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「感染爆発地」NY、成人のワクチン接種68.6% 進む「コロナ後」への生活変化と課題

津山恵子ジャーナリスト、フォトグラファー
NY人気カフェ「密」の光景。「マスクなし」はワクチン接種完了の目印だ(撮影津山)

2021年2〜3月に再会した友人たちの言葉は、忘れることができない。

「新型コロナウイルスのワクチン接種が終わったのは、この1年で最高の出来事だ」

と、1年以上の自宅待機を続けたばかりでなく、失業をしていた複数の友人が潤んだ目でこう言った。

米ファイザー・ドイツのビオンテック製ワクチンの有効性は、ファイザーによると、91%。万が一接種後に感染したとしても「重症化を避けることができて、死亡しない」(国立アレルギー感染症研究所 所長のアンソニー・ファウチ医師)。

友人らは同時期、喘息などの既往症があったり、レストラン・バーの従業員という理由で、年齢にかかわらず優先的にワクチン接種を受けた。私自身は、3月24日に第1回目、4月14日に第2回目のファイザー製ワクチンを受けたが、直後の安堵感と開放感は想像を超えるものだった。ワクチンは、過去1年の自宅待機生活の葛藤と、どんなに気をつけていても新型コロナに感染するかもしれないという不安を払拭した。「これで、友達に会える。以前のように怖がらずにレストランにも買い物にも行けるようになる。これからまた自由の身になるんだ」と、接種会場を出た時、涙が出た。

ニューヨーク州、成人のワクチン接種率は68.6%

グランド・セントラル駅構内に期間限定で設けられたワクチン接種会場。通勤客や観光客への利便性に配慮した。接種を受けると、7日間乗り放題のメトロカードがもらえる(ニューヨーク・マンハッタン)撮影・津山恵子
グランド・セントラル駅構内に期間限定で設けられたワクチン接種会場。通勤客や観光客への利便性に配慮した。接種を受けると、7日間乗り放題のメトロカードがもらえる(ニューヨーク・マンハッタン)撮影・津山恵子

ファウチ所長は、ニュース番組などに頻繁に出演し、私たちに明確な目標を示した。

「集団免疫を達成するには、アメリカの人口の70〜85%がワクチンを接種する必要がある」

この70〜85%という数字は、人々との会話でもよく話題に上る。だからワクチンを受けようという気になるし、再会した友人には「ワクチン受けた?」と聞いて、「イエス」という答えであれば、コロナ前のようにハグをする。こうした目標があるのは非常に重要だ。

これを受けて、ニューヨーク州とニューヨーク市は、ワクチン接種を加速させ、1年前には世界最大の感染爆発地になったという汚名を、急速に返上しようとした。

6月7日現在、ファイザー製かモデルナ製の2回接種、あるいはジョンソン・エンド・ジョンソン製の1回接種を終えた成人の割合は、ニューヨーク州では59.5%となっている。一回でも接種を受けた成人は68.6%と、ファウチ所長示した目標の70%をあとわずかで達成する。州内では、これまでに1953万回の接種が行われている。

https://twitter.com/NYGovCuomo/status/1401986355425579014

ワクチン接種は、以下の優先順位で進んだ。

2020年

12月14日 医療従事者

2021年

1月11日 65歳以上、小中高教員・職員、警察・消防・裁判所・拘置所・刑務所勤務者、交通機関勤務者、ホームレスシェルター勤務者・利用者、スーパーマーケット従業員、対面授業をする大学指導者

2月3日 タクシー運転手、レストラン従業員、持病がある人

3月23日 50歳以上

4月23日 ニューヨーク市で事前予約なし接種開始

5月7日 16歳以上、ニューヨーク市では住民以外の観光客にも

「感染爆発地」ニューヨーク州、1年間の変化

長い異様な一年だった。

ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ州知事は2020年3月22日夜から、事実上のロックダウン、「自宅勤務・外出禁止」令を発令した。出勤していいのは、「エッセンシャル・ワーカー」という薬局・スーパー・交通機関などの勤務者だけ。レストラン・バーはそれに先立つ3月14日からテイクアウトと出前だけで店内飲食は「停止」状態となった。

