名将は、伝統と常勝の使命を背負う大事なバトンを次の世代へと引き継いだ。

　巨人の原辰徳監督が今季限りで退任し、巨人は阿部慎之助ヘッド兼バッテリーコーチの昇格を発表した。

　原監督は２００２、３年、０６～１５年、そして１９～２３年と３度、ジャイアンツを率いた。私が少年時代だった現役のころは、巨人の「不動の４番」。スター選手として、全国中継で抜群の人気を誇った。１９９５年の現役引退後は指導者の道を歩み、長嶋茂雄・現終身名誉監督の後継として指揮を執った。監督通算１７年で球団歴代最多１２９１勝、リーグ優勝９度でうち３回は日本一を達成。２００９年には、なかなか決まらなかった第２回ワールド・ベースボール・クラシック（WBC）の日本代表監督も引き受けて、侍ジャパンを２連覇へ導いた。

　「監督像」がメディアを通じて、どれほど正確に伝えられているかは分からない。もちろん、人によっても印象は違うかもしれない。私から見た原監督は「選手との対話をとても大切にしてくれる監督」だった。選手と監督の関係というのは、現役選手にしかわからない独特の緊張感がある。若いときでも、ベテランになってからでも、監督から声をかけてもらえるというのは「気にかけてもらっている」ととても嬉しいことである。

　監督は常にチームの勝敗を背負うが、実際にグラウンドでプレーするのは選手である。采配が理にかなっていても、代打や中継ぎで試合に向かう選手が、準備を怠っているとうまくいかない。「監督がどういうふうに動くか」。監督の意図を選手が理解しているチームは強い。そのためにも対話は必要なのかなと思う。

　原監督の第２次政権のときは、私自身は苦しいシーズンだった。０７年は豊田清さんに代わって抑えに回ったが、本来の先発としての活躍はできずに悔しい思いも味わった。監督に申し出て先発に戻った０８年も開幕から調子が上がらなかった。２軍落ちを通告され、ふがいない思いをしていた自分に、原監督は「体をもう一度、作り直してきてくれ。自分でまたいけると思ったら言ってきてほしい」と復調を託された。

　「厳しい監督」「非情な采配」と評されることが多い原監督ではあるが、私は原監督がプロとして選手と接しているからこその対応であると考える。巨人は勝ちながら選手を育てることを求められ、同時に、選手を育てながら勝つことを求められる。実績のある選手がFAで移籍してくることもあり、チーム内の競争は厳しい。ベテランでレギュラーを務めている選手は、そうした競争を勝ち抜いた選手たちである。ベテランへの信頼は厚く、レギュラーの壁は高いのもジャイアンツの特徴かもしれない。

　では、若手はチャンスをもらえていないかと言えば、そんなことはない。育てるという使命がある以上、多くの選手にチャンスはあった。実際、原監督の起用を見ていると、１、２軍の入れ替えも他球団より多いくらいではないだろうか。あとは、与えられたチャンスでいかに結果を残すか。私の在籍時代でいえば、若くして遊撃手のポジションを勝ち取った勇人（坂本勇人選手）にしても、レギュラーだけでなく代打にも活路を見出して長く現役を続けた亀ちゃん（亀井善行・現１軍打撃コーチ）にしても、自分の実力で結果を残して信頼を得ていった。

　新監督になる慎之助も、厳しさは持っているはずである。スター街道を突っ走ってきたように見えるが、彼自身も努力で結果を積み上げた選手だからである。入団当初のリードは「困ったらアウトコース」だった。インコースも織り交ぜた配球で組み立てたい私は何度も首を振った。数年後には、投手ごとにリードも変化に富んだ捕手になっていった。さらに、超一流の打撃で何度も救ってくれた。

　２年連続Bクラスのチーム再建をどう担っていくのか。鍵はセンターラインだろう。勇人に遊撃手を任せるのか、捕手を固定するのか。ベテラン選手の起用も注目している。

　優勝を逃したチームに長いオフは必要ないと思っている。特に若手は秋季キャンプから勝負が始まる。練習量が多いとけがにつながる、トレーニング方法が古いと非効率－。いろんなことを言われる。私は古いタイプかもしれないが、練習をしなくてうまくなる方法をしらない。練習をせずに活躍していった選手も知らない。いまは、けがにつながりそうなら、周りがブレーキをかけてくれる。思う存分にオフに鍛えた選手が、翌シーズンに結果を出せるはずである。監督交代をチャンスととらえ、アピールできる選手が多いほど、チームの底上げにつながるだろう。