なぜレストランがNY経済に重要なのか 広がるパニック、経済に大打撃

郵便局の窓口に貼られたマスク 撮影:中村英雄

「今、料理人も含めて10人に‘最後’の小切手を渡したところ。あまりにもやることがあって、この先どうなるかなんて、考える暇もない」

涙目のクリスタル・ウィリアムズさん。ワインバー「ジュリアズ」のオーナー兼シェフだ。近所の人気レストランで、新しく引っ越してきた人に「いいレストランは?」と聞かれると、私も含め誰もが「ジュリアズ」と答える場所だった。

私のお気に入りは、とろけそうな鴨肉が入ったパイで、サイドのルッコラサラダも絶妙なフレンチドレッシングで和えてある。でも、もう2度と食べられないかもしれない。

クリスタルさんは「数日以内にビジネスを撤退するかどうか決断を迫られる」と目を大きく見開いた。

3月16日、ニューヨーク州のクオモ知事が、新型コロナウイルスの拡大を防ぐため、レストラン、バー、カフェを同日20:00以降、営業中止にすると発表した。テイクアウトとデリバリーは可能である。

しかし、ジュリアズはそのおしゃれな雰囲気やワインの品揃えでファンを惹きつけており、テイクアウトの収入は従来、週にたった200ドル程度。つまり数件しかないのだ。家賃よりも多い光熱費や材料の仕入れ費用は月に50,000ドル。とてもテイクアウトだけで賄える見通しがない。

おしゃれなワインバーのJulia's クリスタルのお母さんの名前だ 撮影:津山恵子
おしゃれなワインバーのJulia's クリスタルのお母さんの名前だ 撮影:津山恵子

私がジュリアズに行ったのは3月16日午後8時以降の営業を禁止される前。クリスタルさんは、お客への対応の他に、やることがあまりにもたくさんあった。コップを洗い、ワインを注ぎながら、忙しく共同経営者に指示していた。

1、 営業を止めて、テイクアウトとデリバリーだけにするという顧客へのメール

2、 料理人を解雇したため、テイクアウトとデリバリーのメニューの変更。ルッコラサラダはポテトチップに。

3、 GoogleMapなどに表示される営業時間やメニューの変更

4、 規制の関係で、ワインのデリバリーはできるが、ビールの配達はできないということの告知

こうした会話がある中、最後の小切手を受け取ったヒスパニック系の料理人が、パソコンを開き、オンラインの就活インタビューを待っていた。職を得たかは不明だが、インタビューにつながった時、「つながったよ!」と振り返った彼の目に涙が光っていた。

レストランやバーの従業員は、日本でいうとアルバイトで正式な従業員ではない。時給は10ドル前後とされているが、私の取材ではそれよりも低いケースが多い。なぜなら、アメリカではチップという制度があり、標準は飲み代の15~20%である。レストランの時給従業員は、チップをもらえるという前提で、時給が最悪だと2~3ドルにまで引き下げられている状況がある。

通常であっても、レストラン・バー業界に働く人々は厳しい状況にあった。

さらにである。

3月16日までに、ニューヨークのデブラジオ市長と、クオモ州知事は、レストラン、バーを始め、映画館、ジムなどの営業禁止を表明した。その後、ニューヨークはほぼゴーストタウンになった。

ガラガラとなったニューヨーク5番街  撮影:柏原麻美
ガラガラとなったニューヨーク5番街 撮影:柏原麻美

その直後に交わしたのが、ジュリアズのクリスタルさんとの会話である。

「テイクアウトがたくさん出るという結果が週末までに出なければ、廃業するという決断をなるべく早くしないと。私は自閉症児がいる2児のシングルマザーで、共同オーナーは明日にも出産という状況なの。スタッフをレイオフして、私たちオーナーへの給料はなし。そんなことは続けられない」

彼女と話した後に、近所のバーやレストランで働く多くの友人が、「レイオフ」されたということを知った。

私のアパートに近いバー「The Bad Old Days」も3月14日に多くの馴染みが悲しそうに飲む中、休店した。オーナーであるソーニャ・ラトニキさんは「みんなの健康と安全を、自分の財政的安定より尊重するべきだと思った」とソーシャルメディアで休店の理由を表明した。同時に、4人のバーテンダーをレイオフしている。そのうちの2人は最近、事故に遭い療養中であるにも関わらずだ。

全米では最大の日本食レストランの数があるニューヨークだが、そこにも打撃がある。

日本人駐在員の間で人気の「つくし」のオーナー、真鍋徳彦氏はこう語った。つくしは創業から30年ちかい。

「911の米同時多発テロの時もレストランは開けていられることは開けていられたが、開けちゃダメだよ、と言われたのは初めて。この先どのくらいまで閉めていないといけないのかというのがわからないので、本当に厳しい」

「働いている人も(休業が)1カ月とか休みになると、収入も減っていくし、生活が崩れて行くので、もうニューヨークにはいられないし、自分の国に帰っていくとかそういうのも出てくるだろう」

実際に、近所に住む2児のシングルマザー、セリーナは、フレンチレストランのサーバーだが、こう言う。

「少しは蓄えがあって、なんとかなりそうだけど、2週間以上の無給となると、コロナウイルスがない国に行って働こうとか考えないと」

レストランやバーが閉まることの影響は、日本人にはわかりにくいかもしれない。時給で働いている人に何も保証がなく、休業となったらすぐにレイオフである。現金収入がそれだけの友人はあまたいる。貯蓄もなく、彼らは3月末に家賃や電気代すら払えない状況にあるのだ。

加えて、レストラン、バーの休業がもたらす経済への影響は大きい。3月17日、マンハッタンのショッピング街に行ったが、ナイキ、プラダ、ユニクロなど大手アパレルが軒並みに閉店していた。「健康と安全性のため」と張り紙にある。レストランが営業できないのであれば、そぞろ歩く消費者をターゲットとしたアパレルも営業できない。3月上旬からやっと気温が上昇し、長い冬が終わって春物ファッションが売れそうな真っ只中でコロナウイルスショックだ。

最後に、失業したのは、レストラン、バーのシェフ、ウェイター、バーテンダー、バーボーイ、ディッシュボーイだけではない。私も知るジムのトレーナー、ヨガの先生、ミュージシャン、アーティスト、劇場関係者、テレビ局のスタッフなど数知れない。

新型コロナウイルス拡大、イコール、死活問題である。

ニューヨーク在住ジャーナリスト。「アエラ」「ビジネスインサイダー・ジャパン」などに、米社会、経済について幅広く執筆。近著は「現代アメリカ政治とメディア」(共著、東洋経済新報 https://amzn.to/2ZtmSe0)、「教育超格差大国アメリカ」(扶桑社 amzn.to/1qpCAWj )、など。2014年より、海外に住んで長崎からの平和のメッセージを伝える長崎平和特派員。元共同通信社記者。

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ニューヨークに2003年から住むジャーナリスト。大統領選挙取材は2008年から今年は4回目。下町クィーンズで、豊かではないが夢いっぱいのミレニアル世代と暮らしながら、トランプのアメリカ社会、政治、テクノロジーをミクロから眺めていく。そこから、アメリカの夢、挫折、フラストレーションが浮かび上がる。

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