相変わらず厳しい。

〇地方に住む「不本意非正規」の女性たち

日本はひと通りの社会保障と福祉が充実し、教育も行き届いている。しかし、各種支援制度の隙間で貧困に苦しむ人たちがいる。とりわけ地方都市に住む「不本意非正規」、つまり望む仕事に就けていない女性たち、とりわけなかでも独身女性(「シングル非正規女性」)に光を当てるべきだと思う。

今般、秋田のシングル非正規女性の実態調査が発表された(https://016d714c-cb55-451b-b7f3-3891ee6e7607.filesusr.com/ugd/143ed9_1dbeaecc1faf4c758f9a7814d42f3e3b.pdf),「NPO法人シングル非正規職あきた女性の家」がハローワーク秋田に来た方々90人に行った調査)。

そこからは、以下のような事実が浮かび上がってきた。

秋田の女性雇用者の5割以上が非正規である。また雇用者全体の3分の1が非正規で、その7割が女性だった(ここまでは全国とほぼ同じだった)。

ところが、秋田の「シングル非正規女性」の約3分の2(64.4%)の方々の年収は150万円未満にとどまる上、半数の人が「自分の勤労収入が主な家計収入」と答えた。生活は非常に厳しいだろう。ちなみに横浜、大阪、福岡の3エリア(以下「3エリア」)でも状況は厳しいが、年収150万円以上が71.6%となり、秋田よりはまだ恵まれていた(150~250万円未満39.8%、250万円以上31.8%)。要するに、秋田の非正規シングル女性たちは経済的に極めて厳しい状況にある。

〇どうやって悪循環を脱するか

シングル非正規雇用の女性の給与や労働条件は都市より地方で状況がいっそう悪く、しかも深刻な悪循環に陥っているようにみえる。今回はこの課題と解決策について、「NPO法人シングル非正規職あきた女性の家」の丸の内くるみ氏と考えた。ここからは同氏との共同執筆である。

〇さまざまな悩み

まずアンケートから秋田の非正規シングル女性が具体的にどのような悩みを抱えているのかみてみよう。

①最初の問題は雇用契約期間の短さである。秋田では「6か月未満~3年未満」がほとんど(94.0%、3エリアの平均は89.2%)である。「6か月、1年はあっという間、3年さえ短い。すぐ職探しとなる。」「面接の度に年齢が上がり、なかなか面接に至れなくなる」という声があった。

②不本意の非正規が大半

今や非正規自体は珍しくない。都会では男性も含め、自ら希望して自由な非正規を選んでいる人も多い(「希望成就型非正規」)。ノマドワーカーともいわれ、スキルがあって会社に縛られたくない。だが秋田のシングル非正規女性が「非正規についている理由」1位は「不本意非正規」、すなわち「正社員として働ける会社がなかったから」というもので、現在求職中の方を除く回答者全体の59.3%を占めた(3エリアは61.7%)。

③同居家族についての悩みも

第2位は「家庭の事情優先」で、32.0%(3エリアは12.3%)となった。こうした事情を反映し、「暮らしに関する悩みや不安」について問うと、1位が「仕事」、2位が「老後の生活」、3位が「健康」、そして4位が「親や家族のこと」だった。

ちなみに秋田では同居率が71.1% (3エリアでは52.1%)と高く、すでに現在同居している家族のことで悩んでいる。「父が施設入所で、その費用を一部負担している。さらに母に何かあったら、働いていけるか不安」という声があった。一生懸命生きようとしているが、何ともできない現実に、「不安が一杯」、「未来がない」、「消えたくもなる」と言う彼女たちの声が耳に残っている。都会では自分自身について将来必要となる介護を悩む人が多いが、そんな余裕すらないようだ。

