◆「御養蚕」は歴代皇后の務め

 蚕を育て繭から絹糸を生産する皇室の御養蚕は5世紀頃に始まったと言われているが、その後、長く途絶えていた。それを明治天皇の后・昭憲皇太后が再興し、以来、明治、大正、昭和、平成、令和と歴代皇后に受け継がれてきた。

 皇居内の紅葉山御養蚕所で育てられた蚕は、やがて上質な絹糸となる繭をまとう。それらは少量ながら宮中祭祀で使われたり、古い織物の修復に使われたりしているという。

 有名なのは、上皇后美智子さまが手塩にかけて育てられてきた、日本原産の古代種とされる蚕、「小石丸」だ。その糸は繊細で細く、光沢は艶やかで気品にあふれ、正倉院に所蔵されている宝物の古代裂の復元に使用されたほどだ。

 この御養蚕は平成から令和へのお代替わりに伴い、美智子さまから雅子さまへと引き継がれた。皇后になられた令和元年(2019年)には、諸々の儀式の兼ね合いから直接携わることはできなかったが、一昨年と昨年はコロナ禍の中でありながら、雅子さまご自身の手で蚕の御世話を行われた。

◆ご一家で取り組んだ「御給桑」の日

 そして迎えた今年。6月11日、雅子さまは腰の不調によって延期となっていた、一連の養蚕行事の一つ「初繭掻き」にのぞまれた。

 その前の6月1日には、紅葉山御養蚕所で、雅子さまとご一緒に天皇陛下と愛子さま、ご家族3人で蚕に桑の葉を与える「御給桑」が行われたばかりだ。

 この時も本来ならば前日に予定されていたのだが、体調が整わず、翌日に日延べされたものだった。陛下や愛子さまが寄り添われて共に作業に参加されたのは、そうした雅子さまへの配慮もあったのだろう。

 愛子さまは学習院初等科3年の時から、毎年、蚕を卵からふ化させて飼育してこられた。若い女性の中には「芋虫」状の蚕を嫌う向きもあるかもしれないが、生き物が大好きな愛子さまには、そういった抵抗感は皆無と言って良いだろう。歴史的な謂れもご存じのはずだ。

 初めてご家族で取り組まれた「御給桑」は、お三方がともに協力しあい、笑顔が弾ける楽しいひとときであったという。蚕たちが「サワサワ」と音を立てて桑の葉を食む姿は、力強くも愛おしい小さな生命の営みを感じさせる。

◆ご一家が共有した幸福な時間

 ご家族で蚕の健気な姿を目の当たりにされた時、どこか心の絆が深まる気配に包まれたのではないだろうか。家族で共同作業を行うことの効用を、平成かぐらクリニック院長で精神科医の伊藤直氏に伺った。

「家族皆で同じ作業を行うことは心の距離感があるとできないので、関係性が良い証しです。一緒に行うことで、見つめあったり、手が触れあったりして、幸せホルモンと呼ばれる“オキシトシン”が分泌され、幸せ感が深まります。また、母から娘へと世代間で体験を伝承することで、家族間の信頼や愛情も強まります」

 雅子さまのご体調にも、こうした共同作業は前向きな効果を与えるという。

「家族で取り組むことで、気持ちが落ち着き、ストレスが減るので、精神的にはおおいにプラスになります。一般的に適応障害の方は家で一人ふさぎ込んでいるものですが、外に出て行けるのは元気になられているからでしょう。支えているのは陛下と愛子さまのご家族の絆や信頼感であり、そしてなにより明確な愛が紡がれているからです」

 そして、ご家族でともに喜びを分かち合い、何かの達成感を共有する時、そのひとときは忘れられない思い出となり、生涯にわたって心の支えとなると話す。

◆支えあう思いはひとつ

 愛子さまは成年に際しての記者会見で、こんな思い出を話されていた。

「両親との思い出といいますと、やはり私の学校の長期休みに出掛けた旅行のことが真っ先に思い浮かびます。(中略)静岡県の下田市にある須崎御用邸に行き、海で泳いでいる時に、綺麗なお魚の群れを発見して皆で観賞しましたり、(中略)サーフボードを浮かべて、そこに三人で座る挑戦をして、見事全員で落下した思い出など、お話しし始めると日が暮れてしまうかもしれません」

 この時の愛子さまは、脳裏に浮かぶ当時の情景に思いを馳せ、満面の笑顔にあふれていらっしゃった。ご両親と過ごされた日の出来事を思い出すたびに、愛子さまは温かな幸福感を呼び覚ましているのではないだろうか。

 それは陛下も雅子さまも同じなのかもしれない。御給桑にあえてご家族3人で取り組まれたのは、そうした思いがあったからなのだろう。

 伊藤医師はこう話す。

「人が幸せを感じるには、愛されているという安心感と、愛している人が傍にいるという確かな実感が必要です。人は、心から支えられている人間関係によって、幸福感が大きくなります。天皇ご一家の関係性を拝見していると、穏やかで平和な気持ちになってくるのは、そのためなのでしょう」

 猛威をふるった新型コロナも徐々に落ち着き始めている昨今、天皇ご一家のお出ましの機会も増えていくはずだ。国民の心を癒してくれる、ご一家の笑顔に再び触れあえるのも、もう少しなのだと期待せずにはいられない。