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「F1予備校生」ストフェル・バンドーンに鈴鹿のファンから熱い視線!〜F1に最も近い男の注目度〜

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
ストフェル・バンドーン【写真:MOBILITYLAND】

2016年、国内最高峰のフォーミュラカーレース「全日本スーパーフォーミュラ選手権(スーパーフォーミュラ)」に大物ルーキーが参戦する。F1チーム「マクラーレン・ホンダ」のリザーブドライバーを務め、F1傘下のシリーズである「GP2」では2015年シーズンを圧倒的な強さで制したベルギー人、ストフェル・バンドーンだ。

F1予備校生は今季、日本でレース

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マクラーレン・ホンダの息がかかったGP2チーム「ART Grand Prix」で王者を獲得したからにはF1へとステップアップしても良いものだが、2016年のマクラーレンにはフェルナンド・アロンソ、ジェンソン・バトンという2人のワールドチャンピオンが今年も乗る。そしてホンダのパワーユニットを搭載するチームもマクラーレンしか存在しないため、ストフェル・バンドーンが今季F1に乗るシートは無く、万が一のためにチームに帯同する「リザーブドライバー(控え選手)」の役割を担うことになった。

「リザーブドライバー」といっても、F1浪人生ではない。現代の控え選手には実車のデータを組み込んだ精巧なドライビングシミュレーターを操り、データを取るという重要な仕事があり、これはチームにとって大事な作業だ。ただ、実車をドライブし、レースに出場するチャンスはそうそう巡ってこない。昨年、マクラーレンがリザーブドライバーに降格させたケビン・マグヌッセンのように、若く勢いのある人材にレースをさせないまま時間を過ごさせることになってしまうかもしれない。

好成績を残し、GP2チャンピオンに輝いたバンドーンをいわば飼い殺し状態にするのはもったいない。その答えとして、「マクラーレン・ホンダ」はバンドーンに日本の「スーパーフォーミュラ」でレースをさせることを決めた。彼はヨーロッパを離れ、日本の6つのサーキットを転戦する全7ラウンド8レースのシリーズ戦を戦う。

格の違うルーキーに熱視線

3月12日、13日の2日間、鈴鹿サーキット(三重県)では「2016モータースポーツファン感謝デー」が開催され、週末はのべ4万4000人の観客がつめかけた。そのイベントの一つとして「スーパーフォーミュラ」の今季初となるテスト走行ならびにデモンストレーションレースが開催され、ストフェル・バンドーンも参加。鈴鹿サーキットに集まったレースファンはGP2王者のバンドーンに熱い視線を送った。

バンドーンも参加したCR-Zレース【写真:MOBILITYLAND】
バンドーンも参加したCR-Zレース【写真:MOBILITYLAND】

バンドーンはCR-Z、シビック・タイプRなどを使ったイベントレースにも参加。CR-Zでは燃費をコントロールしてギリギリまで持たせるクレバーな走りを、そしてシビックのドライブではアグレッシブなコーナリングを披露し、ファンを沸かせた。マイクを向けるとジェントルに答え、ファンに自分の流儀を投げかける姿に、彼の存在感の大きさを感じる。物怖じしないルーキーらしからぬ存在感。笑顔でファンの声援に応え、「僕のことをストフって呼んでくれたら嬉しいよ」と語る彼の好感度は抜群で、一気に日本のファンの心をつかんだ印象だった。

クラッシュするも変わらぬメンタル

そんなバンドーンだが、3月14日(月)に行われた「スーパーフォーミュラ」のテストでは雨の中の走行で序盤にクラッシュ。早々と初日のテストを終えることになってしまう。ただ、彼は日本のチーム、日本のサーキットで初めてのクラッシュにも微動だにしない。記者会見では非常に冷静に質問に答えていく姿も印象的だ。

ストフェル・バンドーン
ストフェル・バンドーン

バンドーン:「土日にドライコンディションでテストができてよかった。僕が最初にテストした時(昨年11月)はとてもトリッキーなコンディションだったからね。今日はウエットでマシンをコースアウトさせてしまって多くの周回ができなかったけど、これからのテストを通じて僕の視点、チーム全員のいろんな視点からクルマの良いところを見つけていきたい。カルチャーの面でも違うからチームとの関係作りも難しいんだけど、良好な関係を築いていきたいね」

バンドーンにとって初めて戦う日本のレース。ヨーロッパと違い、言葉の壁もある。文化の違いも大いにある。全員と英語またはフランス語でコミュニケーションが取れるヨーロッパの環境とは全く異なる世界。その中で彼がメンタル面で全く弱さを見せることは今のところない。

バンドーン:「チームはみんないいメンバーだよ。英語を話せる人はあまり居ないし、僕も日本語が理解できないけど、少しずつコミュニケーションを取れるようになってきていると思う。村岡監督はとてもクレイジーなボスだけど(笑)、とても良い人物だと思っているし、夕食を共にしたりして、少しずつコミュニケーションを図っている。野尻選手とはチームマネージャーの原田さんやエンジニアにも英語が話せる人が居るので、必要に応じて訳してもらって情報を共有するようにしているよ」