④スキル志向の低さ

秋田のシングル非正規女性は教育・研修を考えるゆとりもあまりない。「仕事に関する悩みや不安」として「教育・研修がない」を上げた人は、秋田では5.6%、3エリアでは21.8%だった。秋田では「教育・研修がない」という「悩みや不安」を抱いていないのだろうか。「利用したいサポート」として「仕事に必要なスキルアップの場」をあげた人は秋田では15.6%、3エリアは39.1%と差がある。「企業・仕事とのマッチングの場」についても秋田は12.2%、3エリアは29.5%と差が付く。スキルアップやマッチングなどを経験した人が少なく、質問のやり方を変えて、「どういうサポートが欲しいか」聞いてみると、「職業訓練・資格取得支援」を望む人は秋田では27.8%にとどまり、これも3エリアの38.3%を下回った。「今望んでいること、めざしたいこと」について聞いても、「資格取得」を心に決めて目指している人は秋田では4.4%(3エリア8%)となった。秋田では「教育・研修」の必要性があまり理解されていないと思われる。ちなみに、「非正規についている理由」で、秋田は「資格・技能を生かせる」という積極回答者は2.3%と皆無に等しい(3エリアは24.5%)。自分自身のスキルを高めて、より高いレベルの仕事や資格を目指す機会と意欲があまりみられない、いや余裕がないように見える。

⑤人間関係の悩み

「仕事に関する悩みや不安」については、秋田では「収入が少ない」が50%(3エリアでは82.4%)となった。「人間関係」31.1%(3エリア21.1%)、「雇用継続の不安」20%(3エリアでは59.4%)の順であった。「人間関係」については。「人間関係からうつになった」という話も散見された。中には「日赤訓練生としてせっかく資格を取ったのに、逆にそれが原因で職場において高圧的いじめを受け、今は休職中である」との声があった。

「自分を高める」よりも、「人間関係」に気を使い、目立たないようにしようというストレスが働くのかもしれない。

以上①~⑤をまとめてみると、秋田では在職中の非正規シングル女性の過半数が不本意の非正規で、年収も低い。彼女たちの多くは雇用主から専門スキルを求められず、トレーニングを受ける機会も少ない。本人もスキル獲得への意欲を示していない。家庭の事情もあって将来展望を描けないまま、その日その日を送り、よりスキルの高い仕事にも就けない。こうした悪循環に陥る姿が浮かび上がってきた。

〇背景にある社会的要因

彼女たちはなぜチャンスに恵まれないのか。本人たちの意識を変えると同時に、地元の経営者のマインドセットも変えていく必要がある。

 コメントには、「雇用契約にない仕事や時間・場所を平気でやらせられた」「有休が39日あったが、1日ももらえなかった」「営業中の駐車料金を出してもらえない」「103~130万円の制度で、既婚者の代わりに働かされた」などの声があった。こうした現場の背景には、おそらく「女性は出産や配偶者の転勤などですぐに辞めるかもしれない。だから人材開発にはお金はかけない、そもそも正規で雇わない」という女性に対する経営者の思い込み、あるいはもしかしたら差別意識があるのではないだろうか。ちなみに秋田のシングル非正規は「婚姻歴なし」が半数以上の53.3%を占め(3エリア83.1%)、シングルマザーを上廻る。

〇県や市に求めたいこと

①悪循環を脱する入り口は、「就業教育」からの見直し

こうした悪循環をどうやって断ち切るのか。小中高生の頃から職業選択や働くことについてきちんとした教育と動機付けをする必要がある。

まず「将来何をやりたいのか」をよく考えさせる。もちろん学歴や資格も大事だが、そもそも何をやりたいのか自分で見つけられるように仕向けて行く。そして「どう生きたいのか」「思い通りにいかない場合どうするか」をよく考えさせる。中高では、卒業生を送り出す前の労働者の権利教育も必要だ。そして「卒業しても何かあったら相談に来い」とドアを開け続けておく。ここまでやることが中学・高校、専門学校、大学など母校の役割と考える。

