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スポーツクライミングの新時代を切り拓く 25歳の元W杯選手が描く未来像 [クライマーズファイル]

津金壱郎フリーランスライター&編集者
競技発展を願う多くのボランティアによって大会が支えられているスポーツクライミング(写真:中西祐介/アフロスポーツ)

トップクライマーから運営側への転身

 2020年東京五輪の実施種目に決まり、オリンピックを目指すアスリートにスポットライトが当たるなか、急速に変容するスポーツクライミングの新時代を切り拓くために、裏方として奮闘している元ワールドカップ(以下WC)クライマーがいる。それが羽鎌田直人(はかまだなおと)さんだ。

 1992年生まれの25歳。4歳でクライミングを始め、ユース時代は同学年で現在も競技で活躍する五輪強化選手の藤井快(ふじいこころ)、リードWC代表の樋口純裕(ひぐちまさひろ)や沼尻琢磨(ぬまじりたくま)、1学年上で日本代表選手会会長の杉本怜(すぎもとれい)といった選手たちを押しのけて、世界ユース選手権の日本代表の座を6年間で5度獲得した。大学進学後もリードWCなど多くの国際大会に出場したが、2年前に競技の第一線から退いた。

「スポーツクライミングに長く携わっていきたいと考えたときに、選手は若い頃にしかできないけれど、タレントはたくさんいました。指導者にもセッター(課題のつくり手)にも若い人はいた。でも、審判や大会運営に携わる若手はいなかったんですね。競技としてのクライミングを育ててきた年配の方に、いつまでも頼っているのはどうかという思いや、若い人のいない分野で新たな開拓者になりたい気持ちもあって、少しずつ選手から運営側へとシフトしていきました」

父親はクライミング誌などで海外記事の翻訳などを手がける羽鎌田学さん。「珍しい名字だから親父と混同されることも多いんですよ」と羽鎌田直人さんは笑う 筆者撮影
父親はクライミング誌などで海外記事の翻訳などを手がける羽鎌田学さん。「珍しい名字だから親父と混同されることも多いんですよ」と羽鎌田直人さんは笑う 筆者撮影

JUSCA設立で運営に加え審判も

 現在は立教大学大学院の博士課程に籍を置きながら、IFSC(国際スポーツクライミング連盟)大陸審判として国内大会・国際大会での活動や、技術委員長をつとめる東京都山岳連盟の主管大会の実行を取り仕切るが、初めて大会を運営する側に意識が向いたのは大学生になった頃。

 羽鎌田さんの通った千葉県の高校山岳競技の強豪・幕張総合高には高さ15mのクライミングウォールがあり、ワンダーフォーゲル部には100名を超える部員がいたが、大学に進学するとほとんどが競技を離れるのを目の当たりにした。

「大学生が出られる競技大会がないことが、一番の理由でしたね。当時もボルダリングジム主催のコンペはありましたけど、それと競技はまた別物ですから。それで、大学生のための競技大会をつくりたいと思ったんです」

 羽鎌田さんが大学に進んだのは2011年。この時期にスポーツクライミングは最初の転換点を迎える。

 2010年に統括団体のIFSCが、IOC(国際オリンピック委員会)からオリンピック・ムーブメントの正式な一員に認められ、国内では商業ジムの増加によりボルダリングが世間に浸透し始めた。クライミングが身近なアクティビティーへと変わりゆくなか、国内の競技環境は改善が進まなかった。

 そうしたなか、羽鎌田さんはリードWCに2011年1試合、2012年3試合、2013年5試合に出場しながら、全日本大学スポーツクライミング協会(JUSCA)の設立に立ち上げから携わる。

 JUSCAは2013年に設立され、大学生のための大会を同年に1試合、2014年からは毎年複数回主催しているが、ここでの活動が運営という役割だけではなく、審判としての仕事も羽鎌田さんに加えることになった。

「大学生のための大会を開くなら、選手だけではなく、運営も審判も大学生が主体になってやりたい思いがありました。でも、すべてを実現できるほど、まだ人材が豊富ではなかったんですね。それで運営をしながら、自分で審判もするようになりました。私が最初に審判資格を取得したのは、大学に入るタイミングでしたが、当時はまだ軸足が競技者にあったので、時々ユース年代の大会で審判をする程度。それがJUSCAが設立されてからは審判を数多くつとめることになり、場数を踏んだことで国内からの推薦をもらい、大陸審判のテストを受けて2016年に合格しました」

大学生以外も受講できるC級審判員認定特別研修会

 スポーツクライミングの審判員資格は国内にC級からA級まであり、活動実績が認められるとIFSC大陸審判への道が開ける。

 国内審判員資格は年1回ある審判員講習会を受講して筆記テストに合格すればC級を取得できる。審判員講習会は国民体育大会の北海道や東北、関東、北信越などの9地区ある予選ブロックごとに行われ、その年度に国体ブロック予選を開催する都道府県連盟が前年度に実施している。