異なる環境に置かれようがレーシングドライバーとしてのペースを決して崩さない。世界中のツワモノが集まるGP2で王者に輝いたドライバーだから、そんなことは当たり前なのだが、バンドーンにはあまりに隙がなさすぎる。

僕の目標は2017年にF1に昇格すること

バンドーンは今季、マクラーレン・ホンダのF1転戦に帯同しながら、その合間を縫って「スーパーフォーミュラ」に参戦する。日本でのテスト走行にも参加しなければならないため、かなり忙しいスケジュールだ。彼自身、長く日本のレースを戦う心づもりがないことは既に報じられている通りだ。

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バンドーン:「表現が難しいけど、僕の一番の目標は子供の頃からF1ドライバーになることなんだ。あと1年で、つまりは2017年にF1にステップアップをするというのは僕のターゲットでもある。GP2で良い成績を残して、たくさんの記録を作ってきたけど、これはヨーロッパの人たちも評価してくれている。でもやるからにはチャンピオンを取りたいとは思っていますが、チャンピオンが取れるかはまだ始まったばかりだし、何とも言えないね」

結局のところ、彼が目標とするF1までの道のりで、日本でのレースはあくまで通過点に過ぎない。ただ、小林可夢偉、中嶋一貴、ナレイン・カーティケヤン、アンドレ・ロッテラーといったF1経験者も参戦する今季の「スーパーフォーミュラ」。日本のサーキットをよく知るチャンピオン経験者は5人もいる。バンドーンがいくら過去のメンツとは格の違うルーキーといえども、日本のサーキットや日本のレースの常識を知る経験者の中での戦いはそんなに甘くない。

バンドーン:「日本とヨーロッパでは全てが違うと思う。文化も全く違えば、日本でレースをするには長い時間かけて飛行機で旅してこなければならないしね。違いはあっても、レースはレースだよ。スーパーフォーミュラには素晴らしいドライバーが揃っている。例えばロッテラーのように長い経験を持つドライバーもいるし、僕はルーキーだし、彼らを倒すのは簡単なことではないと思っているよ」

彼にとって日本のレースとは何か?

では、バンドーンにとって日本でレースをする意味とはいったい何なのか?腕を鈍らせないための、単なるトレーニングなのか?その才能がF1パドックでも既に認められ、ワールドチャンピオン2人の後釜に目されている立場だが、日本で散々な成績を残すことになってしまえば、キャリアに汚点を残すことにもなりかねない「危険性」をはらんでいるのも事実だ。

スーパーフォーミュラ【写真:MOBILITYLAND】
スーパーフォーミュラ【写真:MOBILITYLAND】

バンドーン:「僕はヨーロッパでも新しいサーキットに慣れるのは得意な方だった。ヨーロッパではシミュレーターでたくさん練習していたし、マクラーレンでもシミュレーターで練習するチャンスがあったけど、日本のサーキットに関しては過去のレースのビデオを見たりして、できる限りのノウハウを自分が手にできる資料から学んで準備していかなければならないね」

彼は冷静に語るが、「スーパーフォーミュラ」は予選アタックで1秒以内に10台のマシンがひしめき合う大激戦。まさに一寸先は勝利の可能性から一気に奈落の底へと落とされることだってある。

また、彼が制した「GP2」、目標とする「F1」は「スーパーフォーミュラ」とは性格が異なるレースだ。決勝レースを面白く演出するためにあえて磨耗しやすいようになっている「ピレリ」タイヤを使うF1やGP2では守りの姿勢、丁寧なドライビング、クレバーなタイヤマネージメントが必要になってくる。GP2を制したということはその走りで誰よりも秀でていたという証だ。それに対して、「スーパーフォーミュラ」は単純に速さが何よりも必要とされる、ある意味ピュアな戦いだ。GP2王者とはどれほどの速さを持つのか?チームとのコミュニケーションの取り方を含め、どれほどのマネージメント能力を持っているのか?日本のレース界は彼の今年のパフォーマンスに対して興味深々な反面、実は懐疑的でもある。

バンドーン
バンドーン

バンドーン:「去年のGP2のレースを見てもらえればわかる通り、僕もチームも充分に準備してきたし、タイヤのマネージメントもうまくやってきた。ただ、日本のレースではタイヤが違うし、スーパーフォーミュラでは最初から最後まで全開でプッシュしていかなくちゃならないレースだ。給油もあるし、タイヤ交換もある。そういう意味ではレースの中身が違う部分もあるので昨年のスーパーフォーミュラのビデオを見ながら分析していかなくてはいけない」

GP2で証明したマネージメント能力。コメントの端々で自信を垣間見せるバンドーン。彼がピュアな速さをタイムで表した時、「スーパーフォーミュラ」は確変する。彼のお尻に火がつくのが先か、ライバルに火がつくのが先か?鈴鹿の開幕戦(4月24日)ではどういう状況になるだろう?こんな興味をそそられる時点で、「スーパーフォーミュラ」は国内最高峰という枠を既に超えているのかもしれない。

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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