何かあるとすぐ仕事を辞める人が増えているが、本人の根気よりも会社側の対応に問題がある場合も多い。すぐに辞めてしまわず母校やハローワーク等に相談し、法律も調べ、自分を活かす解決策を自分も動いて探るよう予め教えておく。

②自治体の企業誘致の仕方に工夫が必要

自治体が企業を誘致するのは、若者に仕事を与え、地元を元気にし、周囲の企業を牽引してもらい、同時に地元経済を好転させるためだろう。

しかし、「県の誘致企業に何度か就業したが、雇い止めありきでどんどん人を入れ替える。何年たっても体制が変わらない。人を入れることだけで優遇されているのか。求人が増えていると言っても短期契約ばかり」との声があった。

自治体は誘致企業を様々に優遇する。企業を選ぶ際には、若い世代がスキルを身につけて安定して勤め続けられるような企業を選ぶべきだ。それが真の地域の内需拡大につながってくる。

③自治体やNPO、民間の就業支援、事業の告知や改良

自治体やNPO、民間には就業支援で使い勝手の良いサービスがかなりある。しかしあまり知られていない。

例えば秋田市社会福祉協議会に、「ふれあいさん」というサービスがある。これは産後の子育てや怪我をした若い人の生活支援など、介護保険と関わらない分野にホームヘルパーを派遣する事業で、助かっている人も多い。しかしこの制度の存在を知らない人は多い。「一人なので病気やけがでどうしようもない時、連絡するとちょっと手を貸してくれるところがあればいい」と言う声と、是非繋がってほしい。

あったらいいのに、と思う制度の例を挙げよう。例えば「面接で手応えがあっても、身元保証人がないことで不採用になった。公的機関で、保証人制度を設けてほしい」と言う声があった。身元保証人がいないと入院もできない。これこそ形にしていくべきサービスと思う。

またPC操作を学びたいと言う声は多いが、シングル非正規が仕事の都合や自分の休日に合った講座を見つけることは難しい。受講希望者の曜日・時間に合わせて講座を受けられるサポートがほしい。

〇地元経営者に求めたい対応

①働きやすい職場を作ると若手労働者が確保できる

秋田は全国に先駆けて、高齢化、少子化が進み、生産年齢人口の減少で働き手は常に不足している。そんな中、シングル女性の活用は重要なはずだ。しかし彼女たちは家族の世話・介護に追われ、シングルでも出産・育児の悩みを抱える人もいる。企業は個々人からのこれらの声をうるさがらず、働きやすい職場を作る。そうしてはじめて有能な若手労働者の確保ができると考えるべきだ。経営者の啓もう、啓発も必要だ。これからは女性社員をスキルアップ・マッチング・情報提供などで育成し、女性が活躍できるようにする企業が成長できる。

②人材育成に投資した企業は成長する

調査結果に戻ろう。「今望んでいること」を聞くと、「やりがいのある仕事」は、秋田32.2%、3エリア21.8%、「生きがいを見つけたい」は、秋田17.8%、3エリア13.4%となった。そして「今の職場で働き続けたい」は、秋田が4.4%、3エリアで20.7%と大きな差が出た。秋田では現在、ほとんどが希望する仕事に就けていないようだ。そして秋田では「ゆっくりペースで働きたい」という人が28.9%(3エリア14.6)%となり、秋田では消極的な生き方を望む結果となっている。しかし人の持つ可能性は大きい。経営者がリードすれば変わるのではないだろうか。

〇民間、NPOによるゆるやかなサポート環境づくり

今回の調査でもう一つわかったことは、相談相手が足りないという問題だ。調査からは、「身近な人に相談できないことを聞いてくれる場」「夜、相談できるところ」「名前を伏せて語れる場」「シェアハウスがあれば」「独身でも入れる県営住宅」など、相談拠点や交流の場、住む所を探してくれるサポートなどを求める声が多かった。

