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Apple Watch series 6に密かに仕込まれていた「U1チップ」の驚くべきポテンシャル

塚本昌彦神戸大学大学院工学研究科教授(電気電子工学専攻)
Apple Watch(series 5)を装着したところ(筆者撮影)

9月16日早朝(米国では15日)、オンラインでAppleイベントが開催され、Apple WatchやiPadなどの新製品が発表された。もしかしたらそれほど「サプライズ」はなかったと感じた人もいたかもしれない。しかし、発表後Apple ホームページでApple Watch series 6の仕様を見ると驚くような記述があった。「チップ」の欄に「U1チップ」が含まれていたのだ。

U1チップというのはすでにiPhone 11/11 PROに搭載されているUWB(Ultra Wide Band)という無線通信(通信距離数十メートル程度)のためのチップだ。通信相手デバイスの位置が3次元の相対位置として数センチ精度で特定できるという優れた機能を持つ。現時点ではiPhone同士で写真を受け渡しする機能「AirDrop」で、相手の方向をビジュアルに示して受け渡しの相手を間違わないように表示するために使われている(というそれだけではもったいない状態である)。今年6月にオンライン開催されたAppleの開発者会議WWDCでは、U1チップを用いたNearby Interactionという開発者向けのフレームワークが公表され、UWBを用いて得られた相手機器の位置情報を使ったアプリケーションが作れるようになっている。AR的なインタラクティブコンテンツや吹き出し表示などが可能になっている。

Apple Nearby Interactionのページ(開発者向け)

AirTagsの噂とポテンシャル

U1チップの真価が発揮できるのはかねてAppleの新製品と噂されている「忘れもの防止タグ」AirTags(名称も噂)が出てからと考えらる。AirTagsは直前まで今回の発表会で発表されるかもしれないとも言われていたのだが、それはなかった。ただ商品発表の準備が進んでいるのは確かなようで、近いうちに開催される新型iPhoneの発表会では一緒に出てくる可能性がある。

忘れもの防止タグというのはコインサイズ、キーホルダーサイズのデバイスで、財布やカバンなどのような大切な持ち物に取り付けておき、置き忘れて立ち去ろうとしたときにスマホが鳴ったり、なくしたときにどこでなくしたかがスマホで調べられるようなものである。ここ5年ぐらいの間にtile(下図参照)をはじめ、多くの商品が出てきている。バッテリは1年~3年持つ商品が多く、1個1,000円から4,000円程度で売られている。ここで、従来の忘れもの防止タグではBluetoothのみを用いて、スマホとの接続/切断によって、数十メートル範囲(Bluetoothの通信範囲)内に「あるかないか」を調べて機能を実現していた。そのため、「近い場所にあるかないか」だけしかわからなかったのだ。

忘れもの防止タグ「tile」。tileは社名でもあり商品名でもある。鍵や財布、リモコン、カメラ、パソコンなどに付けておき、スマホでそれを探したり、音を鳴らして探したりできる。(筆者撮影)
忘れもの防止タグ「tile」。tileは社名でもあり商品名でもある。鍵や財布、リモコン、カメラ、パソコンなどに付けておき、スマホでそれを探したり、音を鳴らして探したりできる。(筆者撮影)

tileのホームページ

これに対して、AirTagsはBluetoothに加えてUWBを備える(という噂の)ため、近くにある場合「どこにあるか」まで数センチレベルでわかる。結果として例えば、iPhoneのカメラで映してタグのある位置にバルーンを重畳表示するなどといったことが可能になる。このAirTagsがU1チップ(あるいは新たなR1チップ)を内蔵すると言われており、Apple WatchがU1チップを搭載しているのはこのシステムの一環であると考えられる。ちなみに、R1チップというのもU1チップの一部機能(子機側機能)だけを持つチップとして推測されているチップである。当初AirTagに搭載されるのはR1チップと言われていたが、最近はU1チップだという説のほうが濃厚のようである。AirTagsはそれに加えてNFC(近距離無線通信)の機能まで備えるらしい。

有名AppleリーカーJon ProsserによるAirTagsのリーク情報を伝える動画。そのデザインまでも暴露しているが情報の真偽はいまのところわからない。

AirTagsは、tileなどの他の忘れもの防止タグと同様、財布やカバン、キーなどのような大事なもの、家電のリモコンやホッチキスなどのような身の回りのものに付けておくことが有効である。音を鳴らさなくても場所がわかるので従来のものよりもはるかに便利だ。また、子供や高齢者、ペットなど人に付けておけば、iPhoneの持ち主から一定距離以上離れるとアラームが鳴ったり、一定距離以内にいるときにどこにいるのかがわかるといったことが実現できる。

業務用でも、商品や流通パレット、倉庫の棚やケースなどに取り付けておくと、盗難防止タグやICタグの代替として使うことができる。従来のICタグなどと比べるとはるかに高価なものになりそうだが、精度や使い勝手でメリットがある。他の忘れもの防止タグでは詳細な位置が特定できないのでこのような使い方は想定されていなかった。物品や備品などの管理にも便利なはずである。ICタグの代替という意味では、交流会で参加者が名札がわりにポケットに入れておくとか、美術館・博物館で展示品の横に付けておくなどといった使い方も考えられる。