以後、私個人としては、取材の出張・外出は、自主的なものを除けば一切なくなった。多くの人同様、取材やミーティング、そしてお誕生日会、新型コロナで亡くなった友人の追悼会までオンラインで参加した。2020年3月22日から1年間で、友人と外食したのは、たったの3回である。

ロックダウンが解除され、規制緩和の段階に入ったのは2020年6月22日、レストラン・バーの屋外飲食が許された日だった。夏の間、歩道や路上でのテーブル設置が規制緩和で許可されて、飲食エリアが広がっていった。同時に、2020年9月下旬から店内飲食が、従来の収容可能席数の25%から許可された。ジムや床屋なども同様に、収容人数を限定してオープンした。

レストラン屋外エリアのテーブルの配置。ソーシャルディスタンスが取れないところは、右の席のように透明なパーティションを設けている(ニューヨーク・ブルックリン) 撮影・津山恵子
レストラン屋外エリアのテーブルの配置。ソーシャルディスタンスが取れないところは、右の席のように透明なパーティションを設けている(ニューヨーク・ブルックリン) 撮影・津山恵子

とは言え、慎重な再開プロセスだった。まず、飲食店では食事なしでアルコールを注文することを禁じた。長居して飲酒が進むにつれ、大声になって飛沫を拡散したり、諍いが起きるのを警戒した措置だ。お客は入店の際、体温を検温され、万が一感染者が出た場合、感染追跡ができるようにテーブル席の一人が連絡先を残す。これは、ほぼ全面再開となった現在も続く。

2020年11月に入り、新型コロナの「第2波」が訪れるや、再び飲食店の店内飲食は禁止。稼ぎどきの感謝祭やクリスマスの時期は、気温が零度前後という中、屋外飲食のみが許された。

経済再開が一気に進んできたのは、前述したワクチン接種の進展と重なっている。感染者数がもっとも多かった2021年1月の「第3波」ののち、ワクチン接種が進むにつれ、レストランなどの再開も進んだ。

ニューヨーク州を始め、米国内で感染爆発を1年で抑えることができたのは、こうした飲食店への規制をきちっとしたためだと、私は考えている。

2021年5月、「ニューヨーク再生」

ニューヨーク市のデブラジオ市長記者会見は、6月1日から背景を「ニューヨークの夏」というイラストに変えた。経済再開を強調している。(画像・NYニュース専門局NY1より)
ニューヨーク市のデブラジオ市長記者会見は、6月1日から背景を「ニューヨークの夏」というイラストに変えた。経済再開を強調している。(画像・NYニュース専門局NY1より)

ニューヨークに住む私たちにとって「ほぼ全面再開」という象徴的な日は、2021年5月19日だった。ワクチン接種を完了した住民は、屋外、屋内共にマスクを外していいことになった(ほとんどの店内や公共交通機関は依然としてマスク着用が必要)。レストランは、テーブル同士の社会的距離を取るか、テーブル間にパーティションを置くことで、従来の100%の収容席数を確保していいことになった。

21年5月は、気温も上がったため、弾けるような「ニューヨーク再生」を見た。1年前はゴーストタウンだった5番街を、マスクを外した市民が闊歩し、タイムズ・スクエアに観光客が戻った。野戦病院が設置されていた公園の緑地も、今は子供や犬が駆け回る。

「ワクチン接種が進み、気温が上がれば、外食の恐怖も消えて、お客が戻ってくると信じていた」

と、イタリアンレストラン「アミーチ」のマネジャー、クリスチャン・ブカイ氏。同店は、屋内飲食が禁止された冬の間も、零下の中、屋外飲食エリアで営業を続けていた。

5月19日から14カ月ぶりに店内飲食を始めたスターバックス店内。お客の間のソーシャルディスタンスを取っている(ニューヨーク・マンハッタン)撮影・津山恵子
5月19日から14カ月ぶりに店内飲食を始めたスターバックス店内。お客の間のソーシャルディスタンスを取っている(ニューヨーク・マンハッタン)撮影・津山恵子