ちなみに、当NPOもシングル非正規を对象に、相談事業と交流事業を実施している。相談事業は、毎週木~土曜、13~21時、事務所で受けている。対面、メール、電話、手紙、さらに体調不良者には出かけていき、昨年度は延べ77名に対応した。コロナ禍で、後半は来所が減ってメール・電話が増えた。

交流事業「しゃべり場」は2か月に1回開いている。本名を言わず、愛称参加とし、部屋を出たら交流内容を言わない約束で、抱えている不安や悩みを語り合い、互いに質問し合っている。悩んでいることの解決は本人がすることだが、安心して語る場があることで、心の整理ができ、やりたいことが見えてくるようだ。コロナ禍で開催できない時もあったが、1回6名までで、年間20名が参加した。

〇国の税制や社会保障制度の見直しの問題

現在の国の制度は「女性は被扶養者とされ、配偶者の所得とあわせて家族全体で食べていけるはず」と想定している。しかしこれはもはや幻想である。今や「婚姻歴なし」の女性が半数以上を占め、「婚姻歴あり」のシングルでも、離・死別後は働き続けている。婚姻を前提とする現在の税制・社会保険制度は実態から大きく乖離している。税制・社会保険制度を個人単位に組み直す必要がある。

〇シングル非正規女性問題は国家戦略課題である

同居率71.1%の秋田のシングル非正規は3分の2が親世代と同居で、いずれ仕事と介護の両立を迫られ、見送った後は貧困な一人暮らしとなる。彼らの多くは婚姻前提の現在の税制・社会保険制度から抜け落ち、短期雇用の連続で疲弊している。彼女らの実態は、秋田に限らず、他の地方にも多くみられるはずだ。

2018年労働力調査によると、「不本意非正規」の人材は全国で男性127万人、女性129万人、合計256万人もいる。この問題は、単なる福祉、雇用支援の問題ではなく、まさに国家戦略課題の一つである。

〇団塊の世代の退職から生じた余裕を若い世代に回そう

『デフレの正体』(藻谷浩介著2010年角川書店)に、「団塊世代が75歳を迎える2025年まで全国で65歳が367万人も退職していく。団塊世代の一次退職に伴って浮いた人件費を若者に回す努力をすることで内需の減退を防ぐことが可能」とあった。

できる企業から退職者増によって浮いた人件費を若い世代に回し、不本意非正規を正規として採用し続けたらどうか。若い世代が安心して仕事ができる環境を整えることで、長期的には出生数が増加し、生産年齢人口減少が緩やかになり、シングル非正規女性が直面している問題も、少しずつ改善していくのではないか。

今回はアンケートに答えてくださった多くの方のお陰で調査を実施できたが、ほとんどが無記名なので調査結果を届けることができない。彼女たちは将来展望を描けず疲弊している。3エリアの方々は秋田よりは年収が多い。それでも都会特有の厳しさがあるだろう。今回の報告が多くの方々の目に触れ、その結果彼女たちの生活が少しでも変わっていくことを心から願う。

慶應大学名誉教授、経営コンサルタント、大学院至善館特命教授

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。アドバンテッジ・パートナーズ顧問のほかスターフライヤー、平和堂等の大手企業の社外取締役・監査役・顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまでに世界119か国を旅した。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

改革プロの発想&仕事術(企業戦略、社会課題、まちづくり)

税込214円/月初月無料投稿頻度:月1回程度(不定期)

筆者は経営コンサルタント。35年間で100超の企業・政府機関の改革を手掛けた。マッキンゼー時代は大企業の再生・成長戦略・M&A、最近は橋下徹氏や小池百合子氏らのブレーン(大阪府市、東京都、愛知県、新潟市等の特別顧問等)を務めたほか、お寺やNPOの改革を支援(ボランティア)。記事では読者が直面しがちな組織や地域の身近な課題を例に、目の前の現実を変える秘訣や“改革のシェルパ”の日常の仕事と勉強のコツを紹介する。

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