現在でも、iPhoneやWatchをなくしたときには他人が使うiPhoneを使って、世界中のどこであってもiPhoneを使う人さえいる場所ならばそれを探すことができる。U1チップでもこのようなiPhoneやWatchの作り出すグローバルネットワークを使えば、その精度が数センチレベルになるうえ、AirTagsの位置もわかることになる。前述の子供、ペット、高齢者でも有効ですし、車やバイクなどの盗難対策や産業機械の禁止国移送対策などでも有効なのではないか。

以上のように、販売価格にもよるが、忘れもの防止タグという用途を超えて実世界の中でのローカル・グローバルな高精度位置特定デバイスとして、民生用、業務用含めて広範な応用が考えられるということである。実は14年前に日本でもUWBタグが作られており、当時の責任者のひとりは「量産すれば数百円も可能」と発言していることからも、仕組みは異なるものの、当初ある程度の値段(5,000円程度?)であったとしてもいずれ値段は下がるはずだ(数百円?)。

ZDNet2006年の記事:「坂村健氏、サイコロ大のUWBアクティブ電子タグを披露」

U1チップがWatchに搭載される意味

繰り返しになるが、その期待のAirTagsは今回発表されなかったが、同じ機能を持つためのU1チップがApple Watch series 6に搭載されていたというのが今回の「驚きの仕込み」だった。イベントでは全く触れられていなかったので、現時点ではおそらくまだほとんど利用できないのではないかと思うが、おそらく、10月のイベントあたりでiPhone 12と同時にAirTagsが発表されれば、その時にWatchの機能についても大々的に公表されるのではないかと考えらる。

U1チップによってWatchは、「探す側」、「探される側」のどちらにもなれるはずである。これにより、技術的には以下のようなことが実現できるのではないかと考えられる。

・iPhoneを用いて、iPhoneから近く(数十メートル以内)にあるWatchの位置を数センチ精度で特定できる。カメラを通してみるとバルーン表示されるなどするとわかりやすいと思う。

・また逆に、Watchを用いて、Watchから近く(同様)にあるiPhoneの位置を数センチ精度で特定できる。Watch上ではレーダー表示(下図参照)や距離付き矢印表示がされれば便利そうだ。

・自分が使っているものだけでなく、端末側で特定の友達だけなどに公開設定するような機能があれば、友達などほかの人のiPhoneやWatchの位置がわかる。スポーツやパーティなどで使うのが便利そうだ。

・WatchからAirTagsの位置がわかる。忘れもの防止に便利なだけでなく、前述のような民生から業務用まで広範な実世界での応用があるため、Watchで使えることで、料理や掃除、洗濯をしているときとか、ジョギングやヨガなどをしているときにでも使えるというメリットがある。ペットや子供、高齢者のケースでは、それら・彼らにはタグかウォッチをつけておくことになる。睡眠中や入浴中にWatchをつけていれば、万が一泥棒が入って何かを持ち去ろうとしているときにもすぐに気づくことができる。

・ベルトを外せば高機能なAirTagsとして使える。Wi-FiやLTE、各種センサ、ディスプレイなどが使えると同時に防水性が高い点がメリットだが、バッテリの持ちが1日程度である点と高価な点などがデメリットである。

ウォッチでタグ情報が見られるアプリケーションのイメージ。レーダー風に自分の周りの大事なものやリモコン、ペットなどの位置がわかる。技術的な可能性であり実際にこのようなアプリが出てくるかどうかは不明。(筆者作画)
ウォッチでタグ情報が見られるアプリケーションのイメージ。レーダー風に自分の周りの大事なものやリモコン、ペットなどの位置がわかる。技術的な可能性であり実際にこのようなアプリが出てくるかどうかは不明。(筆者作画)

まとめ~ARグラスへの布石

近い将来Apple Glassという名称のARグラスがAppleから発売されるのではないかという噂がある。ARを用いたバルーン表示はiPhoneで見るよりもグラスで見る方が自然である。すなわちグラスにもU1チップが搭載されるということが想定される。グラスとWatchの位置関係が相互に認識できることになるので、それを活用することも考えられる。例えば、(詳細は割愛するが)ユーザインタフェースに活用するのはどうだろうか。そのような意味で、U1チップの搭載はAppleのARグラス発売に向けての布石であると考えるのが自然だと思う。

グローバル、ローカルな位置計測機能を持つU1チップが、今回Apple Watch series 6にこっそり仕込まれ、次のiPhone、AirTagsの発表で大々的にさまざまな機能が発表されるかもしれないという点、さらにはそれが今後大きなポテンシャルを持つ点に着目しておいていただきたい。

なおここで述べたポテンシャルの話は「技術的には可能」という話であって、実際に将来のアプリやOSのアップデートでこのようなことができるようになるのかどうかは不明である(が、たぶん可能になるだろう)。

ウェアラブルチャンネル(YouTube)「Appleイベントは楽しかった~Apple Watch 6, SE, iPad, iPad Airと出なかったもの、リーカー達」

神戸大学大学院工学研究科教授(電気電子工学専攻)

ウェアラブルコンピューティング、ユビキタスコンピューティングのシステム、インタフェース、応用などに関する研究を行っている。応用分野としては特に、エンターテインメント、健康、エコをターゲットにしている。2001年3月よりHMDおよびウェアラブルコンピュータの装着生活を行っている。NPOを立ち上げ、ウェアラブル産業の普及・振興に努めている。参考:ウェアラブルチャンネル(YouTube) https://www.youtube.com/channel/UCA2MKr5OFn-ZuxeKUbSfbcw

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