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米国がファウンドリ1社のために補助金を出す議論を開始、ニッポンはどうする?

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

 経済産業省は、1社のために補助金を出すだろうか。これまでは数社が集まればコンソーシアムとして国家プロジェクトにして出してきた。しかし、ことごとく全て失敗した。補助金を出した総合電機が半導体から手を引いたからだ。国家プロジェクトでたとえ、優れた結果が得られても、プロジェクトの期限が切れた後に総合電機に持ち帰るとことごとく捨てられた、という過去がある。

 6月に、経産省が半導体を支援する戦略を打ち出したが、その前の5月にJEITA(電子情報技術産業協会)の半導体部会が半導体支援の声明を出した。これまでは、半導体部会といっても親会社である総合電機の下で半導体部門が活動しており、実はこの体質はさほど変わっていない。東芝はキオクシアの株式の4割を持ち、いまだに支配を続けるという姿勢を見せている。ただ、ルネサスはもはや総合電機の傘下にはなく、総合電機からの支配から脱したため、シリコンバレー風の経営(Agile、Resilient、Marketing、Scalable戦略)を進めている。

 TSMCの国内誘致を積極的に推進している経産省は、日本経済新聞を使って、盛んにTSMCが熊本県に半導体工場を検討しているというニュースを流しているが、果たしてうまくいくかどうかは、インセンティブ次第であろう。もちろん、TSMCは未だ答えてはいない。

米国はサプライチェーン寸断の恐れ

 日本の戦略とは全く異なり、政治的な問題からTSMCをアリゾナ州に誘致した米国が半導体製造を強化しようとした意図は明確だ。中国が台湾を侵略する恐れがあるからだ。中国が台湾を侵略すれば、TSMCはもはや使えなくなる。ファブレス半導体で65%のシェアを占める米国にとって死活問題となる。5G通信やモバイルプロセッサで圧倒的な力を持つファブレスのQualcomm、今やゲーム機やパソコンでIntelを凌ぐAMD、AI(機械学習やディープラーニング)で圧倒的な力を持つNvidia、誰でも自分のハードウエア専用回路を作れるFPGAのXilinxなど、世界中で供給されているチップが使えなくなるのである。これらが力を失えば、米国経済に及ぼす影響は計り知れない。

図1 GlobalFoundriesのニューヨーク州マルタにあるFab 8の全景 ここに本社をシリコンバレーから移転した 出典:GlobalFoundries
図1 GlobalFoundriesのニューヨーク州マルタにあるFab 8の全景 ここに本社をシリコンバレーから移転した 出典:GlobalFoundries

 今回、ファウンドリビジネスのGlobalFoundries社(図1)が生産能力倍増計画を発表したが、ここに米国政府の支援を求めている。これまで米国では政府が半導体企業を支援することはなかった。1987年に設立されたSEMATECHというコンソーシアムは、連邦政府の援助の下で半導体メーカー10数社が集まる組織だったが、残念ながら機能せず失敗に終わり、改めて民間組織のInternational SEMATECHが生まれた。最初のSEMATECHは資金力のある半導体メーカーが集まった「金持ちクラブ」だと猛烈に反対するスタートアップのCEOもいた。

 ところが韓国や台湾では、コンソーシアムを作らず、1社のためにインセンティブや支援する体制を作り、国家(日本政府は台湾を国家と認めていないが、ここではあえて国家とする)が半導体企業を応援し発展させてきた。

官民の出資を仰ぐ

 7月19日にGlobalFoundriesが発表したプレスリリース(参考資料1)によると、この発表では政府関係者や業界関係者も集まり半導体サプライチェーンを考えようというものである。ここでのサプライチェーンとは、ファブレス半導体で大きな影響力のある米国の設計力に対して、製造は前工程(TSMCやUMCなどのファウンドリ)も後工程(ASEやSPILなどのOSAT請負)も台湾に頼りっぱなしであることを指している。リスクのある台湾に頼らず、国内でファウンドリや後工程を強化しようという訳だ。

 そこで、GF社のCEOであるTom Caulfield氏は、与党リーダーのChuck Schumer上院議員や、Gina M. Raimondo商務省長官、前国防総省関係者、業界関係者を集め議論するとしている。全てバイデン政権の520億ドル支援を歓迎する者たちばかりだ。GFは、ニューヨーク州マルタ(アルバニーから40Km程度北)にある既存の工場Fab 8の生産能力増強に10億ドルを投資し、さらに官民のパートナーシップを通じ、新工場を建設する。特に自動車用半導体、5G、IoT用半導体を生産するとしている。政府からの資金に加え、自動車メーカーや半導体ユーザーからの出資も加え総計で生産の能力を倍増する。建設には数千人、新工場には1000人の雇用が生まれるため、州政府、連邦政府とも歓迎すると読んでいる。

 翻って、日本の経産省は1社のために資金を援助するだろうか。ここが最大の問題だ。1社のために出さずに数社の国プロにするのであれば、これまでの国プロと同様、やはり失敗するだろう。誰も責任を取らない体制になるからだ。責任のある民間企業1社のために出資し、成功に導くことで経済発展に寄与する、というストーリーを受け入れるかどうかで決まるだろう。米国はおそらく受け入れる方向になるだろう。韓国・台湾と同じ土俵にのるからだ。日本だけが従来と変わらないのであれば、未来は開けない。もちろん具体的な役割は世界中にお手本があるからそれらから学べばよい。

参考資料

1. GlobalFoundries Plans to Build New Fab in Upstate New York in Private-Public Partnership to Support U.S. Semiconductor Manufacturing、GlobalFoundriesプレスリリース、2021年7月19日

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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