依然残る課題「第4波」到来を防ぐために

しかし、ロックダウン当時から、大半の市民の自宅勤務は続き、現在でも多くの企業・公共機関で続く。私の仕事に関して言えば、議員や企業幹部などの対面取材は今でも叶わない。首都ワシントンの議員事務所でさえ、100%のスタッフは戻っていないため、議員の対面取材などもってのほかだ。テレビでさえ、コメンテーターとして出演する議員や識者、主要新聞の記者などは自宅からのオンライン出演が続いている。

レストランやジムでの検温や連絡先記入も続く。ニューヨーク市は、高齢者の活動のためのシニア・センターを2021年6月14日からオープンするが、ワクチンが完了した高齢者だけが利用できるとした他、ソーシャル・ディスタンスを取ることを義務付けた。公衆衛生当局のガイダンスに沿った形だという。

これらの警戒は、秋以降、気温が下がり空気の乾燥が始まった際に「第4波」を避けるためである。感染力が強い変異株が表れ、再び感染拡大が始まる可能性は未だに否定できない。実際に、英国では変異株「デルタ」が、ワクチン接種を受けていない人の間で感染が広がり、新規感染者数が微増している。

ジョンズ・ホプキンス大学の疫学者デイビッド・ダウディー教授は、Business Insiderに対し、こう指摘する。

「人々の行動が変容したり、季節が変化したり、新たな変異株が出現すれば、(70%以上という)集団免疫の閾値(いきち)も変わる。一度達成すればいいというような『魔法の値』はない」

また、前出のファウチ所長は、「ブースター」と呼ばれる3回目のワクチン接種が必要と言う。2回目の接種から8〜12カ月で免疫が弱まるため、次々に表れるウイルスの変異株に対応するためだ。ファイザーなど米ワクチンメーカーは、ブースターを2021年9月に供給開始すると表明している。接種計画は明らかではないが、おそらく前述した優先順位でブースター接種を進めることになるだろう。

それでは、今後何年ブースターを打ち続けなければならないのか。

「ワクチンは何度でも受ける。それが、家族のため、友人のため、つまり公衆衛生というものだ」(新聞配達人、ピート氏)

「友人にまた会える、レストランにもジムにもスーパーにも、びくびくせずに行かれる。この自由をずっと維持するためにも、必要なワクチンは打つし、定期的にコロナ検査も受け続ける」

(アーティスト、ソーニャ・ボローニャさん)

「ワクチン拒否」市民の存在

また、米国には、ワクチンを拒否する市民が一定数いることを前提とすれば、検査と感染追跡も当面は必須だ。

実は私の親しい友人でネオンサイン製作のロビー・イングイ氏は、ワクチン接種を拒否している。「何で誰もが人と同じことをしなければならないのか」というのが理由だ。

ニューヨーク市は、リベラル派市民の牙城である。「政府のいうことを聞くのはいやだ」として、マスク着用義務やワクチン接種を拒否している保守派や共和党支持者が極めて少ないため、イングイ氏は珍しい。

当然、多くの友人は、彼がいないところで「信じられない」「なんとか接種を説得できないか」と話している。

お互いにワクチン接種が終わっていることを理解している友人同士は、ハグをするが、イングイ氏とは、パンデミック中と同じ、肘のタッチである。

ニューヨークは、まさに「コロナ後」とも言える夏を、多くの人が全身で謳歌している。しかし、未だに油断はできないのは、多くの市民が自覚している。人に会った時、「ワクチン打った?」と聞く状況はしばらく続く。

それほど近い関係でもなく「ワクチン打った?」と聞くのが憚られる知人や、「まだ打っていない」という人々とは、当面肘タッチが続く。しかし、1年間の恐怖と不安が記憶に新しい私たちにとって、ハグと肘タッチを使い分けるのは、自然な流れである。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

ジャーナリスト、フォトグラファー

ニューヨーク在住ジャーナリスト。「アエラ」「ビジネスインサイダー・ジャパン」などに、米社会、経済について幅広く執筆。近著は「現代アメリカ政治とメディア」(共著、東洋経済新報 https://amzn.to/2ZtmSe0)、「教育超格差大国アメリカ」(扶桑社 amzn.to/1qpCAWj )、など。2014年より、海外に住んで長崎からの平和のメッセージを伝える長崎平和特派員。元共同通信社記者。

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