「それだと大学生は学校の試験期間と重なることもあって、審判講習を受けるのが難しいんですね。そこで2014年からJUSCAが加盟する東京都山岳連盟と協力して、毎年11月頃に大学生向けのC級審判員の特別研修会を実施しています」

 今年は11月25日、26日の2日間にわたってJUSCAによる『日山協スポーツクライミング部C級審判員認定特別研修会』は実施される。JUSCA登録会員の大学生を対象にしたものではあるが、一般の人でも東京都山岳連盟の加盟団体のメンバーや、都岳連個人会員ならば、定員に余裕があれば受講できる。ちなみに、C級審判の筆記テストは講義をちゃんと聞いていれば正答できるレベルだ。

「一般にも門戸を開いているのは、審判活動は基本的にボランティアになるので、人数を確保したいからです。だけど、研修会への参加に条件を設けているのは、審判資格を取得したら終わりではなく、連盟と連絡を取りながら審判活動をしてもらえる方に資格を手にしてもらいたいと考えているためです」

C級審判員資格の特別研修会の詳細は東京都山岳連盟を参照

IFSCルールの普及・浸透への課題

 C級資格を取得すると国内公認大会で審判をつとめることができるが、課題もまだ多く残されている。それは取得した審判資格を生かせる場が、地方ごとに格差が大きいことだ。

 たとえばサッカーはJリーグが誕生してから競技人口が大幅に増えたが、それに大きく貢献したのが審判員である。保護者が一番下のカテゴリーの審判ライセンスを取得し、小学生の試合などで笛を吹く。そうしたサイクルのなかでサッカーの魅力やルールが広まっていった。

 しかし、スポーツクライミングの場合は、審判資格を取得しても地方によっては年1、2回しか大会がないこともある。

「昔に比べたら大会数は増えているとは言え、そこは今後の課題ですね。現状はジムのコンペでは審判資格は必要ありませんが、これからは“大会”と“コンペ”の審判や判定基準が全国的に統一される流れが生まれるといいなと感じています。

 現在はコンペごとに判定基準がまちまちです。ボルダリングなら完登やスタートポジションが、どういう体勢ならOKかに大きな違いがある。もちろん、楽しむのがコンペの目的なので、それでもいいのですが、出場者のなかには、将来は“大会”での活躍を目指している人もいる。

 たとえば、彼らがボルダリング・ジャパンカップ予備予戦に出場したら、“コンペ”では完登と認められていたものが、“大会”では認められないケースもありうるわけです。判定基準の違いで不利益を被るのは選手なので、こうした課題に取り組んでいきたいと思っています」

1万人以上を集客できるスポーツへ

 羽鎌田さんの平日は大学院で研究の合間を見つけて大会運営に必要な資料の作成に追われ、年内の週末はスポーツクライミングの運営や審判活動で埋まっている。

 クライマーの両親のもとで幼い頃から岩場で登ることに慣れ親しんできた“二世クライマー”は、岩場への欲求を「週1、2回、ジムで登るようにして誤魔化しています」と笑うが、そこまで情熱を傾けられるスポーツクライミング運営の魅力とは何か。

「もちろん、時間に限りがなければ岩場で登りたいですよ。だけど、岩場で登れたとしても、それは自己完結なものです。

 スポーツクライミングは歴史の浅い競技なうえに、変革期にあるので、いろんなことをゼロから作っていけるおもしろさがあります。

 たとえば大会にしても、サッカーや陸上などの競技で新設しようとしても、既存大会との兼ね合いなどで実現は難しいと思うんです。

 だけど、スポーツクライミングは発展途上なので、新しいものをアイデアと実行力で生み出していける。それを多くの人と関わり、共有しながら完成させていくことにやりがいを感じているので、岩場よりも優先できているんでしょうね」

 わずか10年ほど前は出場選手、運営、観客のすべてを合わせても200人に満たないほど小規模で、“試合会場にいる人は全員が知り合い”というようなアットホームなものだったスポーツクライミングが、いまではボルダリングジムの普及やオリンピックの風を受けて急速に拡大・発展を遂げようとしている。「まだまだ改善すべきことはたくさんありますが、少しずついい方向に進んでいると思っています」という羽鎌田さんに、思い描いているスポーツクライミングの未来像を訊ねた。

日本武道館とか、さいたまスーパーアリーナとかのような大きな会場で、定期的にリードやボルダリングの大会を開催できるようにしたいですね。何万人もの観客が見つめるなかで課題を登る。これを実現できたら選手にとって最高のよろこびになると思うんです。そこを目指して地道に取り組んでいきます」

 過渡期にあるスポーツクライミングの新時代を切り拓く羽鎌田さんの奮闘はこれからも続く―――。

フリーランスライター&編集者

出版社で雑誌、MOOKなどの編集者を経て、フリーランスのライター・編集者として活動。最近はスポーツクライミングの記事を雑誌やWeb媒体に寄稿している。氷と岩を嗜み、夏山登山とカレーライスが苦手。

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