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“山田邦子の「84点」”の衝撃から始まった激動の『M-1グランプリ2022』を振り返る

てれびのスキマライター。テレビっ子
『M-1グランプリ2022』(朝日放送・テレビ朝日)公式HPより

昨日行われた『M-1グランプリ』(朝日放送・テレビ朝日)は、最終決戦に3位で勝ち進んだウエストランドが、7人の審査員のうち6票を獲得し、劇的な優勝を果たした。

ウエストランドは2020年以来、2年ぶり2回目の決勝進出。2020年は、ラストである10番目に登場し、井口本人曰く「10位よりウケなかった9位」に沈んだ。そして今回、出番順を決める「笑神籤」はまたもウエストランドをトリに選んだ。だが、一度それを経験していたウエストランドはもはや動じなかった。

「あるなしクイズ」を題材に、井口得意の毒舌を矢継ぎ早に繰り出す。前回、松本人志から「刺さる言葉があってすごくいいんですけど、もっと刺してほしかった」という審査コメントをもらった彼らは、その要求どおり「刺さる言葉」を量産したのだ。

最終決戦は1本目に登場。つまり2本連続でウエストランドの漫才という一見すると不利な状況だったが、1本目と同じ「あるなしクイズ」のフォーマットの漫才を選択したことが功を奏した。1本目を凌駕する「刺さる言葉」を放ち続け、前回大会の漫才中に吐いた「いいか、お笑いは今まで何もいいことがなかったヤツの復讐劇なんだから!」という言葉を体現するかのように、リベンジを果たしたのだ。

トップバッターへの84点

そんな2022年大会、注目されたことのひとつとして、審査員の一部が交代したことが挙げられる。上沼恵美子、オール巨人が勇退し、その代わりに、博多大吉が復帰、そして、女性芸人として“天下”を獲った「東のレジェンド」山田邦子が新たに加わったのだ。現役で舞台に立っているとはいえ、本格的な漫才の経験はなく、審査員としても未知数だったため、一部で不安視もされていた。

そうした中で、トップバッターのカベポスターに下した山田邦子の採点は「84点」。他の審査員が立川志らくを除き90点台(志らくは89点)だったこともあり、その低さが目立つことになった。

しかも「とっても面白かった。大好きです。私としてはすごい高い点数をつけたと思ったら一番辛かったですね」と言った上で「アハハハッ!」と大笑いしたこともあり、本当に大丈夫か?と思った視聴者も多かったに違いない。その直前に松本人志の「焦っちゃったんで5点マイナスにしちゃった」というボケに対する「人生なんやと思ってんの?」という永見のツッコミのフレーズが脳裏にリフレインした人もいるだろう。

だが、むしろ基準点となる1組目としては、他の審査員の方がかなり高めというのが過去のデータからもわかる。

(※筆者作成)
(※筆者作成)

第2期(2015年以降)の『M-1』だけを見ても、昨年からやや点数が高騰しているが、それ以前は、80点台が平均。2019年には松本が82点をつけてもいる。

実際のところ、極端なことを言えば、90点以下をつけておかなければ、その後、すべての組がトップバッターを上回った場合、点差をつけられないことになってしまう。そういった意味では、低くつけたほうが正確性を担保しやすいはずだ(例えば、今年の『R-1グランプリ』ではバカリズムが1人目に唯一80点台の「84点」をつけ、その後、すべての組に差をつけた審査をしている)。

真空ジェシカへの95点

つまり、2組目以降、周りの点数が高いからといって、それにつられて高い点をつけずに基準点からどれくらいの差があったかで採点すれば問題はない。

だが、山田邦子は、2組目の真空ジェシカに一気に11点も高い「95点」を与えるのだ。こうなると、山田邦子ひとりの点数が勝敗の差を大きく左右する大会になりかねない。それは賞レースとしては決して望ましいものではない。

しかし、意外にもその後、山田邦子は比較的ハッキリとした評価基準(大喜利的発想が優れた漫才を高評価する傾向)をもとに、しっかり点差をつける採点をしていく。一見、ブレたように見えた真空ジェシカの高得点も「大爆笑何回するかと思っていたら、最後やめてくれってくらいおかしくなっちゃったんで」と絶賛のコメントをしていたように、頭抜けていたという判断だったのだろう(ただ、それでも1組目のカベポスターはやはり他の組と比較しても低すぎるように思えるが)。

実際、下表のとおり、山田邦子を除いた6人の合計点での結果と、山田の点を加えたときの結果はほとんど変わらない。最終決戦に進出した3組も結果的には変わらなかった。

(※筆者作成)
(※筆者作成)

ちなみにこれは他の審査員をひとり除いて計算した場合も同様。誰が抜けても最終決戦の3組は変わらなかった。決して誰かひとりの採点が大きな影響を与えたというものではないということだ。

(※筆者作成)
(※筆者作成)

興味深いのは、山田が最高得点をつけた真空ジェシカは、松本が88点と低評価、逆に松本が最高得点の96点をつけた男性ブランコは、山田が86点と低評価(大吉はこの2組とも比較的低め)だったということ。そのように評価がわかれた組は勝ち上がれなかった。

逆に各審査員それぞれが概ね4位以内(ロングコートダディのみ大吉は5位)の評価を受けた3組(3人が最高得点、2人が2番目に高い点数をつけたさや香が頭ひとつ抜け1位に)が勝ち残った。

(筆者作成)
(筆者作成)

波乱含みの本大会であったが、冷静に点数を見てみると真っ当な審査で最終決戦進出者が選ばれていたといえるだろう。『M-1』は審査員全員から高評価を得られなければ勝ち上がれない熾烈な大会なのだ。

ライター。テレビっ子

現在『水道橋博士のメルマ旬報』『日刊サイゾー』『週刊SPA!』『日刊ゲンダイ』などにテレビに関するコラムを連載中。著書に戸部田誠名義で『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』(イースト・プレス)、『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか 絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』、『コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』(コア新書)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮社)など。共著で『大人のSMAP論』がある。

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